持参金が用意できない貧乏士族令嬢は、幼馴染に婚約解消を申し込み、家族のために冒険者になる。

克全

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第一章冒険者偏

収入

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「鹿がいる。
 かなり大きい鹿だ。
 上手く狩れれば四万小銅貨になる。
 逃がして追いかけるようなことになれば、熱がこもり悪い血が全身に回って肉が不味くなるだけじゃない、今一番必要な薬の材料としての価値が下がる。
 私たちの狩り方ひとつで生死が分かれる人がいるんだ。
 イヴァン!
 ダニエル!
 この前みたいに腕自慢で追いかけたら殺すよ。
 ニカ、どんな魔法を使っても構わない。
 命令に反したら殺しな」

「はい、おばあ様」

「エマは鹿を狩るんだよ」

「はい、おばあ様」

 ダニエルが目を伏せています。
 昨日の狩りで、ドウラさんの待機の命令を無視して、鹿を狩ろうとしました。
 イヴァンはそれを止めようとしただけです。
 ですがその気配を鹿に気づかれてしまいました。
 鹿は逃げ出してしまいました。
 私たちなら、追って狩る事はできたと思います。
 
 ですがドウラさんは鹿を追いませんでした。
 怒髪天を衝く勢いで、ダニエルとイヴァンを殴り続けました。
 ダニエルは抵抗しようとしましたが、全く手も足も出ませんでした。
 イヴァンは無抵抗で殴られ続けました。
 私が止めなければ、殴り殺していたと思います。

 今のドウラさんの言葉で、ようやくあれほど激怒された真意が分かりました。
 私には痛いほど分かります。
 厄竜のまき散らす病で、家族を失った私には……

 まあ、今のダニエルとイヴァンには鹿を追う事はできないでしょう。
 普通に歩くのも辛そうです。
 死ぬ寸前まで殴り続けられたのです。
 並の人間ならベットから起き上がるのも不可能です。
 今ここに立っているのは、元騎士家の矜持なのかもしれません。

 私たちはドウラさんの指示通り、鹿に悟られないように、気配を消して、当然臭いで気づかれないように、風下から鹿を追いました。
 さっき怒られたばかりです。
 ひりつくような雰囲気です。
 自分の未熟さで、鹿に存在を知られたらどうしよう。
 そんな不安が心によぎります。

 エマが呪文も唱えず魔法を放ちます。
 大道芸の見世物魔術ではありません。
 宮廷で己の技を貴族に見せて立身出世を狙う魔術でもありません。
 実戦魔術です。
 発動までの時間は短ければ短いほど役に立ちます。
 人間相手に戦うことになった場合は、呪文の邪魔をされたり、呪文から対抗策を用意されてはいけないのです。
 無詠唱魔術こそ最強なのです。
 鹿が斃れました。
 全く身動きすることなく、その場に倒れたのです。

「イヴァン!
 ダニエル!
 麻痺しているだけでまだ生きている。
 急いで足を縛って吊るしな。
 血も薬の材料になるからね。
 一滴も無駄にするんじゃないよ!」

「「はい」」

 何故でしょう?
 ダニエルとイヴァンがチラリと私に視線を向けます。
 分からない事は深く考えない。
 死んだ実父の教えです。
 それくらいでないと、冒険者は続けられないと聞いています。

 そんな事よりは分配金です。
 半分はドウラさんの取り分です。
 これは当然です。
 ドウラさんが教えてくれなければ、通常の倍で買い取ってもらえるような狩り方はできません。
 そもそも鹿を見つける事すらできません。

 残り二万小銅貨を五人で分けますから、私の取り分は四千小銅貨です。
 宿泊費などを差し引いて、今日までに溜まったのが十二万小銅貨です。
 義父上の年収が四万小銅貨ですから、ドウラさんの凄さが身に染みて分かります。
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