壱人複名 船宿鯛仙捕物帳

克全

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第1章

第30話:上州博徒

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 勝三郎は賭場の雰囲気、特に中盆の一挙手一投足を見て賭ける方を決める。
 最初十両で賭け始めたのが、一度も外すことなく徐々に増えて二百両になる。

 いかさまを警戒しながら賭けるので、全ての勝負に賭ける訳ではない。
 丁方と半方が揃わない時だけ賭けるが、中盆の言動で賭けずに見送る事もあった。

 ついに勝ち金が五百両になった時に、博徒たちの目に決意が見えた。
 次からいかさまをすると判断した勝三郎は帰る事に決めた。
 まだ本当の勝負する時期ではなかったからだ。

「親分、明日も早いんで今日はこれくらいにしよう」

 勝三郎が親分を演じている密偵に言う。
 
「親分さんが帰って来られないようなので、今日はこれで帰らせてもらいます。
 明日また来ますので、その時に御挨拶させていただきます。
 一家の皆さん、これで酒でも飲んでください」

 親分役の密偵が、勝三郎から受け取った五百両の駒の中から十両分を代貸に渡す。

「過分なご配慮ありがとうございます。
 ただ、申し訳ないのですが、親分は明日も戻らないと思います」

 代貸が殺意を隠しながら言う。
 対して用心棒を演じている勝三郎は、何時でも脇差で戦えるぞと威嚇する。
 賭場の中で襲われる事はなく、下足番から大身槍や刀を受け取って帰れた。

 勝三郎達は帰り道で襲われるかもしれないと身構えていたが、何事もなかった。
 上州一の博徒の大親分とはいえ、人の目のある宿場内では襲えなかった。
 宿に入った勝三郎は、影供に勝った金を渡して襲われても大丈夫にしていた。

 その日から大久保一家の連中が勝三郎達を見張りだした。
 人目のある宿場から出たら襲う気なのだ。
 大久保一家は、五百両も勝ったら勝ち逃げすると思い込んでいた。

 一方勝三郎も、雨垂の亥之助に賭場を見張らせていた。
 賭場が終わった後で、代貸が大久保代八に売り上げを持って行き、一日の報告をすると考えていたのだ。

 案の定、代貸は大久保代八の隠れ家に行って勝三郎達の事を報告した。
 話を聞いた大久保代八は、代貸のやり方を認めた。

 勝三郎達が宿場を出る時に襲って有り金全部奪う事を認めた。
 更に明日賭場に来て勝つようなら、いかさまで有り金全部奪うように命じた。

「親分さんに御挨拶させていただきたいのだが、御戻りになられたかい?」

 次の日も賭場に行って、博徒の親分に化けた密偵が下足番に言う。

「申し訳ございやせん、親分はしま内の賭場を見廻っていてまだ帰らないんで」

 下っ端の下足番が反感と殺意を駄々洩れにしながら言う。

「そうかい、それは残念だ、今日も遊ばせてもらいたいんだが、構わないかね?」

「へい、どうぞ遊んで行ってやってください」

 代貸や兄貴分に言い聞かされているのか、反感や殺意は駄々洩れにしているのに、断る事無く賭場に案内する。

 親分を演じている密偵は、悠々とした態度で勝三郎の賭けを見ているだけだ。
 今日の勝三郎も直ぐに賭けに加わらず、雰囲気と出目を確かめる。
 勝三郎は、今日のつぼ振りも好きな出目が出せる名人だと確認する。

 またしても最初の十両が増えていくが、昨日ほど早くない。
 勝三郎の勝負勘を知っている賭け客は、便乗しようと直ぐに賭け無くなる。

 大半の者が勝三郎が賭けるのを待つようになってしまい、賭ける人数も金額も少なくなり、賭場の売り上げが激減する。

「御客人、御客人が相手だと素人衆が可哀想だ。
 あっしがさしの勝負をさせていただきますので、勝っても負けても帰っていただけませんか?」

 代貸が勝三郎に聞く。

「構わないが、幾らの勝負にするんだい?」

「昨日勝たれた金も加えて、六百両でいかがですか?」

「申し訳ないが、昨日の金はもう江戸に送った。
 今持っているのはここにある百両だけだ」

「……そうですかい、だったらその百両で結構です、勝負願います」

「ああ、いいぞ、やらしてもらおうか」
 
 賭場全体が緊張して、肌が殺気でぴりぴりするような状態になった。
 一対一の勝負で、対面になった勝三郎と代貸の間で火花が散る。
 つぼ振りが鮮やかな技で賽子を操って二人の前につぼを置く。

