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第一章

第19話:冒険者ギルド・エディン支部

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バレンシア王国暦243年5月9日:冒険者ギルド・エディン支部仮説ハウス

「すげえ、すげえ、すげえ、エマ支部長凄すぎる。
 茶魔熊の首を一刀で斬り飛ばしちまったぞ!
 あれって、軽く見積もっても40万セントはするんだよな?」

「なに言っているんだ、リアム様の方がもっと凄いじゃないか!
 熊公よりも遥かに生命力の強い、灰魔蛇を一刀で殺しちまったんだぞ!
 それに灰魔蛇の方が最低でも60万セントはするぞ!」

 あまり騒がれるのは好きではないが、彼らの気持ちもわかる。
 前世とこの世界の貨幣価値を比べるのはナンセンスだが、無理矢理比較すれば1セント100円位の価値があり、俺は1頭で6000万円稼いだことになる。

 支部発展と王国や教会に俺達の力を見せつける為に、A級冒険者に相応しい魔獣を狩り続けている。
 その副作用で、支部内にエマ派と俺派ができてしまった。

「リアム、連中に言わせれば私よりもお前の方が凄いようだな」

「確かに実力ではエマにも負けていないと思いますが、これまで積み上げてきた実績に雲泥の差がありますよ。
 エマのお陰で国も教会もここには手出しできないでいます」

 俺は嘘もお世辞も言っていない。
 エマがこれまで成し遂げてきた事、大陸での影響力があるからこそ、国も教会も手出しできないでいるのだ。

「だがその方法を考えてくれたのはリアムだ。
 私にはとてもこのような策は思いつかない。 
 それに、私にはリアムのような従魔がいない。
 サクラが手助けしてくれなければ、エディン大魔境の中に、このような立派な砦をわずか一日で造る事など不可能だ」

「確かにサクラほど優秀な従魔は世界中探してもいません。
 ですが私では、国と教会が全面戦争になっていました」

 俺個人としては国と教会を戦わせる気だったから、全面戦争になってもいい心算だったのだが、それでは国中で戦争が始まってしまう。

 そうなれば、俺の目の届か居ない所で戦争に巻き込まれて死ぬ人が出てくる。
 怒りのあまりその事を忘れてしまっていた。
 
 教会と国を全面戦争させるのではなく、目障りな連中を確実に殺していく。
 国が乱れない範囲で殺すのがいいと考えを改めた。
 そう思えたのはエマのお陰だ。

 俺のような平和ボケした前世の知識や経験ではなく、この世界で生き抜きA級冒険者にまで上り詰めたエマが、国や教会との全面戦争を避けたのだ。
 その判断は何にも増して優先しなければならない!

 そして国も教会もエマと正面から戦うのを避けた。
 どちらか一方がエマと戦って大幅な戦力減となったら、後は残った奴に跡形もなく踏み潰されて終わりだからだ。

「リアムは国や教会が相手でも勝てる気でいたのだろう?
 確かに大魔境の奥深くにこれほどの砦を築けるのなら、神出鬼没の戦いをする事ができる。
 ここにいる連中も、分身したサクラが護れるのだろう?
 分身できるスライムがいるなんて初めて聞いたぞ。
 サクラは特別種のスライムのようだな」

「前にも言ったかもしれませんが、サクラは俺が魔力と創造力を駆使して創り出した最高のスライムなんです。
 サクラにできない事は何もありません。
 あ、いえ、死者を生き返らせる事と、俺の子供を産む事だけは無理でした」

「使者を生き返らせるなんて、この世界を救ったと言われている、先史文明時代の勇者伝説だけだぞ。
 それに、子供を産んで欲しいだなんて、リアムはオマセだな。
 いくら強くてもまだ十歳だろう?」

