女将軍 井伊直虎

克全

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本編

迂回進軍

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 『尾張・名和城』
 義直が預かった先鋒軍は、義直の直轄城となった名和城・平島城・清水城に分散駐屯した。
 そして丸根砦の松平勢五百兵(本多忠勝・本多忠真)と協力体制を築いた。
 鳴海城・中島砦・善照寺砦・丹下砦・大高城・鷲津砦の今川譜代衆とは、微妙な関係である。
「義直様、集まっている諸将を投入して、星崎城を攻め落とそうと思います」
「直平高祖父様、御任せいたします」
「御任せ頂き、有り難き幸せでございます」
 翌日早々、織田家に味方する花井三河守の守る星崎城(二百七十八貫文)を、一万を超える軍勢で囲んだ。
 同じ花井一門の花井播磨守平次と花井勘八郎の調略で、星崎城は今川に降伏臣従した。
 次いで山口左近太夫安盛の守る市場城を囲んだ。
 山口一門は、鳴海城の山口義継が義元に謀殺された事を恨んでいたのだろう。
 隣接する山口盛重の寺部城主と連携して、頑強に抵抗した。
 そこで、義元が戸部新左衛門政直を謀殺した後で廃城となっていた戸部城を修築して、市場城と寺部城が、織田家と連絡出来ないようにした。
「直平高祖父様、山口盛重と山口安盛は調略しないのですか」
「流石に山口一門を調略するのは難しいです」
「それでも試してみるべきではないのですか」
「そうですね。織田家援軍が来る前に一度、援軍を撃退した後でもう一度、都合二度、山口家には降伏の使者を送るべきかもしれませんね」
 義直には、幼い頃から徹底的に帝王学を叩き込んで来た。
 今川家が所有する蔵書を活用して、与えられる知識は全て与えた。
 もちろん五郎以下の弟達にも学ばせたし、今川館から逃げ出す時の事も考慮して、全ての今川館蔵書は、複数写本し井伊谷城に送ってある。
 そのようにして教育してきた御陰か、直平大爺様に調略を勧める程度の事は出来る。
 それが例え状況を無視した定型的なものであっても、損害の少ない調略を、出来る限り優先するのは悪い事ではない。
 信長は、急遽五千5000兵を掻き集めて援軍に現れた。
 このまま山口家に援軍を出さないと、山口家の家臣である成田弥六の桜中村城と、成田助四郎の鳥栖城まで、今川家に降伏臣従してしまうかもしれない。
 そうなれば、更に尾張内部に今川の勢力が浸透してしまう。
 いくら山口教継を義元が謀殺した際に織田に臣従した山口家の者でも、今この時に命が懸かっていれば、今川家に再び降伏臣従する事も有り得る。
 信長としても、例え市場城と寺部城は助けられなくても、桜中村城・鳥栖城・山崎城は味方に繋ぎ止めておかなければならない。
 だからこそ、無理をしてでも援軍に駆け付けたのだろう。
 信長は、愛智拾阿弥が前田利家に殺された際に廃城になっていた、戸部一色城を修築した。
 そして戸部一色城は、山崎城主の佐久間信盛に兵五百を預けて守らせた。

