壱人複名 船宿鯛仙捕物帳

克全

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第1章

第27話:助太刀

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「我こそは桓武平氏の裔、高棟流柘植家に連なる勝三郎龍興なり。
 幕府の財貨を私して私腹を肥やす奸臣を見過ごす事はできなかった。
 上役であろうと多勢に無勢であろうと、上様と幕府の為に身命を賭して奉公する。
 武士の誇りに賭けて某の正義を貫く、いざ尋常に勝負!」

 鶴亀姉妹の仇討が行われた第三火除地の直ぐ隣、一ツ橋家上屋敷とは濠を挟んだ向かいにある、馬場と第一第二火除地に跨る広大な場所に勝三郎の口上が響く。

「我こそは大江氏の裔、季光流毛利家に連なる平四郎忠房なり。
 幕府勝手向きを預かる者の苦労も知らず、好き勝手な悪口雑言は許し難し。
 特に賂で私腹を肥やす町奉行所の与力家の倅が申す事など笑止千万。
 返り討ちにしてやるからかかって来い!」

 この度の不正を行った役方に中では最上位の勘定組頭で、名目上の大将となっている毛利平四郎忠房が反論する。

 勝三郎との果し合いを逃げ回っていた勘定奉行所の役方達だが、このままでは自分は切腹な上に改易だと言い渡された。

 だが、果し合いに応じるなら、勝三郎を返り討ちにできたら御役御免ですむ。
 そう言う話が勘定奉行から内々に知らされた。
 しかも果し合いの相手は勝三郎と実兄二人だけにすると言うのだ。

 圧倒的な実力差があるから舐め切られているが、しかたがない。
 親戚預かりの間に耳に入って来た勝三郎の武勇伝は信じ難い強さだ。
 普通なら絶対に応じないのだが、応じなければ切腹に上に改易だ……

 一対一なら絶対に勝てないが、三対百なら勝って生き延びられるかもしれない。
 仇討の時は四十七対三百、実質的には一対六だったが、今回は一対三十だ。

 包み込んで襲ったら、多勢に無勢で勝てるかもしれない。
 半分くらいは殺されるかもしれないが、残る半数は生き残れるかもしれない。
 自分が殺されたとしても、家族は路頭に迷わなくてすむ。

 不正をした役方達を預かっている親戚の家に来た幕府の使者が、そう思わせた。
 老中田沼意次が厳選した使者は話術が上手く、役方達は上手く乗せられた。
 多くの人がそう思ったが、役方達も馬鹿ではない、切り札を隠し持っていた。

「我こそは桓武平氏良文流武蔵江戸氏の裔、六郷家に連なる源蔵望房なり。
 毛利平四郎とは幼き頃に義兄弟の契りを結んだ竹馬の友なり。
 事の理非は問わず、義兄弟の為に助太刀いたす、いざ尋常に勝負」

「我こそは藤原南家伊東氏の裔、河津家に連なる重右衛門忠郷なり。
 立里義平とは剣術の師を同じくする義兄弟なり。
 事の理非は問わず、義兄弟の為に助太刀いたす、いざ尋常に勝負」

 他にも次々と義兄弟や恩人を言い立てて助っ人が名乗りを上げる。
 役方達は勘定奉行所で出世をするだけあって、悪智慧が働くのだ。
 江戸で名の通った浪人剣客を多数助太刀にしていたのだ。

 だが役方達だけの考えで助太刀が集まった訳ではない。
 江戸には名を挙げて仕官したい腕自慢の浪人が数多くいたから、殺されるかもしれない助太刀に五十人もの剣客が集まったのだ。

 だが、幕府が公開処刑を目論んで行う果し合いだ。
 剣客の助太刀など認められるわけがなかった。
 だがここで、武家がどうしても無視できない忠義と義理が絡んで来た。

「家臣が主君に忠義を果たすために、仇討や果し合いに助太刀するのは当然です。
 家族や刎頸の友が助太刀をするのは、高田馬場の決闘でも明らかです。
 我らが助太刀に加わるのを許さないと、忠義も義理も人情もなくなりますぞ!」

 剣客としては一生に一度の機会かもしれない晴れ舞台、浪人としては仕官の可能性がある絶好の機会に、浪人剣客達は助太刀がしたいと幕府に嘆願した。
 いや、そんな風に嘆願しろと役方達が悪知恵を授けた。

 幕閣はどのような理由をつけられても助太刀を認めない心算だったのだが、勘定奉行所の役方達は本当に悪智慧が働いた。
 瓦版を使って江戸中に噂をまき散らし、幕閣が無視できないように仕向けた。

 幕閣の中には平民の言う事など無視しろという者もいたが、勝三郎が助太刀が加わっても構わないと言ったのと、徳川家基の介入で認めるしかなくなった。

 正々堂々とした果たし合いを見たかったのに、姑息な手段を使われた徳川家基は黙っていなかった、目には目を、歯には歯を、助太刀には助太刀だと言ったのだ。

「我こそは菅原氏の裔、柳生家に連なる主膳正久通なり。
 僅か三人を相手に百を越える多勢なのに、忠義や友誼を申し立てての助太刀など卑怯千万、他の誰が許しても大納言様が許されん、義によって助太刀いたす」