「十歳でも十分大人ですよ。
 腐れ神官やホセ達は、孤児院の幼児さえ犯していました。
 俺が孤児院を逃げ出したのも、わずか三歳の俺を神官が犯そうとしたからです」

「反吐が出る話だ!
 国王と教皇には、大陸四カ国でA級冒険者認定試験を合格した者として、今回の件とリアムの件で明らかになったホセと神官の処分を要求した。
 応じない場合は、大陸四カ国A級冒険者として、魔に魅入られた大罪人として独自に処罰すると言ってある。
 もし邪魔する者がいるのなら、同じように魔に魅入られた者として処罰するとも伝えているから、早々に切り捨てるだろう」

「ありがとうございます、エマ。
 エマのお陰で捕らえられていた人々を穏便に助けられそうです。
 ただ、このままではエマがこの国なら出られなくなってしまいます。
 もしエマが望むのであれば、全てが片付いた後で、母国に戻して差し上げたいのですが、どうされますか?」

「私を母国に戻すだと?
 私が母国に戻ったら、ここは冒険者ギルドの支部を名乗れなくなるぞ。
 この砦を手に入れようと、国が討伐軍を差し向けて来る。
 リアムなら何度でも撃退できるかもしれないが、あの者達は心休まる事なく常に怯えて暮らす事になるぞ?」

 エマが愛おしそうに砦の強化したり家を建てたりしている人達に視線を向けた。

「そうですね、いくら私が王国軍を撃退し続けても、彼らの不安が完全になくなる事はないでしょう。
 ですから、エマが母国に戻っても、それが王国や教会に知られなければ、ここを手に入れようと考える者はいないです」

「私が母国に戻っても国や教会に知られない方法だと?
 ……私の影武者を仕立てるつもりか?
 だが、私が母国や大陸のどこかで活躍すれば、いくら厳しく他国との国交を制限しているこの国でも、噂くらいは伝わってくるぞ」

「母国や大陸で活躍するエマの方を偽者だと思わせればいいのですよ。
 サクラは他人に変装する能力に長けています。
 そしてエマに匹敵するほどの戦闘力を持っています。
 ここに訪れる冒険者に、エマに変装したサクラの大活躍を見せれば、大陸に戻ったエマの方を、エマの名声を騙る偽者だと思ってくれますよ」

「……本当にそんなに上手く行くだろうか?
 サクラの強さを疑うわけではないが、いくら何でも不可能ではないか?」

「ではエマには明日一日完全休養していただいて、代わりにサクラに働いてもらい、エマになりすませるか確かめてみましょう。
 それでエマを心から崇拝するここの人々を騙せれば、エマは自由になれます。
 エマが心の奥底で戻りたいと願っている、母国に戻れますよ」

「……理事長に頼まれたから、大きな恩と義理があったからこの国に渡ってきたが、母国に戻れなくなるとは思ってもいなかったのだ……
 もし本当に帰れるのなら、帰りたい、故郷に帰って家族に会いたい」

「任せてください、必ずエマを故郷に戻して差し上げます」

 ★★★★★★

「ウォオオオオオ、すげえ、すげえ、すげえ、流石エマ支部長だ!
 昨日リアムさんに負けたのがよほど悔しかったのだろう。
 今日は茶魔蛇を狩って来られたぞ!
 あれなら最低でも120万セントはするぞ!」

「へん、まだリアム様は戻って来られていないぞ。
 きっとリアム様は茶魔蛇以上の獲物を持って帰って来られるさ」

「おい、おい、おい、負け惜しみは止めておけ。
 リアム殿だって調子の良い時もあれば悪い時もあるさ。
 それに、まだお若いC級のリアム殿が、A級のエマ様に負けても恥じゃない」

「じゃかましいわ、まだリアム様の負けが決まった訳じゃない。
 あ、リアム様だ、リアム様が戻られたぞ!
 あれは、あれはエマ様と同じ茶魔蛇じゃないか?
 リアム様はエマ様に負けないくらい強いのさ!」

「どうです、エマ。
 誰もサクラが変装した姿だと見破れないでしょう?
 エマだけでなく、俺まで偽者だと誰も気が付かない。
 だからエマが故郷に戻っても大丈夫ですよ」

「……まだ故郷には戻れない。
 少なくとも茶魔蛇を狩るまでは絶対に戻れない!」
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