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第一章

第1話:巻き込まれた

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 端的に言おう、異世界召喚に巻き込まれた。
 恩師に頼まれ、母校に講演に行った際に、巻き込まれてしまった。
 そもそも人間嫌いで憶病な俺が、苦手な人前での講演を受けたのが間違いだった。
 学園長に就任した恩師の頼みでなければ、絶対に引き受けなかったのに。
 陰湿な虐めに自殺まで考えた俺を、職をかけて救ってくれた人だったから……

「よく来てくださいました、勇者様方、どうか我が国をお救いください」

 大臣と名乗った、でっぷりと肥えた身体にゴテゴテと宝飾品をつけた男が、獲物を見るような眼つきで生徒達を見ながら、口では下手に出た言い方をしている。
 その程度の事で、俺は騙されない。
 俺は虐めから逃げようと、他人の顔色をうかがって生きてきたんだ。
 大臣だけでなく、俺達を囲んでいる騎士の眼つきを見れば、お前達が何を考えていくかくらいわかるんだよ。

「嘘をつくんじゃない、お前達の嘘くらい直ぐに見抜けるんだぞ。
 自分達に都合のいい話で騙して、利用しようとしている事くらいお見通しだ。
 そもそも身勝手に私達を強制召喚した時点で、お前達の悪意は明白だ。
 直ぐに私達を元の世界に帰せ!」

 ああ、先生、駄目です、殺されてしまいます。
 七十を越えられた今でも、昔のように生徒を思う熱血漢のままなのは嬉しい。
 ですが、ここは日本とは違うのです。
 生徒を護るために正論を口にしても、相手がモンスターペアレンツやマス塵だけで済む日本ではなく、何をやるか分からない異世界のです。

「生徒諸君、絶対に騙されてはいかんぞ、信じたら利用されて命まで奪われるぞ。
 教職員諸君は、命懸けで生徒達を護るんだ」

 ああ、先生、全部分かっていて、それでも、命を張って護られるのですね。
 生徒達が洗脳される前に、妙な先入観を与えられる前に、生徒達に現実を知らせようと、命を捨てて真実を口にされたのですね。
 俺には絶対に真似できない事です……

「ああ、なにか、根本的な誤解があるようですね。
 誤解を解消するためには、この国の事を直接見ていただいた方がいいと思います。
 貴男一人を別にしてお話したら、妙な誤解を受けるかもしれません。
 勇者様方と一緒に、この国の現状を見ていただきましょう」

 大臣と名乗った奴は、馬鹿ではないようだ。
 今直ぐ先生を殺したりしたら、未熟な学生でも騙されなくなる。
 先生が死んでもおかしくない状況を作り出してから、殺す心算だろう。
 恐らくだが、先生に成り代わる事のできる、副園長や古参教員を、地位や金や女で懐柔してから、密かに殺すだろう
 だがら少しは時間があると思うから、それまでに俺にできる事をやる。
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