19 / 56
第1章
16話
しおりを挟む
天保十五年(一八四四)五月十日の午前五時頃、事もあろうに大奥の長局から火が出て、江戸城本丸御殿が全焼してしまったのだ。
朝から激しい雨が降っていたにもかかわらず、激しい火勢で瞬く間に本丸中に火の手が広がってしまった。
恐れ多くも将軍家慶公は、草履を履く間もなく、傘もさす事もできず、安全な場所に逃げなければいけなかった。
御中臈のおひろの方は、家慶公の御子を懐妊中にもかかわらず、草履を履く間もなくお供しなければいけなかった。
先代将軍家斉公の正室だった広大院様は、駕籠の用意ができず、最下級の奥女中である御末に背負われて、類焼の確率の低い吹上にまで逃げ、滝見茶屋で休息をとるほどだった。
家慶公の養女になっていた、精姫こと有栖川宮韶仁親王の第四王女韶子女王は、御広敷の下男に背負われて逃げなければいけなかった。
類焼の恐れがなければ、一番近い二之丸三之丸に逃げるべきなのだが、本丸が瞬く間に全焼するほどの火事だと、類焼が怖くてそこに逃げる事はできない。
世継ぎの家祥のいる西之丸に逃げる方法もあったが、絶対に類焼をしないとは言えないので、建物の少ない吹上に避難するしかなかった。
だがここに尾張藩主・徳川慶恕が、寝間着に陣羽織を羽織っただけで、家臣団を率いてやってきた。
その姿はあまりに凛々しく、広大院やおひろの方はもちろん、大奥中の女性達の心を一瞬で手に入れた。
徳川慶恕がここまで早く江戸城に駆けつけられたのは、南蛮の艦隊が江戸湾に現れる危険を想定し、常在戦場の心を持っていたからだ。
江戸湾に南蛮艦隊が現れ、総登城の太鼓が叩かれた時の事を想定し、常に戦装束の鎧兜を準備していた。
徳川慶恕は、蝦夷地をはじめとした日本各地に現れる南蛮船に恐怖していた。
南蛮の国々と徳川家の力の差を知っていたのだ。
だから、夜番の見張りが江戸城の火の手に気がついた時、家臣達は躊躇することなく直ぐに徳川慶恕を起こし、慶恕は着の身着のままで夜番をしていた家臣団を直卒して、江戸城に駆けつけることができた。
市ヶ谷御門近くの上屋敷を出た慶恕は、市ヶ谷御門ではなく四ツ谷御門まで濠脇を移動し、四ツ谷御門の警備役を叱りつけて直ぐに門を開けさせ、麹町の大通りを一気に駆け抜けて半蔵御門に到着した。
そこでも半蔵御門の警備役を叱りつけて直ぐに門を開けさせ、吹上に避難していた将軍家慶公をはじめとした人々の安全を確保した。
慶恕が家慶公を慰めている間に、急ぎ火事装束に身を固めた尾張家第二陣が駆けつけ、家慶公達を護りながら尾張家屋敷に引き上げた。
少しでも早く家慶公達に安心して休んでもらうために、市ヶ谷御門の外側にある上屋敷ではなく、四ツ谷御門内にある中屋敷に案内した。
しかも中屋敷を完全に提供すべく、中屋敷詰めの家臣達に引っ越しまで始めさせていた。
朝から激しい雨が降っていたにもかかわらず、激しい火勢で瞬く間に本丸中に火の手が広がってしまった。
恐れ多くも将軍家慶公は、草履を履く間もなく、傘もさす事もできず、安全な場所に逃げなければいけなかった。
御中臈のおひろの方は、家慶公の御子を懐妊中にもかかわらず、草履を履く間もなくお供しなければいけなかった。
先代将軍家斉公の正室だった広大院様は、駕籠の用意ができず、最下級の奥女中である御末に背負われて、類焼の確率の低い吹上にまで逃げ、滝見茶屋で休息をとるほどだった。
家慶公の養女になっていた、精姫こと有栖川宮韶仁親王の第四王女韶子女王は、御広敷の下男に背負われて逃げなければいけなかった。
類焼の恐れがなければ、一番近い二之丸三之丸に逃げるべきなのだが、本丸が瞬く間に全焼するほどの火事だと、類焼が怖くてそこに逃げる事はできない。
世継ぎの家祥のいる西之丸に逃げる方法もあったが、絶対に類焼をしないとは言えないので、建物の少ない吹上に避難するしかなかった。
だがここに尾張藩主・徳川慶恕が、寝間着に陣羽織を羽織っただけで、家臣団を率いてやってきた。
その姿はあまりに凛々しく、広大院やおひろの方はもちろん、大奥中の女性達の心を一瞬で手に入れた。
徳川慶恕がここまで早く江戸城に駆けつけられたのは、南蛮の艦隊が江戸湾に現れる危険を想定し、常在戦場の心を持っていたからだ。
江戸湾に南蛮艦隊が現れ、総登城の太鼓が叩かれた時の事を想定し、常に戦装束の鎧兜を準備していた。
徳川慶恕は、蝦夷地をはじめとした日本各地に現れる南蛮船に恐怖していた。
南蛮の国々と徳川家の力の差を知っていたのだ。
だから、夜番の見張りが江戸城の火の手に気がついた時、家臣達は躊躇することなく直ぐに徳川慶恕を起こし、慶恕は着の身着のままで夜番をしていた家臣団を直卒して、江戸城に駆けつけることができた。
