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第一章

第23話:後始末(ジークフリート視点)

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神歴五六九年睦月十日:ゴート皇国との国境近く・ジークフリート視点

 エマは本当によく頑張った。
 箱入り娘の公爵令嬢が頑張った程度ではない。
 大陸でも有数の冒険者が普段以上の実力を出して頑張ったくらいの働きだ。

「回復魔術と睡眠魔術をかけた。
 しばらくは目を覚まさないから、しっかりと休ませてやってくれ」

 言わなくても分かっているだろうが、念のために言っておく。
 ジョルジャ達も恐ろしく疲れているのは分かっているが、歴戦の戦士だから、想定外の事が起こった時の余力は残している。

 余力さえ残していたら、戦時食を喰ってから回復魔術をかける事ができる。
 彼らくらいになると、戦いながら食べて回復魔術をかけるくらい、簡単にやってのけから、戦いの後で食べながら回復魔術をかけて残業するくらい平気だ。
 
 国や領地を賭けた大規模な戦いのときなどは、右脳と左脳を分けて使う事で、十日くらいは眠らず戦い続けるだろう。
 まあ、俺なら百日は戦い続けられるけど。

 実際今回のスタンピードでも、戦時食を食べながら戦った。
 体力や魔力を魔術で回復させようと思っても、元となる食事をしていないと無理なので、戦いながら食べるのは普通の事だ。

 まあ、その普通の事ができない騎士や冒険者が多過ぎるから、俺達がもてはやされるのだが、根本的に間違っているし甘過ぎる。

「パーフェクト・エリア・リサシテイション」

 どうでもいい連中に蘇生魔術の使うのは、敵を完全に殲滅した後だ。
 安全を確保したと確信した後でなければ、余計な魔力は使えない。
 だが安全を確保できたのなら、兵糧や軍資金の事も考えなければいけない。

「いいかよく聞け、お前達はスタンピードで一度死んだのだ、
 それを俺様の蘇生魔術で蘇らせた上に、体力も状態異常も回復させてやった。
 恩に着て身代金を払わないと言うのなら、殺してやるが、どうする?」

 少しだけ強い殺気を放ってやった。

「払います、よろこんで払わせていただきます」
「家族に手紙を書きます、身代金を払うように手紙を書きます」
「家にあるだけのお金を支払わせていただきますから、殺さないでください」
「逆らいません、もう二度と逆らいません!」

 全員がとても素直になっている。
 それは粗相王子も五人衆も騎士団員も同じだ。

 捕らえられてから時間が経って、多少慣れが出ていたのか、少しだけ反抗的になっていたのだが、一度モンスターに喰い殺された事で死を実感したのだろう。

 喰い殺されなかった連中も、生きたまま体の一部を喰われたから、もう二度とあのような体験はしたくないのだろう。
 だったら次に言う脅し文句は決まっている。

「そうか、それなら南竜森林に置き去りにする事もないな。
 文句を言うようなら、殺すのも面倒だから、モンスターに始末してもらう気だったのだが、希望するなら今からでも放り込んでやるぞ」

「逆らいません、絶対に逆らいません!」
「お助け下さい、お願いします!」
「何でも言う通りにします」
「置いて行かないでください!」

「そうか、言う通りにすると誓うのなら、仕事をしてもらう。
 仕事をしている間だけ、縄をほどいてやる。
 希望者は手を挙げろ」

 俺がそう言うと、全員が手を挙げた。
 粗相王子も五人衆も、騎士団員も魔術師団員も手を挙げている。

「スタンピードのモンスターを皆殺しにしたのは見てわかるな?
 このまま放っておくのはもったいないから、全部収納して持っていく。
 だがあまりに広範囲に散らばっているから、百頭単位で集めておけ」

 俺がそう言うと、初めて自分達の周りの状況に気がついたようだ。
 死んでから蘇った者も、死にかけていたのを助けられた者も、あまりの事に、目に入ってくる周囲の状況を理解できなかったのだろう。

 二万人の敵味方が大行列を作っていたのだ。
 広範囲に起こったスタンピードだから、その全てにモンスターが襲い掛かってきたが、二万メートル、二十キロメートルにも及ぶ長大な大行列だった。

