伊勢山田奉行所物語

克全

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第3章:おかげ犬

第25話:詫び

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「父上、この度の不手際、申し訳ございません」

「定之丞に不手際などない、だから詫びる必要もない」

「しかし父上、野犬は山田を出してから殺す事になっておりました」

「ちゃんと山田の外、拝田で殺したではないか」

「それは詭弁ではありませんか」

「詭弁などではない。
 元々犬狩りは、神域の外なら殺してもよかったのだ。
 五代様が生類憐みの令を出された時も、神宮は神事を主張して犬狩りを続行しようとしていたのだ」

 奉行所の記録を全て諳んじる柘植伝兵衛が、犬狩りの歴史的な経過を話して聞かせ、今回の件が何の問題もない事を嫡男に教える。

「何とか犬を殺すのではなく保護するという名目にして続けたので、打ち殺すのではなく奉行所の支配地域から追い出す事で話し合いがついたのだ。
 だがそれも、六代様の御代になって元に戻っておる。
 拝田では殺していないが、田丸で殺しているのだからな。
 定之丞も早く全ての記録を覚えなければならないぞ。
 そうでないと、何時何所で足元を救われるか分からぬ」

「はっ、精進いたします」

「それで、檜垣屋に預けたというおかげ犬は元気にしているのか」

「はい、檜垣屋の残飯は並の武家や商家の飯より遥かに贅沢なので、餌を与えるゆうにとても懐いております」

「可愛がるのは良いが、いずれ飼い主の所に帰さなければならぬ。
 懐き過ぎて戻るのを嫌がっては問題だぞ」

「しかしながら父上、おかげ犬はもう飼い主を忘れているのではありませんか。
 そうでなければ、神域内で暮らす訳がありません」

「恐らくはその通りだろう。
 或いは本当のおかげ犬ではなく、どこかの慌て者が街道筋をうろついていた白犬をおかげ犬と思い込み、勝手に木札を付けたのかもしれぬ。
 思い遣りの深い誰かが、癩病はお伊勢参りで治るという噂を広めたようにな」

「いらぬお節介で迷惑する者が数多くいるという事ですね」

「そう言う事だ。
 だが、これは推測に過ぎない。
 本当におかげ犬だったが、旅先で主人よりも大切な友や家族ができて、神宮に住む事を選んだのかもしれぬ」

「確かに、そう言われてしまったら、おかげ犬を主人の元に帰さないのは、不忠を助けていると因縁をつけられるかもしれません」

「我が家は多くの者から恨まれるだけでなく、妬まれてもいる。
 細心の注意を払わないと、思わぬところで足元を救われる。
 特に気を付けなければいけないのは、目に見える敵ではなく、味方の中に潜んでいる目に見えない敵だ」

「迂闊な事を口にしてしまいました、申し訳ございません」

「些細な事だが、男の妬みほど恐ろしい者はない。
 熊蔵を褒めるのは構わないが、その前に同心達を褒めておくべきだった。
 定之丞は自分に厳しいだけでなく、配下にも同じだけの努力を求めてしまう。
 他人なら冷静に見られるのに、身内に厳しい目を向けてしまう。
 その本性を抑えなければ、味方に裏切られるぞ」

「これからは気を付けます。
 父上が御奉行の前で感状を渡すように教えてくださったおかげで、少しは関係が良くなったと思うのですが、いかがでしょうか」

「感状は、何人かで間違いがないかを確かめた上、最上席者が出す物だから、表立って批判する者はいないだろう。
 だが、感状は渡さなかったが、定之丞が思わず熊蔵を褒めた事は無くならない。
 しつこく恨み妬む者は必ずいる。
 普段から、お前に敵意を向ける者を見つけるようにしろ」

「はい、心がけます」

「話を戻すが、おかげ犬は必ず檜垣屋から出せ。
 出した後で山田以外の何所で誰に飼われるのも勝手だが、檜垣屋で飼う事も山田に残す事も許さん」

「そうしなければいけない事は分かっているのですが」

「惚れた弱味で檜垣屋のゆうには強く言えないか」

「申し訳ありません」

「別に謝る必要はない。
 山田では偉そうにしているが、江戸では最下級の貧乏旗本でしかない柘植家だ。
 地下とは言え、従五位上で大夫の格式を誇る家の娘には弱くもなる。
 従五位下でさえ、大身旗本か重要な役目の者にしか与えられぬ。
 そのような娘を正室に迎えられるのなら何の問題もない」

「宜しいのですか」

「ああ、構わん。
 だが、家を出て婿入りする事だけは絶対に許さんぞ」
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