市ヶ谷御門近くの上屋敷を出た慶恕は、市ヶ谷御門ではなく四ツ谷御門まで濠脇を移動し、四ツ谷御門の警備役を叱りつけて直ぐに門を開けさせ、麹町の大通りを一気に駆け抜けて半蔵御門に到着した。
そこでも半蔵御門の警備役を叱りつけて直ぐに門を開けさせ、吹上に避難していた将軍家慶公をはじめとした人々の安全を確保した。
慶恕が家慶公を慰めている間に、急ぎ火事装束に身を固めた尾張家第二陣が駆けつけ、家慶公達を護りながら尾張家屋敷に引き上げた。
少しでも早く家慶公達に安心して休んでもらうために、市ヶ谷御門の外側にある上屋敷ではなく、四ツ谷御門内にある中屋敷に案内した。
しかも中屋敷を完全に提供すべく、中屋敷詰めの家臣達に引っ越しまで始めさせていた。
0
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
輿乗(よじょう)の敵 ~ 新史 桶狭間 ~
四谷軒
歴史・時代
【あらすじ】
美濃の戦国大名、斎藤道三の娘・帰蝶(きちょう)は、隣国尾張の織田信長に嫁ぐことになった。信長の父・信秀、信長の傅役(もりやく)・平手政秀など、さまざまな人々と出会い、別れ……やがて信長と帰蝶は尾張の国盗りに成功する。しかし、道三は嫡男の義龍に殺され、義龍は「一色」と称して、織田の敵に回る。一方、三河の方からは、駿河の国主・今川義元が、大軍を率いて尾張へと向かって来ていた……。
【登場人物】
帰蝶(きちょう):美濃の戦国大名、斎藤道三の娘。通称、濃姫(のうひめ)。
織田信長:尾張の戦国大名。父・信秀の跡を継いで、尾張を制した。通称、三郎(さぶろう)。
斎藤道三:下剋上(げこくじょう)により美濃の国主にのし上がった男。俗名、利政。
一色義龍:道三の息子。帰蝶の兄。道三を倒して、美濃の国主になる。幕府から、名門「一色家」を名乗る許しを得る。
今川義元:駿河の戦国大名。名門「今川家」の当主であるが、国盗りによって駿河の国主となり、「海道一の弓取り」の異名を持つ。
斯波義銀(しばよしかね):尾張の国主の家系、名門「斯波家」の当主。ただし、実力はなく、形だけの国主として、信長が「臣従」している。
【参考資料】
「国盗り物語」 司馬遼太郎 新潮社
「地図と読む 現代語訳 信長公記」 太田 牛一 (著) 中川太古 (翻訳) KADOKAWA
東浦町観光協会ホームページ
Wikipedia
【表紙画像】
歌川豊宣, Public domain, ウィキメディア・コモンズ経由で
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
幻の十一代将軍・徳川家基、死せず。長谷川平蔵、田沼意知、蝦夷へ往く。
克全
歴史・時代
西欧列強に不平等条約を強要され、内乱を誘発させられ、多くの富を収奪されたのが悔しい。
幕末の仮想戦記も考えましたが、徳川家基が健在で、田沼親子が権力を維持していれば、もっと余裕を持って、開国準備ができたと思う。
北海道・樺太・千島も日本の領地のままだっただろうし、多くの金銀が国外に流出することもなかったと思う。
清国と手を組むことも出来たかもしれないし、清国がロシアに強奪された、シベリアと沿海州を日本が手に入れる事が出来たかもしれない。
色々真剣に検討して、仮想の日本史を書いてみたい。
一橋治済の陰謀で毒を盛られた徳川家基であったが、奇跡的に一命をとりとめた。だが家基も父親の十代将軍:徳川家治も誰が毒を盛ったのかは分からなかった。家基は田沼意次を疑い、家治は疑心暗鬼に陥り田沼意次以外の家臣が信じられなくなった。そして歴史は大きく動くことになる。
印旛沼開拓は成功するのか?
蝦夷開拓は成功するのか?
オロシャとは戦争になるのか?
蝦夷・千島・樺太の領有は徳川家になるのか?
それともオロシャになるのか?
西洋帆船は導入されるのか?
幕府は開国に踏み切れるのか?
アイヌとの関係はどうなるのか?
幕府を裏切り異国と手を結ぶ藩は現れるのか?
天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜
岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。
けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。
髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。
戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!???
そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる