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第3章:おかげ犬
第23話:おかげ犬
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伊勢神宮に参詣するのは人間だけではない。
事情があってどうしても参詣できないの者は代参を頼む。
だが中には人に代参を頼めずに、犬に代参させる者がいたのだ。
犬の首に、伊勢神宮に代参させる旨を書いた物と道中費用の銭を入れた巾着を括りつけて、近場でお伊勢参りをする人に同行を頼んで送り出すのだ。
そう言う犬をおかげ犬というのだが、もし一緒に伊勢まで向かった人とはぐれるような事があっても、伊勢神宮までの街道筋の人々が世話をしてくれるのだ。
食べ物を与えてくれる人もいれば、家に泊めてくれる人もいる。
その費用を首の巾着から受け取る人もいれば、逆に路銀を足してくれる人もいる。
銭ばかりで重くなれば、銀貨や金貨に替えてくれる人までいる。
後の幕末嘉永年間には、青森黒石と伊勢神宮との間、二千四百キロもの距離を三年かけて往復したというおかげ犬までいるのだ。
古来より白い犬は霊力があるとされているので、おかげ犬には白い犬が多い。
日本武尊が信濃で道に迷った時に、白犬に導かれて美濃に出たとされている。
平安時代の関白藤原道長は、法成寺を建立した際に白い犬をお供にお参りした。
そう言う過去の事例があるので、代参に白い犬が選ばれる事が多いのだが、最近ではまれに犬以外の代参が現れている。
何と牛や豚に代参をさせる者まで現れているのだが、今回はおかげ犬が神域にまで入り込んでしまっていた。
「絶対に傷つけるな。
他の犬を逃がしてもいい、おかげ犬だけは傷つけるな」
柘植定之丞は一瞬で重大な危機に直面している事を悟った。
お陰犬を傷つけるという事は、参詣客を傷つけるのに準じる。
幕府の定めには触れていなくても、人々に与える心証が悪すぎる。
「定之丞様、急ぎ御奉行に知らされた方が宜しいでしょう」
柘植定之丞の後見役には老練な与力がついていた。
その与力が、責任を御奉行に押し付けた方が良いと言っているのだ。
良きにつけ悪しきにつけ、責任感の強い柘植定之丞には思付きにくい事だった。
だが一旦思いつけば、目的のためなら手段を選ばないように躾けられた思考が働いてくれるのだ。
柘植定之丞と後見人の与力には、見習が半数混じっているが、五人の組下同心も付き従っている。
「甲山、奉行所まで走ってくれ」
「はっ」
同じ伊賀忍者の流れをくむ甲山同心が、人並外れた健脚を生かして奉行所に向かったが、御奉行の返事が来るまで何もしない訳にも行かなかった。
「お頭、囲いに追い込みました」
拝田衆の働きで、何とかおかげ犬を犬狩り用に作っておいた竹製の囲いに追い込む事ができたが、急いでおかげ犬と野犬を分けなければいけない。
万が一にも野犬におかげ犬が傷つけられてはいけないのだ。
囲いに入った野犬たちが大人しくしていてくれればよかったのだが、人間に追われて興奮してしまっていた。
野犬全てが同じ群れではなかったようで、違う群の野犬同士が争いだし、首に木札を付けたおかげ犬まで咬まれそうになった。
「槍もて」
槍持ち中間が捧げ持つ先祖伝来の槍を柘植定之丞がしっかりとつかむ。
一度力強く振り回した後で、力強くしごいて見せる。
「囲いを開けよ」
定之丞も命令に従って非人囲いを開ける。
鎌倉時代から始まったとされる日本弓術の作法であり鍛錬法でもある犬追物は、弓で犬を射て点数を競うものだが、今回は弓ではなく槍で犬を追う。
犬追物なら事前に犬を傷つけない特殊な鏑矢を使うが、定之丞が手に持つのは敵を屠るための武器だ。
木製の穂鞘を付けたままにしてあるから、一撃や二撃は大丈夫だが、元々非常には地面に叩きつけて鞘を外せるように、壊れやすく作ってあるので長くは持たない。
