伊勢山田奉行所物語

克全

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第6章:伊勢歌舞伎

第66話:仕込み

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 一方の澤村一座でも役者の間で揉めていた。
 神楽殿を使わせてもらえないのは当然として、庭先ではなく座敷で演じさせてもらえる事で、庭先だと思って考えていた演目を変える必要があった。

 庭先でやるのなら、少々荒い演目でも何の問題もない。
 だが、官位を持たないといえ御師宿の座敷で演じるのだ。

 畳を台無しにするような演目は避けなければならない。
 武家や社家を揶揄するような演目も避けなければならない。

「いや、相手は博徒相手に武勇を示した柘植様だ。
 和事や世話物よりも荒事の方が良い」

 三代目染山喜十郎が、しきりと刀を使って大立ち回りをする演目を推す。

「まあ、待て、荒事は激し過ぎるかもしれない。
 直接檜垣屋さんから言われたのだ。
 この度の芝居見物は、身重の娘さんの気鬱を晴らすためだと。
 ここは華やかな唄や踊りに重きを置いた演目の方が良かろう」

 座長の二代目澤村宗十郎はそう言い聞かそうとするが、染山喜十郎は納得せず、更に荒事を推す言葉を続ける。

「娘さんが気鬱だからこそ、悪人が成敗されて拍手喝采される荒事の方が良い。
 それに、檜垣屋さんは娘さんの事だけを口にするが、俺達が気にしなければいけないのは柘植様ではないのか。
 武勇で功名を示された柘植様に唄や踊りが喜ばれるのか。
 やはりここは荒事しか無かろう。
 荒事なら気鬱も晴れるし柘植様もお喜びに成られる」

 染山喜十郎の座長を押しのけるような言い草は、主な役者の気分を害したが、それでも大恩ある師匠の息子の言う事は無碍にできない。

 それに、全く的外れな考えでもない。
 何より珍しく真面目に芸に励んでいるので、心を入れ変えて真剣に一座の事を考えた故の言い過ぎと、好意的にとらえようと言う話になった。

 それからも色々と話し合われて、演目は『仮名手本忠臣蔵』十一段目・合印の忍び兜をやる事になった。

 幕府には苦々しく思われているが、赤穂浅野家浪士による仇討ちは、未だに江戸で大受けする、外れ知らずの演目なのだ。

 古市芝居では京大阪でかける新しい演目を演じ、その後で柘植家に披露する『仮名手本忠臣蔵』十一段目・合印の忍びを練習する。

 柘植家の方々に披露するのは、伊勢古市の興行が終わった次の日、大阪の興行までの間に行われる事になっていた。

 何とか話が纏まったと思われたのだが、古市芝居の裏で、染山喜十郎と最近新たに一座に入った役者達がおかしな話をしていた。
 新たな役者達は、全員染山喜十郎が強硬に入れた者達だった。

「おい、分かっているだろうな、ここまで来て裏切ったらただではおかんぞ」

 新参の下っ端のはずの連中が、大名人の実子で座長にも気を使われている染山喜十郎を脅している。

「はん、ここまできて裏切るくらいなら、最初からやらねぇよ。
 だがそっちも本当に約束を守ってくれるのだろうな」

 口では偉そうに言っているが、憶病者が虚勢を張っているだけだと、囲んでいる者達は知っていた。

「大丈夫だ、これが成功したら借金はなかった事にしてやる。
 それに、柘植の首を取れば、座長の澤村宗十郎も処罰される。
 主だった役者も重い罪に問われる。
 残された一座はお前を頼るしかねぇ」

「俺の手に一座を取り戻したとしても、役者がいなければ何にもならねぇぞ。
 ちゃんと役者を揃えてくれるんだろうな」

「西国の役者を集めてやるから心配するな。
 俺達が後ろ盾になってやるから、江戸はもちろん、京大阪の興行も大丈夫だ。
 お前は何の心配もせずに俺達を案内するだけでいい」

「お前ら本当に京大阪で顔が利くんだろうな。
 嘘だったらただじゃ置かねぇぞ」

「ああ、調子に乗るんじゃねぇぞ。
 賭場の借金が払えなくて泣きついてきたのはそっちだぞ。
 がたがた文句を言うなら、ここで殺すぞ。
 ここまで来たらお前がいなくても柘植の首は取れるんだぞ」

「ひぃいいいいい、ごめんなさい、ごめんなさい、許してください」

「ちぃ、根性なしの憶病者が。
 手めえぇみたいな玉無しを殺しても手柄にもなりゃしねぇ。
 これからも言う通りに動くなら、ちゃんと一座を持たしてやる。
 分かったらさっさと稽古をしてこい」

「はい、はい、はい、ありがとうございます、ありがとうございます」
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