御大尽与力と稲荷神使

克全

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第一章

蛇の弥五郎18

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 町奉行は七右衛門と膝詰めで談判した。
 老中の強硬な願いを命令に近い形で伝えた。
 だが七右衛門にも聞ける事と聞けない事があった。
 剣術狂いの従弟源四郎を与力にするのはかまわない。
 だが、与力源四郎家では、神使の文が神通力で操る手先を心服させる事もできないし、生活を保障する事もできないのだ。

 七右衛門は真実を話せないので、一番に勝手向きの事を話した。
 火付け盗賊改め方の与力では、町奉行所の与力のような付け届けはない。
 三百人もの手先の生活を完全に保障するには、年間三千両が必要になる。
 町奉行所の与力七右衛門家ならギリギリ可能だが、火付け盗賊改め方与力の源四郎家では絶対に不可能だ。

 次に武士に理解しやすい忠誠心についても話した。
 重い刑を言い渡されるはずだった盗賊を助けたからこそ、七右衛門は忠誠を得た。
 元盗賊は源四郎に恩などないのだ。
 それで命懸けの働きをしろと言うのは無理な話だ。
 源四郎が七右衛門の従弟だからと言っても、聞ける話ではない。

 町奉行は翌日直ぐに老中にその話を伝えた。
 老中としても理解できる話だったので、無理無体は言えなかった。
 だが七右衛門も幕府を恐れる気持ちがあった。
 だから御奉行に代案を願い出ていた。
 その願いが聞き届けられたら、七右衛門はもちろん、河内屋一門にも利益があった。

「河内屋も交渉上手だな」

「御老中の申される通りではありますが、幕府にも十分利のある事でございます」

 河内屋の願いは、幕閣には苦々しい事だったが、無理無体な話ではなかった。
 現実を見つめるのなら、仕方がないことであった。
 しかも書付などを残さない、口約束であった。
 人と人、武士と商人の間で交わす信義による口約束だった。

「余が約束を破ったらどうするつもりなのだろうな?」

 老中は町奉行の肥前守に探りを入れた。
 老中が約束を破った時に、河内屋が何かとんでもない報復をするかもしれないと恐れたのだ。

「何もしないでしょう。
 約束を破られても利益がなくなるだけで、河内屋に損などないのです。
 失われるのは御老中の信義だけでございます。
 ですが七右衛門が申しておりました。
 『天下泰平の為ならば、御老中が信義を守らないのも大義です』と」

「ほう。
 七右衛門とやらがそう申しておったのか」

「はい」

 老中は安心して『河内屋との約束は守る』と肥前守に伝えた。
 七右衛門の話を聞いて、大義があれば守らなくていいと判断して、安心して口約束する事ができたのだ。
 河内屋が老中と交わした口約束は、次のようなモノだった。
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