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heading1 Hana
2話
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「ユウが……死ん…だ……?」
時は遡り、十八年前。丁度、私が旅に出た頃だろうか。ユウが魔物に襲われて命を落としたとの悲報が耳に入った。
私はその時、ユウの家とは遠く離れた国『デライン』で楽々としていたが、早々にその国を出た。ユウの死が事実なのか、確かめる必要があったんだ。
…必要、と言うよりも望みだったかもしれない。生きていて欲しい。ただその一心で、私は足を動かし続けた。
それでも…世界は残酷だった。
半壊した、かつての私たちの家。そこに飛び散った赤。近隣住民によると、大型の魔物に食われただろうとの事だ。
「うああああああああ!!!」
泣き叫ぶ私。心に思い定めた。
『ユウの事は死んでも忘れない』
2話:傍目に映る君は
「復讐の心に囚われてはならない。さすれば、いずれ己を滅ぼす事となるであろう。」
「……何?それ。」
とある日常の些細な会話だった。その時にはユウは旅を終え、安定した居住で私と共に暮らしていた。
そんな生活の中で、ユウは食事の準備ながらでその言葉を放ったため、私は思わず尋ねた。
「私の恩師がよく言ってたんだ。旅人としての心得みたいなものかな。」
「ふうん。」
ただそれだけの会話だ。それでも私はその言葉を記憶していた。だから復讐心にこだわる事が無かったのだろう。
死んでも尚、ユウには助けられているのに私は彼女に何も恩返しが出来ていない。
そう自分を追い詰める日々。次第に気疲れからか自殺まで考えた。
しかし、それではユウが生かしてくれたその行動に申し訳ない。私は再び思い定めた。
『私は生きなければならない。』
**
「もしかして…ユウ…だったりする…?」
…さすがは魔法使いだ。恐らく、私の意思から溢れ出す独特な“魔力”を感じ取ったのだろう。
肉体は変わっても、魔力の特徴は変わらないから。私は吃驚とした表情を包み隠しながら、訊いた。
「ユウって…誰?」
彼女は自分に呆れるように、感情を表す仕方の無いように微笑んだ。
「…そう…だよね! ……ごめんごめん。」
それでも、頬に涙が伝う彼女を私は放って置けなかった。
「もし私でよければ話、聞くよ?」
こんな何者かもわからない少女に大事な事を話す訳が無い。そう思っていたのだが…余程溜まっていたのだろう。
彼女はベンチに座り、話し始めた。
「ユウはね、私の里親なの。娘同然に私を育ててくれた、私の恩人だよ。」
「…何で私とその人を間違えたの?」
その答えはわかっていたが、それでも尋ねた。
「“魔力”だよ。人間にはその人独自の魔力が存在し、私たち魔法使いはその魔力を感知することで人を区別する。」
“魔力”。ハナの説明に付け加えると、魔力というのは“能力”を使う際に消費されるエネルギー、もしくは生命を維持するためのもの、と形容した方がわかりやすいだろうか。
もっと簡単に説明すると、それは酸素のようなものだ。酸素を体内に取り込んで細胞が呼吸するように、魔力を体内で貯蓄しておかなければ人間は僅か数分で亡くなってしまう。
言わば「なくてはならないもの」だ。
「君の魔力はユウの魔力によく似てた。それが理由だよ。」
「そう……で、ユウはどうなったの?」
「君が察している通り、死んでしまった。しかも魔物に食われてね。」
…私は食われたのか。てっきり握り潰されたと思っていたのだが、どうやら違ったようだ。
「それからは自分を憎んだ。」
「……何故?」
「自分が弱いからユウを守れなかったんだ。」
「あなたはその場にいたの?」
「……ううん。でも魔法使いには魔物を探知できる能力がある。それなのにも関わらず……あんな事に……」
今にも嗚咽しそうな彼女に、私はそっと声を掛けた。
「大丈夫。あなたのせいじゃないよ。」
本当にその言葉通りだ。あの時、私は悟られないように外部からの探知を完全に跳ね除けていた。
魔法使いであるハナがあの魔物を探知できてなくても当然だ。
…どうやら、その行動が裏目に出たようだ。彼女にこんな思いをさせるつもりは一切なかった。
忌むべき行為だ。自己許容できない。
「…私が弱いせいだ……」
彼女は胸に込み上げたのか、咽び泣いていた。…多分、ハナは自分に自信を持てていないんだ。
暫くの思考の果てに、私はあることを思いついた。彼女の視界に入らないよう、己の背後で指を使い、魔法を使った。
