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EX 夢からさめたら
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第六王子エルヴィン。
わたしはこの王子の監視係だ。
王子が余計なことをしないように見張るのがわたしの仕事だが、エルヴィン王子はわたしのことを護衛の女騎士だと思っているらしい。
実際、わたしは女騎士で、王子の護衛も兼ねているけれど。
わたしは別に、この王子に高い評価を下しているわけではない。6人の王子たちの中では、下から3番目といったところだ。
エルヴィン王子はまだ子どもだが、それにしても彼には王族としての器を感じない。
この国の6人王子の中では、第二王子のヴァーリ様が飛び抜けて優秀であられ、わたしはヴァーリ様が次の王となるべきだと考えている。
なので正直なところ、エルヴィン王子がなにをどうしようが、あまり興味はない。仕事だからくっついているだけだ。
13歳もなかごろを過ぎた頃、エルヴィン王子はマシーナ魔法学院に入学することになった。
王子の身分を隠して学院の寮で暮らすということで、護衛の騎士を連れている学生はいないだろうから、わたしは距離をとって彼を見張るために警備員として学院に潜入することにした。
魔術学院での王子の生活は、本当に平凡な学生そのものだった。王族なのだから影で努力するとか、そういうのもなかった。
そうこうしているとエルヴィン王子は、一人の同級生に固執するようになった。
男子の制服を着た女の子、かと思ったら本当に男の子らしい。
ヘルト・リップ少年。
身分は平民。
教えて貰わなければ、わたしも女の子だと思ったままだったんじゃないかな。
そのくらいの美少女に見えた。
というか顔もそうなんだけど、この子……なんというか雰囲気が女の子だ。
パッと見で、男の子とは思えない。
身体は男だけど、心は女。
そういう人がいるのは知っている。
もしくは、そうとう女性よりの男性かだ。
エルヴィン王子は、この子の心に惹かれたのだろうか。
まぁあの王子のことだ、単純に見た目が好みだっただけかもしれないが。確かに可愛い子だからな。少なくともわたしよりは可愛いだろう。
リップ少年の成績は上の下といったところだが、治癒魔術に関してはすべての学生を合わせてもトップだった。
平民で、特化型。
これは歴史に名を残すタイプの魔術師になるだろう。平民から出てくる魔術師は、並外れた能力を持っていることがおおい。
この国にとってはエルヴィン王子よりも、リップ少年のほうが重要人物になる可能性がある。というか、その可能性が高いとわたしは思う。
エルヴィン王子が死んだところで、国にそこまでの損失はない。
だけどこの子は、この先どのような成長をしていくのか計り知れない。
「エルヴィン王子がこの子とくっついてくれたほうが、国にとって都合が良さそうだ」
そう思った。
なのでわたしは、王子とリップ少年が特別な関係になっていくのを黙認した。
王族が少年趣味を持つのは珍しくない。現国王も昔は同性の相手がいたという。うさわだが。
だがエルヴィン王子は、一年で魔導学院を辞めて城に帰ってきた。
とはいえ、それは問題じゃない。王子が魔術学院に無理に通う必要はない。王子が学ぶべきことは他にもたくさんあるのだから。
エルヴィン王子が城に戻って約一年間。王子は領地運営の勉強に力を入れていた。
そんな頃わたしは、街で偶然リップ少年を見かけた。
彼は髪を伸ばし、身体のラインを隠すローブを着て、まるで少女のような姿だった。
姿絵屋の前でガラス越しに、エルヴィン王子の新しい姿絵を見つめるリップ少年。
この子はエルヴィン王子のことを、未だに慕っている。
理由はわからないが、まだ子どもだから男の趣味が未熟なんだろう。
それにしてもこの子、すごく女の子っぽくなったわね。
下手したらもう、わたしより女性な感じなんだけど。
