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第一章

第11話:怒り怒髪天

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ロマンシア王国暦215年2月6日王都ガッロ公爵邸

「侍従を寄こして、直接謝りに来ると言って国王はまだ来ないのか?!」

 謝りに来ると言っておきながら、その後全く音沙汰のない国王にロレンツォ公爵代理は苛立っていた。

 真面目に政務に励んでいたら恐ろしく忙しい国王だから、急に家臣の屋敷に訪問するのが難しい事くらい分かっているロレンツォだ。

 だが同時に、少しでも現実が分かっているのなら、侍従を送った翌日には訪問すべきだし、賢明なら侍従を送ったその日に謝りに来るべきだった。

「王城や大臣屋敷から集めた噂話では、王が軽々しく家臣に謝るべきではないと反対する者が現われ、激しい議論になっているようでございます」

「自分から謝ると言った王が、謝るべきではないと言う家臣に同調しているのか?」

「そのような噂になっております」

 ロレンツォの側近は、ロレンツォが暴発する事を極度に恐れていた。
 一緒に魔境で狩りをした事のある側近は、ロレンツォの実力をよく知っている。
 だからあくまで王城や大臣屋敷の下級使用人から集めた噂話だと強調していた。

「王国がどのような決定をしようと、王家がマリアお嬢様を蔑ろにした事に変わりはない!
 公爵領に残っている遊撃兵力を全軍出陣させろ」

「宜しいのでございますか?
 そのような事をされたら、毎年倍増していた税収が横這いになってしまいます。
 それどころか、領内の経済が縮小してしまいます」

「遊撃兵力を戦争に使った程度で、公爵家の財政は傾かん。
 精々開墾開拓が数カ月遅れ、食肉不足になる程度だ」

 ロレンツォは毎年倍増する税収を使って軍事力を増強していた。
 王都や主要都市には、必ず貧民街がある。
 そんな貧民街に住む食うや食わずの平民を、最下級の徒士として召し抱えた。

 倍増した税収から利権や予算増大を欲する譜代の家臣や使用人は、徒党を組んで反対したが、彼らの子弟や一門を取立てるように見せかけて懐柔した。

 実際には全く利権のない閑職を与えただけだが、それでも無駄飯を喰わせるしかなかった子弟が正式な家臣になれるので、譜代の家臣や使用人は納得した。

 何よりロレンツォに要求を飲ませた満足感が大きかったのだ。
 とても優秀だが、公爵家一族でも末端のロレンツォに命令され続けるのは、名門譜代としてのプライドが許さなかったのだ。

 ロレンツォは形だけ負けたように見せかけて、莫大な税収を手元に残した。
 残った莫大な税収で集められるだけ人手を集めて、未開発の森や魔境を計画的に開墾開拓して、公爵家の農地面積を倍増させ続けてきた。

 極端に再生力が強く、縄張り意識の強い魔獣が跳梁跋扈する魔境では、隊を組んで犠牲を極力減らす狩りをした。

 公爵家の正式な装備をさせても、最初は犠牲を完全になくすことはできなかった。
 だが年を重ねてデータを蓄積する事で、犠牲なしに魔境の魔獣を狩る事ができるようになっていた。

 ろくな武器も防具もない冒険者や狩人でも魔獣が狩れるのだ。
 完全武装の徒士部隊が隊を組んで狩りをすると、魔獣を安定して狩れた。
 その徒士が元貧民街の住民でもだ。

 そのお陰で、公爵領は魔獣肉を安定供給できるようになった。
 領内の経済が毎年倍増するので、領民も豊かになって食肉の需要も倍増した。
 今では近隣領の富裕層に魔獣肉を輸出するほどになっていた。

「譜代家臣達を追放されたのは、この事を予測されていたのですか?」

「元々公爵家に蔓延る獅子身中の虫だった。
 機会があれば何時でも皆殺しにする気だったが、マリアお嬢様が哀しまれないように我慢していただけだ」

「もう我慢される気は全くないのですね?」

「ない、譜代連中も王家も根絶やしにしてやる」

「根絶やしにまでしてしまうと、お嬢様が哀しまれませんか?
 進軍の途上にある領地の民が苦しむような事があれば、哀しまれませんか?
 その全てに閣下が係わっておられると知って、哀しまれませんか?」

「……譜代と王家の滅亡については、俺が係わっていないようにする。
 進軍途上にある貴族家に対しては、今回の件を説明して敵対しないように説得するし、徒士隊の指揮官には領民に乱暴狼藉を働かないように厳命する」

「そのような事が本当に可能でしょうか?」

「大丈夫だ、こんな日に備えて、日頃から軍の規律は厳しくしてある。
 生死をかけた魔境での狩りが終わった後でも、歓楽地で酷い行動はしていない。
 何より、俺を怒らせたら譜代家臣達でも追放されると知れ渡ったのだ。
 俺の逆鱗に触れて処刑されたい徒士は1人もいないはずだ」

「閣下がそこまで申されるのでしたら、もう遊撃戦力の出陣は反対しません。
 しかしながら譜代と王家の根絶やしに関しては再考願います。
 幾ら何でもそのような事は、お嬢様に疑われずにできません」

「心配するな、大丈夫だ。
 今回の件でもマルティクスの信望は地に落ちた。
 王も心ある家臣からは見放され始めている。
 ここで第2王子と第3王子が国を憂いて兵を起こしても、俺が裏から操っているとは誰も思わない。
 お嬢様よりもマルティクスを優先した腐れ譜代連中も、王位継承争いに巻き込まれて死ぬだけだ」

「実際には第2王子と第3王子を煽られるのですよね?
 ですが第2王子のフェデリコ殿下は、マルティクス王子と同腹で兄弟仲も悪くないと聞いておりますが?」

「第3王子のヤコブは、高級娼婦だったパオラ側妃の腹から生まれている。
 母親同様にかなりの野心家で、主流から睨まれている下級貴族を取り込んで、何かあれば何時でも動けるように準備している」

「私は何も申し上げておりませんが、どのようにして調べられたのですか?」

「マリアお嬢様を護るために、敵対するかもしれない連中は、王都の冒険者を使って調べさせていたのだ。
 だが、それだけでは足らなかったと反省している。
 今更だが、味方の言う事も疑っておくべきだった。
 お嬢様の最側近まで腐り果てているとは思いもしなかった」

 何かにつけて慎重で、二重三重の策を施すロレンツォだが、マリアお嬢様に関する事だけは、情で目が曇ってしまうのだった。
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