「……あなたは自虐する必要ないよ。」
瞬間、国内の至る所で警笛が鳴らされた。もちろん、私が呼び寄せた巨大型の魔物である。
私の思考、つまりはこうだ。
『彼女に魔物を倒させて自信をつけさせちゃおー。』
「この音…! もしかして魔物…!? 君はここで待ってて!」
そう言い、駆け出して行くハナ。私はこっそりと彼女の跡を付けていった。
魔物の標的は、彼を呼び寄せたこの私。これは一種の魔法だ。一応私も前前世は魔法使いだったから、この程度の魔法であれば使うことができる。
それ故に、この国の誰かが殺されそうになれば、即座に魔物を消滅させることが可能だ。
だが、その心配はない。
ハナの強さなら圧倒できる筈だ。
国の一端。魔物の姿を目で捉えた私は、周囲にハナを探す。途中までは追えていたのだが、今の私は子供。大人の魔法使いの速さには流石に劣る。
しかし、私はハナを直ぐに見つけられた。なぜなら、立ち竦んでいたから。
…同情するよ、ハナ。
自分の弱さに打ちひしがれている君には、その一歩を踏み出すことは容易ではないだろう。
だから、里親として、今の私として、背中を押してあげるんだ。それがせめてもの“償い”だ。
背を押された彼女は少しよろけ、私を見た。
「…君……あそこで待っていろって────」
「今この場にユウさんが居ても、あなたはそうやって立ち竦む気ですか?」
ハナは少し沈黙を挟んだ。
「……怖いんだ。私があの魔物に負ければ、この国に新たな犠牲が生まれる。…怖いんだよ、自分の弱さの形を明確にすることが。」
「…“逃げる”の?」
「…?」
「この世界は確かに強さが絶対と言ってもいい。…だけどね、強者を目の前にして一歩を踏み出すか出さないかが大切なんだ。その一歩を踏み出せば、その結果がどうであれ、それは強き者の行為だよ。あなたは、どっちを選ぶの?」
「私は─────」
百年以上を生きた私なりのアドバイスだった。こんな言葉で彼女を励ませたのだろうか。
「─────“逃げたくない”。」
ぱっと振り向き、魔物へと魔法を放つ彼女。その背中にはもう臆病な彼女はいなかった。
消滅していく魔物を眺めながら、私は彼女の肩を叩く。
「…あなたは強いよ。十分すぎる程にね。」
「うん…ありがとう。」
ハナは空を見上げる。
「見ているかな……」
私は心の中でそっと微笑んだ。
『見ているさ。いつまでも。』
時は遡り、十八年前。丁度、私が旅に出た頃だろうか。ユウが魔物に襲われて命を落としたとの悲報が耳に入った。
私はその時、ユウの家とは遠く離れた国『デライン』で楽々としていたが、早々にその国を出た。ユウの死が事実なのか、確かめる必要があったんだ。
…必要、と言うよりも望みだったかもしれない。生きていて欲しい。ただその一心で、私は足を動かし続けた。
それでも…世界は残酷だった。
半壊した、かつての私たちの家。そこに飛び散った赤。近隣住民によると、大型の魔物に食われただろうとの事だ。
「うああああああああ!!!」
泣き叫ぶ私。心に思い定めた。
『ユウの事は死んでも忘れない』
2話:傍目に映る君は
「復讐の心に囚われてはならない。さすれば、いずれ己を滅ぼす事となるであろう。」
「……何?それ。」
とある日常の些細な会話だった。その時にはユウは旅を終え、安定した居住で私と共に暮らしていた。
そんな生活の中で、ユウは食事の準備ながらでその言葉を放ったため、私は思わず尋ねた。
「私の恩師がよく言ってたんだ。旅人としての心得みたいなものかな。」
「ふうん。」
ただそれだけの会話だ。それでも私はその言葉を記憶していた。だから復讐心にこだわる事が無かったのだろう。
死んでも尚、ユウには助けられているのに私は彼女に何も恩返しが出来ていない。
そう自分を追い詰める日々。次第に気疲れからか自殺まで考えた。
しかし、それではユウが生かしてくれたその行動に申し訳ない。私は再び思い定めた。
『私は生きなければならない。』
**
「もしかして…ユウ…だったりする…?」
…さすがは魔法使いだ。恐らく、私の意思から溢れ出す独特な“魔力”を感じ取ったのだろう。
肉体は変わっても、魔力の特徴は変わらないから。私は吃驚とした表情を包み隠しながら、訊いた。
「ユウって…誰?」
彼女は自分に呆れるように、感情を表す仕方の無いように微笑んだ。
「…そう…だよね! ……ごめんごめん。」
それでも、頬に涙が伝う彼女を私は放って置けなかった。
「もし私でよければ話、聞くよ?」
こんな何者かもわからない少女に大事な事を話す訳が無い。そう思っていたのだが…余程溜まっていたのだろう。