王子のことを忘れられるのなら、それでもよかった。この子の才能は、エルヴィン王子に付随するものじゃない。
この国のためにつくしてくれるのなら、それでいい。
そう思っていたけど、彼の心は未だエルヴィン王子を住まわせたまま。
そうよね、この子まだ、思春期だもんね。
思春期の「女の子」が、好きな人をあきらめるなんてできない。
そのくらい、わたしにだってわかってる。
このすぐ後。リップ少年は心をエルヴィン王子に奪われたまま学院で勉学にはげみ、エルヴィン王子はチルラ領主のフォリシャ伯爵のもとで、領地の経営と運営を学び始めた。
チルラ領は王家の直轄領で、20年ほど前から国王の命令でフォリシャ伯爵が管理を任されている。
どうやらエルヴィン王子は、チルラ領の領主になりたいらしい。
リップ少年がチルラ領の出身というとと、なにか関係があるのだろう。王子がリップ少年を諦めていないのは、私にもわかっていた。
「どうですか、エルヴィン王子は」
王子が伯爵のもとで学び始めて三ヶ月が経過したころ、わたしは伯爵に聞いてみた。
「王子には、なにか目的がおありのようですね。必死なってもがいてる男の子は可愛いものです」
そうか? そんなに可愛くないだろう。王子なのだから、もがくような無能では困る。
「正直なところ、いかがでしょうか」
「そうですわね、領地経営はまだましですが、運営の才能はございません。ですが意志は強いです。それに乱暴なかたではありませんし、今は平和な時代ですから、よいご領主になられると思いますよ」
伯爵はそういったが、わたしは納得できなかった。
王子よりも伯爵のほうが立派な人物に見えるから、伯爵がこのままチルラ領を任されていたほうが領民のためなのではないかと、そう思った。
そしてさらに、三ヶ月が経過。
「陛下は甘いかたではございません。ご自分の息子だからといって、簡単に領主に据えるとは思えません」
フォリシャ伯爵が珍しく、エルヴィン王子を厳しい口調で叱責しているところに出くわした。
「それは……わかっています」
「ですので、努力してください。まだ足りないのですよ、王子」
どうやらフォリシャ伯爵は、本気でエルヴィン王子にチルラ領の領主になってもらおうとしている。
わたしにもそれはわかった。
「王子があの子を大切に思っておられるのはわかります」
ん? 王子、リップ少年とのことを伯爵に話したのか?
「あの子はこの土地にとって大切な人材です。あの子の有無は、この土地には大きなものになるでしょう」
わたしもそう思う。
「それこそ、王子がこの地の領主となられるよりも、この地にとってはあの子の存在のほうが大きいのです」
はっきりいうな、伯爵。わたしもそう思うけど。
「領主なら、土地と領民のことを第一に考えてください。国への忠誠はその次でもいいです」
それはどうか。国あっての領地だろう。
だが領民を大切にしない領主はクズだ。それはわたしも身をもって知っている。
「ですが男としては、愛する人のことを第一に考えなさい。これは年上の女として教訓です」
それは、違うな。
思わずわたしは、
「そう、でしょうか」
口を挟んでしまっていた。
しまったと思ったが、遅い。
「愛する人に一番とされない女は不幸なものですわ。わたくしのようになってしまいますわよ?」
伯爵がわたしに言葉を向ける。
返さないわけにはいかない。
「わたしは、そうは思いません。愛するかたの……」
一度口ごもり、それでもはっきりと、
「愛する人を支えることができるのなら、わたしはそれが女の幸せだと思いますが」
わたしはつげた。
愛する人に愛される必要はない。ただ自分が愛しているかどうかだ。
そこまで言葉にしなくても、伯爵には伝わったのだろう。
「そういう女もいますわよ? ですがそれが幸せだと思えるのは、その瞬間だけです。夢を見ている間だけ。その愛する人が理想を叶え、自分ではない女を隣に置いたとき、あなたはどうなりますか?」
あなたは?
わたしが?