「御客人、どうぞ出目を選んでください」

 代貸が勝三郎に出目を選ぶ権利を譲る。
 素人でも、つぼ振りが好きな数をだせる事くらい知っている。
 代貸が正々堂々の勝負をしているのだと思い込む。
 
「上州一の大親分が聞いて呆れる、こんないかさま、卑怯にもほどがあるぞ!」

 勝三郎はそう言うなり、博打に使っている綿布団をひっくり返した。
 布団の下の板の間には丸い穴が開いていた、勝三郎はその板を叩き割った。
 
「ぎゃっ!」

 床下に隠れていた大久保一家の下っ端が思わず悲鳴をあげた。

「何がさしの勝負だ、何が大親分だ、手下を床下に隠していかさまか!?
 これまで何百人の素人衆をだましてきた?!
 家屋敷どころか、女房子供までかたにとって売り払ってきた!?
 人でなしの犬畜生が、地獄に落ちやがれ!」

 勝三郎は組討ちの技を駆使して代貸と中盆の肘と肩を折る。
 博徒に変装していた密偵達も、匕首を抜いて大久保一家に斬りかかる。
 あまりの事に狼狽する大久保一家の者達を、次々と叩きのめしていく。

 勝三郎は、大久保一家でも兄貴分の連中を殺さず生け捕りにいていく。
 大久保一家から賄賂を受け取っていた、勘定奉行所の下役人、宿場役人、村方三役を自白させるために殺さずに生け捕りにする。

「知らせが届く前に大久保代八を捕らえる」

「「「「「はい!」」」」」

 勝三郎は、誰が大久保代八に危急を知らせるか分からないと考えていた。
 上州一の大親分なら、代貸にも知らせていない配下がいるかもしれない。

 代貸の裏切りを警戒して、密偵をつけている可能性もあると考えていた。
 だから、素人客のように振舞っている者が、密偵かもしれないと疑っていた。

 賭場で捕らえた者を見張る人間がいないので、捕えた者が誰も逃げられないように、情け容赦なく両膝を砕いた。
 賭場に預けた大身槍と刀を取り返して、大久保代八の隠れ家を急襲した。

「言え、賄賂を貰ってお前達を見逃していた役人は誰だ?!」

 大久保代八の隠れ家でも誰一人殺さず、全員生け捕りにした。

「ぎゃあああああ」

 浪人用心棒を演じる勝三郎の拷問は熾烈を極めた。
 幕府が決めている、やってはいけない拷問など完全に無視していた。
 町奉行所では絶対に許されない、生爪剥ぎや関節砕きなどを繰り返した。

「言います、言います、何でも言います、だからもう許してください」

 勝三郎は賄賂を貰っていた人間を全員自白させた。
 勘定奉行所の関係者だけでなく、絶大な権力を持っていた関東代官頭伊奈家の家臣、旗本に領地を任されている村方三役の名前も全部自白させた。

 勝三郎は、大久保代八を含めた大久保一家本家全員を捕らえた後で、大久保一家の貸元となって賭場を開いている連中も襲った。

 歴史的に有名な大前田一家初代親分、大前田英五郎の父である大前田久五郎。
 生井一家初代親分、生井弥兵衛などが開いている賭場も襲って全員捕らえた。

「火付け盗賊改め方与力、佐久間啓次郎である、神妙にいたせ!」

 捕らえただけでなく、熾烈な拷問を加えて賄賂を受け取っていた役人を自白させて、上州にまで出役してきた火付け盗賊改め方と徒目付組頭の義父に捕らえさせた。

「徒目付組頭、柘植甚左衛門である。
 博徒から賄賂を貰って見逃していた罪許し難し、上意である、神妙にいたせ」

 勝三郎は事前に田沼意次に手を回していたのだ。
 まだ火事の多い季節ではないが、通常二人態勢の火付け盗賊改め方を、秋冬だけの当分加役二人を早めに増員して、次兄達が上州に出役できるようにしていた。

 次兄達火付け盗賊改め方だけでは、盗賊は捕らえられても幕臣は捕らえられない。
 旗本の家臣はもちろん、伊奈家の家臣も捕らえられない。
 だから徒目付組頭の義父にも家臣を率いて出役してもらった。

 最初は上州一帯の博徒や役人だけを捕らえていたが、徐々に範囲を広げていき、下野や上総下総、常陸安房、相模武蔵と厳しい取り調べを行い、情け容赦なく取り締まった。
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