彼女はベンチに座り、話し始めた。
「ユウはね、私の里親なの。娘同然に私を育ててくれた、私の恩人だよ。」
「…何で私とその人を間違えたの?」
その答えはわかっていたが、それでも尋ねた。
「“魔力”だよ。人間にはその人独自の魔力が存在し、私たち魔法使いはその魔力を感知することで人を区別する。」
“魔力”。ハナの説明に付け加えると、魔力というのは“能力”を使う際に消費されるエネルギー、もしくは生命を維持するためのもの、と形容した方がわかりやすいだろうか。
もっと簡単に説明すると、それは酸素のようなものだ。酸素を体内に取り込んで細胞が呼吸するように、魔力を体内で貯蓄しておかなければ人間は僅か数分で亡くなってしまう。
言わば「なくてはならないもの」だ。
「君の魔力はユウの魔力によく似てた。それが理由だよ。」
「そう……で、ユウはどうなったの?」
「君が察している通り、死んでしまった。しかも魔物に食われてね。」
…私は食われたのか。てっきり握り潰されたと思っていたのだが、どうやら違ったようだ。
「それからは自分を憎んだ。」
「……何故?」
「自分が弱いからユウを守れなかったんだ。」
「あなたはその場にいたの?」
「……ううん。でも魔法使いには魔物を探知できる能力がある。それなのにも関わらず……あんな事に……」
今にも嗚咽しそうな彼女に、私はそっと声を掛けた。
「大丈夫。あなたのせいじゃないよ。」
本当にその言葉通りだ。あの時、私は悟られないように外部からの探知を完全に跳ね除けていた。
魔法使いであるハナがあの魔物を探知できてなくても当然だ。
…どうやら、その行動が裏目に出たようだ。彼女にこんな思いをさせるつもりは一切なかった。
忌むべき行為だ。自己許容できない。
「…私が弱いせいだ……」
彼女は胸に込み上げたのか、咽び泣いていた。…多分、ハナは自分に自信を持てていないんだ。
暫くの思考の果てに、私はあることを思いついた。彼女の視界に入らないよう、己の背後で指を使い、魔法を使った。
「……あなたは自虐する必要ないよ。」
瞬間、国内の至る所で警笛が鳴らされた。もちろん、私が呼び寄せた巨大型の魔物である。
私の思考、つまりはこうだ。
『彼女に魔物を倒させて自信をつけさせちゃおー。』
「この音…! もしかして魔物…!? 君はここで待ってて!」
そう言い、駆け出して行くハナ。私はこっそりと彼女の跡を付けていった。
魔物の標的は、彼を呼び寄せたこの私。これは一種の魔法だ。一応私も前前世は魔法使いだったから、この程度の魔法であれば使うことができる。
それ故に、この国の誰かが殺されそうになれば、即座に魔物を消滅させることが可能だ。
だが、その心配はない。
ハナの強さなら圧倒できる筈だ。
国の一端。魔物の姿を目で捉えた私は、周囲にハナを探す。途中までは追えていたのだが、今の私は子供。大人の魔法使いの速さには流石に劣る。
しかし、私はハナを直ぐに見つけられた。なぜなら、立ち竦んでいたから。
…同情するよ、ハナ。
自分の弱さに打ちひしがれている君には、その一歩を踏み出すことは容易ではないだろう。
だから、里親として、今の私として、背中を押してあげるんだ。それがせめてもの“償い”だ。
背を押された彼女は少しよろけ、私を見た。
「…君……あそこで待っていろって────」
「今この場にユウさんが居ても、あなたはそうやって立ち竦む気ですか?」
ハナは少し沈黙を挟んだ。
「……怖いんだ。私があの魔物に負ければ、この国に新たな犠牲が生まれる。…怖いんだよ、自分の弱さの形を明確にすることが。」
「…“逃げる”の?」
「…?」
「この世界は確かに強さが絶対と言ってもいい。…だけどね、強者を目の前にして一歩を踏み出すか出さないかが大切なんだ。その一歩を踏み出せば、その結果がどうであれ、それは強き者の行為だよ。あなたは、どっちを選ぶの?」
「私は─────」
百年以上を生きた私なりのアドバイスだった。こんな言葉で彼女を励ませたのだろうか。
「─────“逃げたくない”。」
ぱっと振り向き、魔物へと魔法を放つ彼女。その背中にはもう臆病な彼女はいなかった。
消滅していく魔物を眺めながら、私は彼女の肩を叩く。
「…あなたは強いよ。十分すぎる程にね。」
「うん…ありがとう。」
ハナは空を見上げる。
「見ているかな……」
私は心の中でそっと微笑んだ。
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