わたしは……。
違う。わたしは、そう……まだ夢を見ている途中だ。
だから、
「それは、夢からさめてから考えます」
わたしの答えに伯爵は、優しい顔で微笑んだ。
それがわたしを憐れんでいる笑みであることくらい、愚かなわたしにもわかった。
そして伯爵はわたしへの言葉の最後として、
「それでは、遅いのですよ」
といった。
エルヴィン王子がチルラ領主となり、第一夫人不在のままに第二夫人としてリップ少年を娶るのは、これから半年後のことだ。
それからさらに二年後。
第二王子のヴァーリ様が政権奪取に失敗され、処刑された。
わたしはヴァーリ様の首を奪い数分間だけ彼を抱きしめるという「自分が生まれてきた意味」を終えると、その場で自害した。
それがわたしの、夢の終わりだった。
わたしはこの王子の監視係だ。
王子が余計なことをしないように見張るのがわたしの仕事だが、エルヴィン王子はわたしのことを護衛の女騎士だと思っているらしい。
実際、わたしは女騎士で、王子の護衛も兼ねているけれど。
わたしは別に、この王子に高い評価を下しているわけではない。6人の王子たちの中では、下から3番目といったところだ。
エルヴィン王子はまだ子どもだが、それにしても彼には王族としての器を感じない。
この国の6人王子の中では、第二王子のヴァーリ様が飛び抜けて優秀であられ、わたしはヴァーリ様が次の王となるべきだと考えている。
なので正直なところ、エルヴィン王子がなにをどうしようが、あまり興味はない。仕事だからくっついているだけだ。
13歳もなかごろを過ぎた頃、エルヴィン王子はマシーナ魔法学院に入学することになった。
王子の身分を隠して学院の寮で暮らすということで、護衛の騎士を連れている学生はいないだろうから、わたしは距離をとって彼を見張るために警備員として学院に潜入することにした。
魔術学院での王子の生活は、本当に平凡な学生そのものだった。王族なのだから影で努力するとか、そういうのもなかった。
そうこうしているとエルヴィン王子は、一人の同級生に固執するようになった。
男子の制服を着た女の子、かと思ったら本当に男の子らしい。
ヘルト・リップ少年。
身分は平民。
教えて貰わなければ、わたしも女の子だと思ったままだったんじゃないかな。
そのくらいの美少女に見えた。
というか顔もそうなんだけど、この子……なんというか雰囲気が女の子だ。
パッと見で、男の子とは思えない。
身体は男だけど、心は女。
そういう人がいるのは知っている。
もしくは、そうとう女性よりの男性かだ。
エルヴィン王子は、この子の心に惹かれたのだろうか。
まぁあの王子のことだ、単純に見た目が好みだっただけかもしれないが。確かに可愛い子だからな。少なくともわたしよりは可愛いだろう。
リップ少年の成績は上の下といったところだが、治癒魔術に関してはすべての学生を合わせてもトップだった。
平民で、特化型。
これは歴史に名を残すタイプの魔術師になるだろう。平民から出てくる魔術師は、並外れた能力を持っていることがおおい。
この国にとってはエルヴィン王子よりも、リップ少年のほうが重要人物になる可能性がある。というか、その可能性が高いとわたしは思う。
エルヴィン王子が死んだところで、国にそこまでの損失はない。
だけどこの子は、この先どのような成長をしていくのか計り知れない。
「エルヴィン王子がこの子とくっついてくれたほうが、国にとって都合が良さそうだ」
そう思った。
なのでわたしは、王子とリップ少年が特別な関係になっていくのを黙認した。
王族が少年趣味を持つのは珍しくない。現国王も昔は同性の相手がいたという。うさわだが。
だがエルヴィン王子は、一年で魔導学院を辞めて城に帰ってきた。
とはいえ、それは問題じゃない。王子が魔術学院に無理に通う必要はない。王子が学ぶべきことは他にもたくさんあるのだから。
エルヴィン王子が城に戻って約一年間。王子は領地運営の勉強に力を入れていた。
そんな頃わたしは、街で偶然リップ少年を見かけた。
彼は髪を伸ばし、身体のラインを隠すローブを着て、まるで少女のような姿だった。
姿絵屋の前でガラス越しに、エルヴィン王子の新しい姿絵を見つめるリップ少年。
この子はエルヴィン王子のことを、未だに慕っている。
理由はわからないが、まだ子どもだから男の趣味が未熟なんだろう。
それにしてもこの子、すごく女の子っぽくなったわね。
下手したらもう、わたしより女性な感じなんだけど。
王子のことを忘れられるのなら、それでもよかった。この子の才能は、エルヴィン王子に付随するものじゃない。
この国のためにつくしてくれるのなら、それでいい。
そう思っていたけど、彼の心は未だエルヴィン王子を住まわせたまま。
