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第一章

第31話:謎の集団

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ロマンシア王国暦215年6月13日:ガッロ大公国公城大公執務室

「殿下、臣の予測が外れました、申し訳ございません」

「気にする事はありません。
 宰相自身が、時に現実は予測の遥か上を行くと言っていたではありませんか」

「ありがたき幸せでございます。
 少しでも予測が正確になるように、情報網を整備し、情報分析の才能がある者を今まで以上に集めるようにいたします」

「期待していますよ。
 それで、マルティクス殿下を担ぎ上げた謎の集団というのが何者なのか、噂も流れていないのですか?」

「敗勢濃厚な者を手伝い、一発逆転を狙っている山賊という噂もあれば、どこかの国が派遣した援軍だという噂もあります」

「……内乱を長引かせて国力を下げようというのですか?」

「国境付近の土地だけを切り取る気なら、国内の何処で内戦を引き起こしても利になると考える者がいるかもしれません。
 しかしながら、近隣諸国に送り込んでいる密偵からは、どの国も兵力を送った様子がないとの事でございます」

「1000人を越える大集団なのですよね?」

「はい、並の傭兵団とは桁1つ違う大勢力です。
 拠点とした廃城を着々と整備していると報告が上がってきます。
 廃城近くの街や村を襲った手並みも鮮やかだそうです」

「町や村の民はどうなったのですか?」

「抵抗する者は殺されたそうです。
 抵抗しなかった者は、廃城に連れ去られたそうです」

「……助けられませんか?」

「敵の正体がはっきりしないと、思わぬ損害を受ける可能性があります。
 損害と軽く言っていますが、それは殿下に仕える者達の命です。
 それでも他領の民のために戦えと命じられますか?」

「帝王学では、騎士や兵士は民を護るために命を賭けろと教えられました。
 ですがその民というのは、自国や自領の民なのですね」

「はい、他領の民のために死ねと命じる主君についていく騎士や兵士はいません」

「その民を私の民にすると言ったらどうですか?」

「他国の民や他領の民を私達が助けた場合、それは助けた者の財産になります。
 彼らを殿下の奴隷とするのなら、騎士や兵士に戦えと命じられますが、働いた分の褒美を渡さなければなりません。
 大公国の宰相としては、利よりも損が多いので止めさせていただきます」

「宰相、私は仁徳の大公になりたいのです。
 何か方法はありませんか?
 他領の民を救いながら、騎士や兵士に不満を抱かせず、財政にも負担をかけない方法はありませんか?」

「殿下、分かっておられる事を聞かれないでください。
 それは卑怯でございます。
 最近やっと大公としての自覚を持たれたと喜んでいたのですよ。
 臣を落胆させないでください」

「領地を奪えと言うのですね?」

「はい、民を護れない、護るそぶりすら見せない者に領主の資格はありません。
 殿下がマルティクスに蹂躙された土地を自分の物にすると申されるのなら、家臣も使用人もよろこんで参陣するでしょう。 
 助けた民も、奴隷にする事なく、国民として税を納めさせることができます。
 手柄を立てた騎士や兵士には、奪った領地を与える事ができます。
 覇王になる覚悟をしなければ、民は助けられません」

「このまま何の罪もない民が殺されるのは見過ごせません!
 多くの領主に、民を護らなければ、領地から追われるのだと思い知らさなければいけません! 
 私が陣頭指揮を執ります!」

「なりません、殿下を危険な最前線に立たせるわけにはいきません!」

「家臣に戦わせておいて、私が安全な場所に隠れている訳にいきません。
 私が陣頭指揮してこそ、多くの貴族に王侯貴族の生き方を教えられるのです。
 宰相が何と言おうと、私が陣頭指揮を執ります!」

「……マルティクスを殺す覚悟が定まりましたか?
 殿下がマルティクスを生かして捕らえると申されるのでしたら、宰相として絶対に陣頭指揮は認められません。
 ですが、殿下がマルティクスを処刑して乗り越えると申されるのでしたら、万全の護衛体制を整えた上で、渋々認めさせていただきます」

「無辜の民を自分の欲望のために殺した殿下は絶対に許せません。
 これまで私が婚約者として努力してきた日々が全て否定されるようで、殿下を殺す覚悟ができませんでしたが、ようやく踏ん切りがつきました。
 殿下をこの手で殺してみせます。
 私は民を護るために鬼になります」

「殿下がそこまで申されるのでしたら、もう反対はしません。
 ですが、殿下の手を穢す必要はありません。
 マルティクスを殺せと命じてくだされば、臣がやります」

「いえ、私にも大公としての誇りがあります。
 人に汚れ仕事を押し付ける訳にはいきません。
 殿下に恥をかかされたのは私自身です。
 殿下を捕らえて決闘を申し込み、この手で殺してみせます」

「殿下!
 危険過ぎます!
 受けられた恥辱を御自身の手で晴らす覚悟は天晴でございますが、相手がそれに応じるとは限りません。
 決闘には代理人を立てる事ができます。
 マルティクスは必ず代理人を立てますぞ」

「マルティクスが代理人を立てた場合は、宰相が選んだ騎士に任せます。
 ですが、マルティクスが決闘に出てきた場合は、私がやります」
 
「しかたありません。
 殿下がそこまで申されているのに、臣が否定するわけにはいきません。
 マルティクスが相手なら、殿下の楽勝でしょう。
 ですが臣は心配で心配で胸が痛いです。
 殿下には決闘の予行演習をして頂きます」

 ロレンツォは時間稼ぎをした。
 兵や兵糧の準備に時間がかかっていると、マリア大公に嘘の報告をしていた。
 できるだけ謎の集団の情報を集めようとした。

 マリア大公殿下の決断に水を差す事になるが、情報不足による失敗は二度と起こさないと強く決意していたのだ。

 もう2度と殿下の命を危うくするわけにはいかなかった。
 前回は自殺未遂ですんだが、今回は戦死や決闘死の可能性があるのだ。
 他の地域の密偵を引き抜いてでも、謎の手段の正体を暴こうとした。

 ★★★★★★

「宰相閣下、謎の集団がおかしな事をしているようです」

 情報収集分析係が顔色を悪くしながら報告に来た。

「おかしな事とはどういう事をしたのだ?」

「閣下の開発された、望遠鏡と遠見の魔術を使って廃城の中を見張っていた者の報告では、1番広い部屋に祭壇のようなものを作っているとの事です。
 しかも、捕らえてきた民を洗っているというのです」

「殿下には報告したのか?」

「はい、別の者が報告に伺っています」

「直ぐに謁見願いを出す。
 お前は引き続き情報を集めて分析を急げ」
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