26 / 68
第3章:おかげ犬
第26話:逆恨み
しおりを挟む
「そうですか、白を放逐しなければいけないのですね」
檜垣屋の茶庵で、柘植定之丞からおかげ犬の説明をされたゆうが寂しそうに呟く。
「御師ともあろう者が、主人のために代参をするおかげ犬の足止めをするなど、絶対に許されぬ事だからな」
「前の主人の事よりも、今の主人を慕っていてもですか」
「一度お札を持ち帰った後でなら許されるかもしれないが、恩を返さぬうちに二君に仕える事は許されるのだ」
「お武家様は厳しいのですね」
「厳しいのは武家だけではない。
神職である檜垣屋も多くの仕来りに縛られている。
今回の件も武家だからではなく、神職だから許されない面もある」
「分かっております、甘えさせていただいただけでございます」
「こいつ」
「うふふふふふ」
「父上から結婚のお許しが出た。
吉日を選んで結納の使者を送る」
「まあ、本当でございますか」
「このような事、嘘はつけぬ」
「うれしゅうございます。
ゆうは幸せでございます」
「ただ、家を出て婿に入る事は絶対に許さぬと釘を刺されたわ」
「それは最初に話が出ただけでの、最近では、どうやって私を嫁御入りさせるかという話だけになっておりました」
「それはよかった、戦国の頃のように、檜垣屋に討ち入ってゆうを攫わずにすんだ」
「まあ、そのように思われるのも、悪くはございませんわね」
「こいつ、愛い奴じゃ」
「柘植様、顔を頭巾で隠した名前も名乗らない男が、内密の報告があると来られております。
とても重要な話だと申すのですが、いかがいたしましょうか」
茶庵の外で、二人の邪魔をする者が現れないように見張っていた老練な女中が、大番頭に言われて仕方なく、小さな声で問いかけてきた。
その声色には、許可さえもらえば追い返すという意思が籠っていた。
「分かった、会おう。
ゆうは母屋の方に戻っていろ」
「はい」
定之丞がこれまでの愛しい男から、奉行所の見習支配組頭の厳しい表情と声色に戻ったので、ゆうも恋人から檜垣屋の娘に戻って答えた。
恋人同士の会話になる前に、定之丞と檜垣屋のおかれた厳しい状況について、当主富徳を交えて話していたのだ。
ここで甘えるほど、ゆうは馬鹿ではない。
ゆうが母屋に戻ってしばらくして、女中の一人が茶庵に客を迎えられるように整えた頃、宗十郎頭巾をした手代風の男が先の女中に案内されてやってきた。
「私に内密の話があるそうだな」
「はい、柘植様を逆恨みする者がおります」
「そうか、妬みではなく逆恨みの方なのだな」
「妬みも有るとは思いますが、今企んでいるのは逆恨みだと思われます」
「そうか、で、どのような企てなのだ」
「柘植様が救い出し、檜垣屋が世話したおかげ犬を殺そうとしております」
「なに、おかげ犬を殺すだと。
そのような事をして、山田で生きて行けると思っているのか。
愚かにも程があるぞ」
「はい、愚かではありますが、愚か者なりに考えております」
「ほう、どのように考えているのだ」
「自分では襲いません。
直接襲う者に声を掛けたりもしません。
柘植様を恨む者に声をかけ、その者に金を出させて無頼の者に襲わせるのです」
「その言い方だと、主人が手代に命じて無頼の者を雇ったのではないな。
武家が商家に話しをして、商家を通じて恨みを晴らすのだな」
「はい、その通りでございます。
いかがいたしましょうか」
「いかがと言うのは、頼んだらおかげ犬の襲撃を防いでくれるのか。
それとも、黒幕の武士や商人を殺してくれるのか」
「どちらでも、柘植様のお望みのままに」
「ならばおかげ犬を救ってやってくれ。
その上で、黒幕の武士と商人の正体を教えてくれ」
「それでしたら、礼金として百両頂く事になります」
「そうか、前金は幾らだ」
「五十両頂きます」
「おかげ犬を襲う無頼の者はどうする」
「殺すのなら百両の内ですが、捕らえるのは無理でございます」
「こちらが捕方を用意すれば、案内してくれるのか」
「私自身ではなく、手先の者でいいのなら、ご案内させていただきます」
「分かった、前金の五十両を渡そう」
そう言った定之丞は、檜垣屋の主人に五十両を立て替えてもらった。
檜垣屋の茶庵で、柘植定之丞からおかげ犬の説明をされたゆうが寂しそうに呟く。
「御師ともあろう者が、主人のために代参をするおかげ犬の足止めをするなど、絶対に許されぬ事だからな」
「前の主人の事よりも、今の主人を慕っていてもですか」
「一度お札を持ち帰った後でなら許されるかもしれないが、恩を返さぬうちに二君に仕える事は許されるのだ」
「お武家様は厳しいのですね」
「厳しいのは武家だけではない。
神職である檜垣屋も多くの仕来りに縛られている。
今回の件も武家だからではなく、神職だから許されない面もある」
「分かっております、甘えさせていただいただけでございます」
「こいつ」
「うふふふふふ」
「父上から結婚のお許しが出た。
吉日を選んで結納の使者を送る」
「まあ、本当でございますか」
「このような事、嘘はつけぬ」
「うれしゅうございます。
ゆうは幸せでございます」
「ただ、家を出て婿に入る事は絶対に許さぬと釘を刺されたわ」
「それは最初に話が出ただけでの、最近では、どうやって私を嫁御入りさせるかという話だけになっておりました」
「それはよかった、戦国の頃のように、檜垣屋に討ち入ってゆうを攫わずにすんだ」
「まあ、そのように思われるのも、悪くはございませんわね」
「こいつ、愛い奴じゃ」
「柘植様、顔を頭巾で隠した名前も名乗らない男が、内密の報告があると来られております。
とても重要な話だと申すのですが、いかがいたしましょうか」
茶庵の外で、二人の邪魔をする者が現れないように見張っていた老練な女中が、大番頭に言われて仕方なく、小さな声で問いかけてきた。