そうよね、この子まだ、思春期だもんね。
思春期の「女の子」が、好きな人をあきらめるなんてできない。
そのくらい、わたしにだってわかってる。
このすぐ後。リップ少年は心をエルヴィン王子に奪われたまま学院で勉学にはげみ、エルヴィン王子はチルラ領主のフォリシャ伯爵のもとで、領地の経営と運営を学び始めた。
チルラ領は王家の直轄領で、20年ほど前から国王の命令でフォリシャ伯爵が管理を任されている。
どうやらエルヴィン王子は、チルラ領の領主になりたいらしい。
リップ少年がチルラ領の出身というとと、なにか関係があるのだろう。王子がリップ少年を諦めていないのは、私にもわかっていた。
「どうですか、エルヴィン王子は」
王子が伯爵のもとで学び始めて三ヶ月が経過したころ、わたしは伯爵に聞いてみた。
「王子には、なにか目的がおありのようですね。必死なってもがいてる男の子は可愛いものです」
そうか? そんなに可愛くないだろう。王子なのだから、もがくような無能では困る。
「正直なところ、いかがでしょうか」
「そうですわね、領地経営はまだましですが、運営の才能はございません。ですが意志は強いです。それに乱暴なかたではありませんし、今は平和な時代ですから、よいご領主になられると思いますよ」
伯爵はそういったが、わたしは納得できなかった。
王子よりも伯爵のほうが立派な人物に見えるから、伯爵がこのままチルラ領を任されていたほうが領民のためなのではないかと、そう思った。
そしてさらに、三ヶ月が経過。
「陛下は甘いかたではございません。ご自分の息子だからといって、簡単に領主に据えるとは思えません」
フォリシャ伯爵が珍しく、エルヴィン王子を厳しい口調で叱責しているところに出くわした。
「それは……わかっています」
「ですので、努力してください。まだ足りないのですよ、王子」
どうやらフォリシャ伯爵は、本気でエルヴィン王子にチルラ領の領主になってもらおうとしている。
わたしにもそれはわかった。
「王子があの子を大切に思っておられるのはわかります」
ん? 王子、リップ少年とのことを伯爵に話したのか?
「あの子はこの土地にとって大切な人材です。あの子の有無は、この土地には大きなものになるでしょう」
わたしもそう思う。
「それこそ、王子がこの地の領主となられるよりも、この地にとってはあの子の存在のほうが大きいのです」
はっきりいうな、伯爵。わたしもそう思うけど。
「領主なら、土地と領民のことを第一に考えてください。国への忠誠はその次でもいいです」
それはどうか。国あっての領地だろう。
だが領民を大切にしない領主はクズだ。それはわたしも身をもって知っている。
「ですが男としては、愛する人のことを第一に考えなさい。これは年上の女として教訓です」
それは、違うな。
思わずわたしは、
「そう、でしょうか」
口を挟んでしまっていた。
しまったと思ったが、遅い。
「愛する人に一番とされない女は不幸なものですわ。わたくしのようになってしまいますわよ?」
伯爵がわたしに言葉を向ける。
返さないわけにはいかない。
「わたしは、そうは思いません。愛するかたの……」
一度口ごもり、それでもはっきりと、
「愛する人を支えることができるのなら、わたしはそれが女の幸せだと思いますが」
わたしはつげた。
愛する人に愛される必要はない。ただ自分が愛しているかどうかだ。
そこまで言葉にしなくても、伯爵には伝わったのだろう。
「そういう女もいますわよ? ですがそれが幸せだと思えるのは、その瞬間だけです。夢を見ている間だけ。その愛する人が理想を叶え、自分ではない女を隣に置いたとき、あなたはどうなりますか?」
あなたは?
わたしが?
わたしは……。
違う。わたしは、そう……まだ夢を見ている途中だ。
だから、
「それは、夢からさめてから考えます」
わたしの答えに伯爵は、優しい顔で微笑んだ。
それがわたしを憐れんでいる笑みであることくらい、愚かなわたしにもわかった。
そして伯爵はわたしへの言葉の最後として、
「それでは、遅いのですよ」
といった。
エルヴィン王子がチルラ領主となり、第一夫人不在のままに第二夫人としてリップ少年を娶るのは、これから半年後のことだ。
それからさらに二年後。
第二王子のヴァーリ様が政権奪取に失敗され、処刑された。
わたしはヴァーリ様の首を奪い数分間だけ彼を抱きしめるという「自分が生まれてきた意味」を終えると、その場で自害した。
それがわたしの、夢の終わりだった。
応援ありがとうございます!
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