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第一章

第2話:罠

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 私、聖賢者アンドレは絶望感に押し潰されそうです。
 私の眼の前には、愛し合っていると信じていた王太子フレディが、まるで汚物でも見るような目をして立っています。
 しかも、フレディの腕には薄汚い女がとりついています。
 カリフト皇国から大使として送られてきている女です。
 皇国がフレディを誑かすためにこの女を送り込んできたのだと、迂闊にも今ようやく気が付きました。

「アンドレ、もう建国神殿の時代は終わった。
 聖賢者の役目を解き、お前との婚約を破棄し、国外追放刑に処す。
 殺さないのがせめてもの情けだ」

 とても冷たい、恋人だった相手にかけているとは思えない、情のない口調です。
 いや、元恋人だからこそ情が籠っていないのでしょう。
 ここで私が感情を揺らしては、勝ち誇った表情でこちらを見ている雌豚、カリフト皇国大使シシン侯爵家令嬢マリアンを喜ばせるだけです。
 私は心を平板にして、聖賢者としての役目を果たさなければいけません。
 建国神殿にしかない魔法陣を失うわけにはいかないのです!

「しかたありません、フレディ、私には聖賢者としての役目があります。
 貴男を殺してこの国の根本を護って見せましょう!」

 私はこの時のために選ばれた聖賢者です。
 一方的に裏切られ、心が動揺していようと、裏切者を殺さなければいけません。
 国王となるモノを殺せるだけの力と技を備えているからこそ、聖賢者に選ばれたのですから。
 私の肩には、この国以外に居場所のない男達の、生活と命がかかっているのです!

「ウギャアアアアアア」

 フレディを雌豚と一緒に切り刻んでやろうと、必殺の風魔術を放ったのに、その魔術が全てこちらに跳ね返っています。
 攻撃魔術と同時に展開される防御魔術のお陰で死なずにすみましたが、身動きがとれないほどの深手を負ってしまったのは確かです。
 激痛と死の恐怖のお陰で、ようやく冷静になれました。
 雌豚のあの余裕と笑いは、私の攻撃を防げる絶対の自信があったからなのです。

「ホオ、ホホホホホ、よく死なずにすんだわね。
 強いと大袈裟な噂だった割には、大した事なかったわね。
 それとも、まだ王太子殿下に未練があって、手加減したのかしら?
 ホオ、ホッホッホッホッホッホッ、でも無駄よ、殿下と私は相思相愛なのよ。
 殿下、殿下の情けを無にしたモノには、それ相応の罰が必要だと思いますの。
 この者を奴隷に落として、男娼宿に払い下げてはいかがですか?」

 糞、もっと冷静に注意深く戦っていたら、こんな惨めな事にはならなかった。
 嫉妬に狂って冷静さを欠いていたと言われれば、反論もできない。
 だが、生き残れた以上、雌豚の思い通りにはならんぞ!
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