その声色には、許可さえもらえば追い返すという意思が籠っていた。
「分かった、会おう。
ゆうは母屋の方に戻っていろ」
「はい」
定之丞がこれまでの愛しい男から、奉行所の見習支配組頭の厳しい表情と声色に戻ったので、ゆうも恋人から檜垣屋の娘に戻って答えた。
恋人同士の会話になる前に、定之丞と檜垣屋のおかれた厳しい状況について、当主富徳を交えて話していたのだ。
ここで甘えるほど、ゆうは馬鹿ではない。
ゆうが母屋に戻ってしばらくして、女中の一人が茶庵に客を迎えられるように整えた頃、宗十郎頭巾をした手代風の男が先の女中に案内されてやってきた。
「私に内密の話があるそうだな」
「はい、柘植様を逆恨みする者がおります」
「そうか、妬みではなく逆恨みの方なのだな」
「妬みも有るとは思いますが、今企んでいるのは逆恨みだと思われます」
「そうか、で、どのような企てなのだ」
「柘植様が救い出し、檜垣屋が世話したおかげ犬を殺そうとしております」
「なに、おかげ犬を殺すだと。
そのような事をして、山田で生きて行けると思っているのか。
愚かにも程があるぞ」
「はい、愚かではありますが、愚か者なりに考えております」
「ほう、どのように考えているのだ」
「自分では襲いません。
直接襲う者に声を掛けたりもしません。
柘植様を恨む者に声をかけ、その者に金を出させて無頼の者に襲わせるのです」
「その言い方だと、主人が手代に命じて無頼の者を雇ったのではないな。
武家が商家に話しをして、商家を通じて恨みを晴らすのだな」
「はい、その通りでございます。
いかがいたしましょうか」
「いかがと言うのは、頼んだらおかげ犬の襲撃を防いでくれるのか。
それとも、黒幕の武士や商人を殺してくれるのか」
「どちらでも、柘植様のお望みのままに」
「ならばおかげ犬を救ってやってくれ。
その上で、黒幕の武士と商人の正体を教えてくれ」
「それでしたら、礼金として百両頂く事になります」
「そうか、前金は幾らだ」
「五十両頂きます」
「おかげ犬を襲う無頼の者はどうする」
「殺すのなら百両の内ですが、捕らえるのは無理でございます」
「こちらが捕方を用意すれば、案内してくれるのか」
「私自身ではなく、手先の者でいいのなら、ご案内させていただきます」
「分かった、前金の五十両を渡そう」
そう言った定之丞は、檜垣屋の主人に五十両を立て替えてもらった。
0
あなたにおすすめの小説
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
偽夫婦お家騒動始末記
紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】
故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。
紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。
隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。
江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。
そして、拾った陰間、紫音の正体は。
活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
別れし夫婦の御定書(おさだめがき)
佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。
離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。
月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。
おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。
されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて——
※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
サイレント・サブマリン ―虚構の海―
来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。
科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。
電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。
小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。
「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」
しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。
謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か——
そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。
記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える——
これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。
【全17話完結】
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる