立見家武芸帖

克全

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拐かし

第52話拐かし13

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 我はぐったりとしているつやに声をかけ励ます。
 不意を襲われて乱暴に駕籠に乗せられ、乗る者の乗り心地を考えずに荒っぽく運ばれたのだろう。
 つやがぐったりと地に伏せている。
 だが徐々に我の事が分かったのだろう。
 最初は少し驚いた顔をしていたが、徐々に頬に血の気が戻って来た。

「藤七郎様。
 藤七郎様、藤七郎様、藤七郎様、藤七郎様、藤七郎様。
 お慕いしております、藤七郎様。
 ずっと、ずっと、ずっとお慕いしておりました。
 どうか、どうか、どうか藤七郎様のお側に置いてやってください」

 困る、これは困る、とても困るのだ。
 我とて朴念仁ではないから、恋心が分からないわけではない。
 だが、命懸けの戦いの場で、女に抱きつかれては困るのだ。
 熊吉が驚いて固まっている。
 伊之助の奴は、面白がってにたにたと笑ってやがる。
 銀次郎兄上と虎次郎殿は、こちらを見ないようにしている。

「つや殿、家までお送りいたそう。
 家族の方々が心配しているであろう」

「嫌でございます。
 もう家には戻りません。
 その覚悟で家を出た来たのでございます。
 藤七郎様から付文を頂いて、家を出てきたのでございまます」

「それは、腰抜けの弥吉が、つや殿を拐かすために出した偽手紙だ。
 我が書いたわけではない。
 もうそのような偽りは忘れて、家に戻るがよい」

「嫌でございます。
 私は藤七郎様をお慕いして家を出てきたのでございます。
 付文はきっかけでしかありません。
 私も、藤七郎様のような立派なお武家様の妻になれるなどどは思っておりません。
 藤七郎様の側に置いていただけるのなら、側女や妾で構わないのでございます。
 一夜のお情けでも構いません。
 どうか、どうか、どうかお側に置いてください」

 参った、本当に参った。
 想いを告げられ、女人から抱きつかれるとは思っていなかった。
 結婚式を挙げる歳とはいえ、十五六の小娘に、このように迫られるとは、全く思ってもいなかったのだ。
 女人のいい匂いがして、我を誘惑する。
 まだまだ強くなりたい我には、女人に色香は天敵なのだ。

「つや殿、我はまだまだ武芸を修行している身なのだ。
 女人と戯れている暇などないのだ。
 それに我は長屋暮らしで、豊かな商家で育ってきたつや殿を養う事などできん」

「私が働きます。
 水茶屋でも吉原でも行って、藤七郎様の武芸修行を助けさせていただきます。
 ですから、どうか、どうか私にお情けをくださいませ」

「まあ待たれよ、つや殿。
 つや殿本気は我らも見聞きさせてもらった。
 だから無理に引き離そうとは思わん。
 だが藤七郎殿修行に妨げになるのは、つや殿も本気ではなかろう。
 ここは一旦実家に帰り、正式に使者を立てて、行儀見習い願いをだしなさい。
 藤七郎殿に相応しい道場を建てることを条件に、どこかの養女にしてもらって、正式に嫁ぐ方法もなくはない。
 まずは家に帰って父親と話し合いなさい」

 銀次郎兄上がとんでもない事を言いだした。
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