伊勢山田奉行所物語

克全

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第3章:おかげ犬

第22話:犬狩り

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 伊勢神宮には穢れを嫌わなければいけない建前がある。
 過去に何度も権力を巡って内宮と外宮が戦い、互いの神域を犯して殺生や放火を行っていても、外宮の地下権禰宜が外宮神域で殺生や放火を行っていてもだ。

 特に毛嫌いされていたのが、犬だ。
 昔々、犬が外宮と内宮の間で死体の肉を喰いちらかした影響で、聖武天皇が祟られて体調を崩したという話が伝えられている。

 少し関係ないように思えるだろうが、大切な事だから話す。
 伊勢神宮は神道なのだが、ほとんどの神官が仏教も信じていた。
 今も神仏混淆で、神域に寺があるのだ。

 かつて幕府が神道のみを敬えと神宮家に命じた事があるが、その時の返事は、死後天国に行けなくなってしまうと言ったほどだ。

 その仏教には、動物は不浄で穢れた存在だという考えがあった。
 その考えが、古からある穢れの考えを強化して、神使以外の動物を神域に入れないという考えが生まれた。

 特に犬は、行き倒れた人や墓の死体など食べてしまう穢れた存在だった。
 その場で食べるだけでなく、他の場所に埋める習性があった。
 それが神域になってしまう事が、神宮が犬を毛嫌いする大きな理由だった。

 平安時代に、貴族の屋敷に犬が遺体の一部を持ち込み気が付かない事があった。
 その場合は「咋入れ」と呼ばれる穢れとなり、三十日間も屋敷に籠らなければいけなかった。

 御所に犬が増えると、宮門をすべて閉じて大内裏の縁の下から犬を追い出し、官人が弓で矢を放って犬を追い払う、犬狩りが行われた。

 ただし、御所で犬を殺してしまうとそれも穢れになってしまうので、犬を傷つけない矢を使い、捕らえた犬を川の中州に流していた。

 女性の生理や出産も穢れとされ、陣痛が始まると産室と呼ばれる狭い部屋や小屋に入れられ、日常生活と切り離された場所で出産させられた。

 平成令和の世になっても、女人禁制の場所が残っているくらいだ。
 この時代に夫が出産に立ち会うのは穢れの極みだった。

 それだけ周産期の母子死亡率が高かったのだ。
 人が死んでしまえば穢れになるので、日常の場から離すしかなかった。

 人の生理や出産が穢れとされるのだから、存在するだけで穢れになる犬の生理や出産が、穢れにならない訳がない。

 伊勢神宮でも、神域を清浄に保つためには、平安時代の御所と同じように犬狩りを行わなければならない。

 当然だが、神域で犬を死傷させるわけにはいかないので、追い払って別の場所で始末するのだが、そのような事を神官がやるわけがない。
 地下権禰宜以下の山田や宇治に住んでいる神職も参加できない。

「これより犬狩りを行う。
 決して犬を死傷させる事の無いように、細心の注意を払え」

「「「「「はっ!」」」」」

 犬狩りの指揮官に選ばれたのは見習支配組頭の柘植定之丞だった。
 綱吉公は例外だか、基本武士は殺生穢れを厭わない。
 その点に関しては拝田と牛谷の非人衆と変わらない。

 特に伊賀忍者の流れをくむ柘植家は、目的を達成する為の手段を選ばない。
 神宮の穢れを払う為なら自ら進んで指揮を執る。

 最近の関係から、内宮の神域から犬を追い払うのは父親の柘植伝兵衛が執る。
 外宮から犬を追い払うのを柘植定之丞が執っている。

 拝田村の囲いに追い込むように、その方向だけ包囲を開けて、追い込み役が金太鼓を叩いて犬を追う。

 神域内の建物の縁の下にいる犬は、長い竹棒で怪我をさせないように追う。
 根気強く、一匹の犬も残さないよう追う。

 普通の穢多非人なら、百姓が死んだ牛馬を埋めた場所から掘り出して、革製品を作る事を幕府から許されている。

 そもそも、神宮領であっても人は死ぬのだ。
 穢れるからと言って、死にかけている人を神領の外に運び出せる訳がない。

 伊勢神宮領特有の葬儀儀礼「速懸」、死人になってしまうと穢れが発生するので、死人をまだ死んでいない病人という事にして墓地に送る際にも、実際に穢れを受ける作業をするのは拝田と牛谷の衆だ。

 今回の犬狩りで捕らえた犬は、拝田と牛谷に処分するのではなく、周囲にある非人小屋に引き渡す事になっていたのだが……

「大変です、犬の中に注連縄をしている奴がいます」
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