「お頭に後れを取るな、鞘ごと野犬を打っておかげ犬を助けろ」
与力の下知を受けた同心十人が囲いの中に入って行った。
事情があってどうしても参詣できないの者は代参を頼む。
だが中には人に代参を頼めずに、犬に代参させる者がいたのだ。
犬の首に、伊勢神宮に代参させる旨を書いた物と道中費用の銭を入れた巾着を括りつけて、近場でお伊勢参りをする人に同行を頼んで送り出すのだ。
そう言う犬をおかげ犬というのだが、もし一緒に伊勢まで向かった人とはぐれるような事があっても、伊勢神宮までの街道筋の人々が世話をしてくれるのだ。
食べ物を与えてくれる人もいれば、家に泊めてくれる人もいる。
その費用を首の巾着から受け取る人もいれば、逆に路銀を足してくれる人もいる。
銭ばかりで重くなれば、銀貨や金貨に替えてくれる人までいる。
後の幕末嘉永年間には、青森黒石と伊勢神宮との間、二千四百キロもの距離を三年かけて往復したというおかげ犬までいるのだ。
古来より白い犬は霊力があるとされているので、おかげ犬には白い犬が多い。
日本武尊が信濃で道に迷った時に、白犬に導かれて美濃に出たとされている。
平安時代の関白藤原道長は、法成寺を建立した際に白い犬をお供にお参りした。
そう言う過去の事例があるので、代参に白い犬が選ばれる事が多いのだが、最近ではまれに犬以外の代参が現れている。
何と牛や豚に代参をさせる者まで現れているのだが、今回はおかげ犬が神域にまで入り込んでしまっていた。
「絶対に傷つけるな。
他の犬を逃がしてもいい、おかげ犬だけは傷つけるな」
柘植定之丞は一瞬で重大な危機に直面している事を悟った。
お陰犬を傷つけるという事は、参詣客を傷つけるのに準じる。
幕府の定めには触れていなくても、人々に与える心証が悪すぎる。
「定之丞様、急ぎ御奉行に知らされた方が宜しいでしょう」
柘植定之丞の後見役には老練な与力がついていた。
その与力が、責任を御奉行に押し付けた方が良いと言っているのだ。
良きにつけ悪しきにつけ、責任感の強い柘植定之丞には思付きにくい事だった。
だが一旦思いつけば、目的のためなら手段を選ばないように躾けられた思考が働いてくれるのだ。
柘植定之丞と後見人の与力には、見習が半数混じっているが、五人の組下同心も付き従っている。
「甲山、奉行所まで走ってくれ」
「はっ」
同じ伊賀忍者の流れをくむ甲山同心が、人並外れた健脚を生かして奉行所に向かったが、御奉行の返事が来るまで何もしない訳にも行かなかった。
「お頭、囲いに追い込みました」
拝田衆の働きで、何とかおかげ犬を犬狩り用に作っておいた竹製の囲いに追い込む事ができたが、急いでおかげ犬と野犬を分けなければいけない。
万が一にも野犬におかげ犬が傷つけられてはいけないのだ。
囲いに入った野犬たちが大人しくしていてくれればよかったのだが、人間に追われて興奮してしまっていた。
野犬全てが同じ群れではなかったようで、違う群の野犬同士が争いだし、首に木札を付けたおかげ犬まで咬まれそうになった。
「槍もて」
槍持ち中間が捧げ持つ先祖伝来の槍を柘植定之丞がしっかりとつかむ。
一度力強く振り回した後で、力強くしごいて見せる。
「囲いを開けよ」
定之丞も命令に従って非人囲いを開ける。
鎌倉時代から始まったとされる日本弓術の作法であり鍛錬法でもある犬追物は、弓で犬を射て点数を競うものだが、今回は弓ではなく槍で犬を追う。
犬追物なら事前に犬を傷つけない特殊な鏑矢を使うが、定之丞が手に持つのは敵を屠るための武器だ。
木製の穂鞘を付けたままにしてあるから、一撃や二撃は大丈夫だが、元々非常には地面に叩きつけて鞘を外せるように、壊れやすく作ってあるので長くは持たない。
「お頭に後れを取るな、鞘ごと野犬を打っておかげ犬を助けろ」
与力の下知を受けた同心十人が囲いの中に入って行った。
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