 僅か三人に対して百人以上で果し合いをするのも不公平なのに、更に五十人もの剣客が助太刀を申し出た事に大納言徳川家基は激怒したのだ。
 西之丸につとめる小姓や小納戸役、番方に助太刀する者はいないかと問うたのだ。

 普段は勇ましい事を口にして、田沼意次などを悪しざまに言っている徳川家基付の小姓や小納戸達だったが、自分の命がかかると途端に憶病になる者が数多くいた。

 江戸でも評判の剣客が五十人も助っ人に加わると知っていたので、命惜しさに徳川家基の視線を避け、病気届を出して御役を辞した。
 今までそんな小姓達の話を鵜呑みにしていた徳川家基は、目から鱗が落ちた。

 ただ、家基付きの小姓や小納戸が全員卑怯で憶病なのではなかった。
 柳生新陰流を継いだ柳生主水久寿の孫、柳生主膳正久通が家基付きの小姓となっており、主君に恥をかかさないように助太刀に名乗りを上げた。

 柳生主水は元々村田十郎右衛門久辰と名乗っており、大和柳生藩第五代藩主の柳生備前守俊方に柳生新陰流を学んでいた。

 ただ柳生備前守に男子が生れず、藩を残すために養子を迎えるしかなかった。
 ところが、和泉国岸和田藩主岡部長泰の五男、帯刀宗盈を養子に迎えるも、行状が悪すぎて廃嫡にするしかなかった。

 次に因幡国鹿奴藩主池田仲澄の五男、隼人矩美を養子にするも、残念な事に十七歳の若さで早世してしまった。

 四十八歳になっていた柳生備前守は、急いで伊勢国桑名藩主松平定重の十一男、二十三歳の靭負俊平を大和柳生藩の養子に迎えた。

 だが、殿様剣術しか学んで来なかった靭負俊平に、将軍家指南役の柳生新陰流を継がせる訳にはいかなかった。

 大名家よりも将軍家剣術指南役を優先するなら、家柄血統ではなく剣の腕で後継者を選ばないといけないのだが、大和柳生藩の跡継ぎを剣の腕が良いだけで継がせる事はできなかった。

 そこで、弟子の中で最も腕のたつ村田伊十郎に柳生姓を授けた。
 村田伊十郎は柳生久寿を名乗り、後に十代将軍徳川家治の剣術指南役となった。
 この時点で大和柳生藩の柳生家は将軍家剣術指南役ではなくなった。

 ただ柳生久寿の嫡男も早世してしまっているので、嫡孫の柳生主膳正久通は、柳生新陰流の正統を継ぐべく激烈な鍛錬を繰り返していた。

 そんな生い立ちなので、徳川家基の想いに答えない訳にはいかなかった。
 柳生新陰流の正統を継ぐ者として、徳川家基が望んでいる果し合いの助太刀に名乗りを上げて、将軍家剣術指南役の座を手に入れる覚悟だった。

 柳生主膳正以外にも、旗本の面目を守るために助太刀に名乗りを上げる小姓と小納戸役が十二人いたが、役方の五十人にはとても及ばなかった。

「普段の勇ましい言葉は全て嘘だったのか、何たる恥さらしだ、もう二度と顔を出すな、暇をやるから今直ぐ出て行け!」

 徳川家基は激怒して、助太刀に名乗りを上げず病気届も出さずに、小姓や小納戸に居座り続ける厚顔無恥な者共を、自分の周りから遠ざけた。

「このままでは余の面目は丸潰れじゃ、誰が勇気のある者はいないのか?」

「大納言様、小姓や小納戸達では剣一筋に生きて来た剣客には及びません。
 犬死すると分かっていて助太刀するのは、逆に大納言様の名に泥を塗ります。
 とはいえ、大納言様の申される通り、西之丸からの助太刀が少ないのも恥です。
 ここは西之丸付きの番方から助太刀を募られてはいかがですか?」

 田沼意次から知恵を借りた西之丸若年寄の酒井飛騨守が言う。

「うむ、それが良い、西之丸付きの小姓組番士と書院番士の中に助太刀をする者がいないか聞いて参れ」

「御意」

 田沼意次の策通りになった事を安堵した酒井飛騨守が即座に助太刀を探しに行く。
 盛り立てないといけない徳川家基に汚点をつけずにすんだ事を、心から安堵した。

 西之丸小姓組番頭の一人は、大納言徳川家基の母方伯父なのだ。
 助太刀を願い出なければ、徳川家基から憶病者と思われるだけでなく、直属の番頭からも蔑まれる事になる。

 その組だけで足らない人数が埋まると思っていた。
 ところが、西之丸付きの小姓組は四組あり、番頭四名、組頭四名、番士二百名もいるのに、助太刀に応じたのは二十七名しかいなかった。

 慌てた酒井飛騨守は書院番の四組にも声をかけた。
 小姓番と同じく番頭四名、組頭四名、番士二百名に加えて、与力四十騎、同心八十名から助太刀を募って、ようやく五十名を確保するていたらくだった。

 これほどの騒動、悪影響があったので、幕閣は噂の力を思い知った。
 もう二度と瓦版などの噂で御政道を歪められないように、幕府が主導して噂を流す事を検討した。
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