 これは人間一人の間隔を一メートルとした場合の距離だ。
 一万頭もいる馬の体長だけで、短く見積もっても二メートルはある。

 憶病な馬は、人間や他の動物が後ろに近づくのを極端に嫌がる。
 だから縄で繋いだ捕虜は二メートル離さないと蹴り殺される事になる。

 王都から離れれば離れるほど街道は整備されなくなる。
 ゴート皇国からの侵攻を恐れ、人一人がようやく通れる程度の道になる。
 
 そんな道を出来るだけ離れずに移動しようと思うと、軍馬には母子一緒に乗せる事になるし、家族である冒険者に馬の横を歩かせて轡を取らせる事になる。

 それでようやく二万を超える人間を二十キロメートルの短い距離で行軍させられたのだが、それが護りを薄くする結果となった。

 俺が魔力の浪費と知りつつ、最長数キロもの遠方に魔術を放たなければいけなった理由だった。

 冒険者達も頑張って家族を護ってくれていたが、スタンピードで現れた高レベルモンスターに比べて弱すぎた。

 パーティーメンバーであるヴァレリオ達、辺境伯が派遣していた密偵達がいなければ、人質だけでなく冒険者や女子供の一部まで、蘇生魔術を使わなければいけなかっただろう。

 無理をすれば人質も殺すことなくモンスターを狩れた。
 だがそれでは不測の事態が起こった時に、人質が生きているのに冒険者や女子供が死んでいる事態になりかねなかった。

 そんな事は絶対に受け入れられない。
 だから不測の事態に残しておくべき魔力量を計算して、意識的に人質が喰い殺される作戦を立てたのだ。

 計算していた通り、冒険者や女子供に一人の負傷者も出なかった。
 人質達も命令に従うようになった。

 軍資金に換金できる高レベルのモンスター、兵糧に使える低レベルだが比較的美味しいモンスターも大量に確保できた。

 百万頭は軽く超えるモンスターを確保する事ができた。
 季節にもよるが千キロのモンスターから四百五十キロ強の正肉が取れる。
 内臓が二百キロ、骨が七十キロ、皮が六十キロ、脂が七十キロだ。

 兎系、鼠系、犬系、猫系のモンスターは比較的小さくて、百キロを超えるモノは滅多にいないが、猪系、馬系、牛系のモンスターは軽く千キロを超える。
 
 物凄く乱暴な計算だが、百万頭の二割が食用に使えて、平均体重を百キロとすると、二千トンとなる。

 九百トンの正肉、四百トンのモツ、百四十トンの脂が食用に使える。
 肉だけで働かせるのは非常識だが、補給が尽きた場合はしかたがない。

 一食五百グラム、三食で千五百グラム、二万人で三十トン。
 四十八日分の食糧を確保できたことになる。

 人質達に斃したモンスターを集めさせているが、千キロを超えるような大型のモンスターを運ぶことはできない。
 人質達を協力させても、運べるのは精々二百キロ程度だ。

 だから連中が小物を集めている間に、大物は俺がストレージに保管する事にあるのだが、歩いていては二十キロに渡って点在するモンスターを回収できない。
 仕方がないから目にもとまらぬ速さで走り回る事になる。

 俺との狩りで実力を高め、この世界の平均的な冒険者とは、ストレージの収容量が三桁も四桁も多くなったヴァレリオ達三人にも、モンスターを保管させる。

 それでも時間がかかり過ぎるので、味方になった冒険者の中にいるストレージ持ちや、魔法袋を持っている連中にも保管させた。
 
 容量の少ない奴で百キロ百リッポーメートル。
 比較的容量の大きな奴で千キロ千リッポーメートル。
 百キロのモンスター一頭から十頭しか収容できないが、それでも助かる。

 それに、冒険者達が小物でも食用モンスターを保管しておいてくれたら、万が一離れ離れになった場合でも、彼らが生き残れる確率が跳ね上がる。
 それを計算したうえで作戦を立てる事もできる。

「時間がかかり過ぎたから、今日は各自その場で野営してもらう。
 やれる奴は食用モンスターの解体をしてくれ。
 不要な部分を捨てられたら、保管できる食料が増える。
 食料の大切さは冒険者なら分かっているな?」

 冒険者達が率先して解体を始める。
 一度生きたまま喰われた敵方の冒険者達も、慌てて解体を始めた。
 俺に協力する事で、少しでも印象を良くしようと考えているのだろう。

 噂で聞いていただけの英雄騎士という存在でも恐れていたのだ。
 俺が実際に戦う現場を見て、味方を助けて自分達敵側をモンスターに喰わせるに任せる、恐ろしく非情な采配を体験したのだ。

 もう何があっても俺に逆らないだろうし、隙を見て何か盗もうともしない。
 もしそんな事をする愚か者が居たら、率先して報告してくれるだろう。
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