 『戸部城』
「義直様、直虎様、直平様只今戻りました」
「よくぞ無時に戻った」
「有り難き御言葉、恐悦至極でございます」
織田軍の様子を探りに行っていた、白拍子の長の一人ふじが戻って来た。
「織田軍の様子はどうでしたか」
「兵数は五千兵ほどですが、思いの外鉄砲の数が多く、五百丁から千1丁はあると思われます」
「それは問題ですね。城攻めをしても、城内から鉄砲を撃ちかけられたら、損害が大きくなります」
「義直様、我が軍は一万を超えておりますが、五千の兵が籠る城を落とせるほど、戦力の差は御座いません。ここは対陣して、織田の隙を待つのが得策と思われます」
「左様か、私も将兵を無駄死にさせる気はない。直平高祖父様の判断に任せる」
「承りました」
 決め手のないまま、義直軍と信長軍は七日間対陣した。
 戦力差は二対一だから、信長から城攻めなど有り得ない。
 また城攻めには、守備兵の三倍の兵力が必要と言う常識から言えば、義直が城攻めするのも悪手である。
 例え信長に勝ったとしても、損害が多すぎれば、周辺諸国からの侵略を受けてしまう。
 今川の総戦力が低下すれば、尾張攻略中に美濃の斎藤が攻め込んで来たり、信玄が駿河に攻め込ん来たりすることもあり得るのだ。
「直虎様戻りました」
「しらね、よく無事で戻ってくれました。織田の様子はどうですか」
「ここから侵攻出来そうな城を見て回りましたが、丸根砦を死守して討ち死にした、佐久間盛重の息子が守っている御器所西城と、信長が信勝を謀殺した後は城主不在となっている、末森城が攻め易いと思われます」
「織田の勢力圏に入り込むことになれば、中村桜城に籠る信長に挟撃される恐れがありますね」
「その可能性もあると思われます」
「代官として知多に駐屯している将兵や、知多の国衆を総動員すれば、一万五千を超える兵を集める事が出来るでしょう。ですが数を集めたとしても、烏合の衆では、行軍中に叩かれれば簡単に崩壊してしまいます」
「桶狭間の時の御隠居様のようにでございますか」
「そうです。そして一度負けてしまえば、義直様は求心力を失ってしまいます」
「今の布陣で、義直様が背後を取られる事なく攻め取れる城となりますと、三河との国境にあります 岩作東城と岩作西城が手ごろかと思われます」
「城主は誰ですか」
「岩作東城は今井四郎兵衛。岩作西城は鈴木権八と申す者でございます。近隣の城からも少し離れており、織田方の援軍が駆けつけるにしても、多少の時間はかかります。戸部城や中村桜城のように、直ぐに救援が駆けつけられるような、指呼の間に隣城はありません」
「一番近くにある織田方の城には、誰が詰めているのですか」
「柴田勝家の一族が守る、下社城、上社城、一色城が御座います。この三城は、攻めとるとすれば、少々手古摺ると考えられます。それよりは、岩作東城と岩作西城の方が、簡単に攻め取れると思われます」
「そうですか、よく調べてくれました。これからも、調べた事は逐一報告して下さい」
「承りました」
「他に報告しておくべきだと思う事はありますか」
「後は、西尾家の城だった大草城が、信長と信勝が争った所為で西尾家が所領替えになり、廃城となっています。この大草城を修築して、義直様の拠点とする事も出来ます」
「分かりました。義直様と御相談した上で、攻め込む場所を決めます」

「新たに支配下に入れた城地」
星崎城:花井三河守
「義直軍が囲んでいる織田方の城」
市場城:山口左近太夫安盛
寺部城:山口盛重
「織田軍が援軍に入った城」
桜中村城 :成田弥六:五千兵・織田信長
鳥栖城  :成田助四郎
山崎城  :加藤与三郎
戸部一色城:佐久間信盛
 
 三日後に、直盛父上が五千兵と共に戸部城に残り、市場城と寺部城を封鎖しながら、信長に対峙する事になった。
 戸部城に五千の兵がいれば、信長が攻めて来ても十分対抗する事が出来る。
 義直と直平大爺様と私は、知多国衆と松平勢を含めた六千兵と、三日間で集めた瀬名・関口・蒲原などの代官所兵四千五百を合流させて、岩崎城を目指した。
 これに対抗すべく、中村桜城に駐屯していた信長軍五千兵は、上社城方面に移動した。
 ここで鳴海城の岡部元信が三千兵、大高城の鵜殿長照が三千兵兵を率いて、信長の移動した後の城砦に攻め掛かった。
 岡部元信と鵜殿長照は、桜中村城・鳥栖城・山崎城・戸部一色城を迂回して、佐久間盛昭の守る御器所西城を一気呵成に攻め落とし、佐久間盛昭を討ち取る事に成功した。
 続いて服部将監の守る御器所東城も攻め落とし、信長軍が戻って来ても対処できるように、壊した城の修築に取り掛かった。

川名南城 :佐久間彦五郎
川名北城 :佐久間半左衛門
御器所西城:佐久間盛昭・佐久間大学の息子
御器所東城:服部将監 東脇城主・佐久間大学の家臣
伊勝城  :佐久間盛次
末森城  :信長の弟・信勝が謀殺された後は城主不在
上社城  :柴田勝家一門の城
下社城  :柴田勝家一門の城
一色城  :柴田勝家一門の城

 一方信長軍を引きずり出した義直軍は、岩崎城を通り過ぎ、碌な守備兵もいない小城の岩作東城と岩作西城を奇襲して攻め落とした。
 六千兵を両城に残して、壊した部分を急ぎ修築しつつ、四千五百兵を廃城となった大草城に派遣して、修築に取り掛からせた。

岩崎城 :丹羽氏清
岩作東城:今井四郎兵衛
岩作西城:鈴木権八
大草城 :廃城

 もちろん、信長が策に掛からなかった場合の対策は取っている。
 岡部元信が出陣した鳴海城は、中島砦の岡部長定・善照寺砦の飯尾乗連・丹下砦の朝比奈秀詮が、千五百兵で手分けして守る。
 鵜殿長照が出陣した大高城は、鷲津砦の朝比奈泰朝と朝比奈親徳・丸根砦の本多忠勝と本多忠真が、千兵で手分けして守っている。
 これなら、信長が戸部城と星崎城を迂回して、鳴海城や大高城に攻め掛かっても守り切れる。
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