シンママの私と、元地味眼鏡くん

吉野葉月

文字の大きさ
18 / 36

十七話

 イケメン貴族であるイヴァンが、公共の場で言ってはいけない単語を言いそうな気がした。
 
「ストップ!! いいから。分かったから!」
 
「オレは分かんねぇよ。遮るなよ」

 アンドレは身を乗り出してイヴァンへ近づいた。

「嘘でしょう。分かんないこととかある?」
 
 アンドレの言葉にいちいちイライラして、私はたまらず声を張ってしまった。

「だから、童貞じゃなくなったってことでしょう? イヴァンは大人になったって言ってるの。性的な意味で!」
 
 辺りが一瞬静寂に包まれ、イヴァンはまばらな拍手をした。
 
「……そうだね。御名答……」

 何故か少し頬を染めている彼の理由を察したのは、いくらか経ってからだ。

「……ほ、ほら、私たちもいい歳だからさ。ソウイウコトしてもオカシクないト言うか……」

 私はロボットのようにぎこちなくなってしまった。

「ローズ」

「はい……」

「執事には会った? お茶でも飲みながらゆっくり話そうか」

「……はい……」

 イヴァンは笑みを浮かべ、私を再び侯爵邸の中へ案内したのだった。
 装飾の施された大きな扉が閉まる直前、「嘘だろ!? なんでアイツが……オレより先に……」などと、アンドレがブツブツ呟いていた。


 ◇◇◇


「ローズ、今まで何してたの?」

「それは……」

 応接室の広いテーブルの上には百合の挿された花瓶と茶菓子、二人分のカモミールティーが置かれている。
 リュシアンを抱いたイヴァンは、私の真横の椅子に座って真剣な眼差しで問いただしていた。

「ね、大丈夫だったの? どうやって暮らしてるの?」

「……」

 彼の瞳は、心配と不安と、好奇心でいっぱいになっている。大丈夫と胸を張っては言えないけど、こうして無事に生きているので問題はない。
 私はイヴァンに事のいきさつを語りながら、ゆっくりと紅茶をすする。彼に余計な心配をかけたくなかったが、心配している以上正直に話すのが道理だと思った。イヴァンにはたくさん協力してもらっているし、彼にはリュシアンのことも知る権利がある。
 私はこれまでの流れをひととおり語ったあと、一番頭を悩ませている魔力制御について話した。

「魔法の暴発は、残念ながら完全には防げないね」

「やっぱり?」

「さっき分かったと思うけど、魔力については性経験でしか治療できないようなんだ。魔法使いを輩出している昔の王族はかなり早くにみんな結婚しているけど、それが理由でもあるんだろうね」

 イヴァンはメレンゲを焼いた菓子をひょいっとひとつ手に取ると口の中へ放り込んだ。サクサクと咀嚼する音が聞こえる。

「まだ小さいリュシアンに性的なことを望むのは論理的にもありえないし、とりあえず対処法で凌ぐしかない」

「イヴァンみたいな?」

「そうだね」

 彼は今でこそ言論を制限していないし眼鏡も外しているが、長く制限のある生活を送っていた。
 イヴァンがじっとリュシアンの瞳を見つめると、リュシアンは泣き出しそうになってぷいっと顔を背けた。彼は「まいったな」と頭を掻きながら苦笑いした。

「僕は五歳くらいから視力を下げる眼鏡をかけてたけど、この子は僕より魔力がありそうだし、慎重に対処する必要がありそうだね」

 イヴァンはリュシアンの柔らかい頬の下に手を添えると、ゆっくりと彼と目を合わせた。

「瞳の黒色が濃い。濃ければ濃いほど、内に秘めた魔力が強いんだ。これは大変だったね……」

「あ……」

 横顔がそっくりで、思わず胸がキュンとする。
 リュシアンさえいればいいと思って家を出てきたけれど、イヴァンはどう思っていたんだろう。血の繋がりがある子どもがいれば会いたいと思うのが普通じゃないのか。

「黙っていてごめんね。生まれたらすぐ知らせるべきだったかな」

「何、急に」

「もっと小さい頃のリュシアンにも会いたかったかなって」

「……」

 前世の記憶が、複雑に絡みつく。
 前世の夫は子どもに興味がな薄かったし、不倫をする人間など、子どもより異性が大事な人もいる。
 いつの間にか男性とはそういうものだと思い込んでしまっていた。イヴァンが同じとは限らないのに。

「そうだね。だけど、過去のリュシアンを知らないぶん、これからいっぱい知っていくから大丈夫だよ」

 イヴァンはリュシアンの頬に触れたまま、私の方を見て微笑んだ。

「君はひとりで育てる決断をして、僕のそばにいることを選ばなかった。何か理由があるんだろうし、その選択は尊重したいと思っている。だけど、僕にも幸せを分けて欲しい」

 彼は目を細めて笑った。
 一方イヴァンの傍らで、リュシアンは良い顔をしていなかった。私たちが話す間はずっとしかめっ面。頬を膨らませたリュシアンは、グーにした小さな手をイヴァンの頭上へ振りかざした。

「リュシアン!」

 私は咄嗟に、彼の身体を引き寄せた。
 リュシアンは普通の赤ちゃんではない。魔力持ちで、普通じゃないことができるのだ。
 いくらイヴァンが好意を示そうと、リュシアンにとってイヴァンはまだ赤の他人で、自分に危害を加える恐れのある敵でしかない。

「だー!!」

 尋常とは思えない速さで拳が風を切った。赤ちゃんだからとナメてかかってはいけない。攻撃力倍増なんて魔法をかけられたら、普通の人だったらひとたまりもない──

「上手だね!」

 イヴァンは何倍も大きな手で、リュシアンの握りこぶしを包み込んだ。

「あ?」

「これが君の魔法……初めて見たよ。本当に魔法が使えるんだね」

「あ……?」

「でもちょっと危ないから、ごめんね」

 リュシアンの手を包んだままイヴァンが何かの呪文を唱えると、もくもくと白い煙が立ち上る。煙はたちまちに霧となり、辺りはドライアイスのごとく真っ白の霧で覆われてしまった。イヴァンは一瞬にして、リュシアンの膨大な魔力を消し去ってしまった。
 私は背筋が凍りつく。
 イヴァンがリュシアンの魔法を見たことが無いのと同じく、私もイヴァンの魔法を目にしたのは初めてだった。
 一人前の魔法使いとは、こんなにも強い力を持っていたのだ。何も持たない者は到底敵わない、超越した力。もしイヴァンと会わずにいたら、リュシアンは取り返しのつかないことをしでかしていただろう。

「リュシアンくん、君は天才だね」

「ちゃい!」

「せっかくだし、もっと天才になるために僕と練習しない?」

「う?」

「ママを守れる、強くて優しいヒーローになるんだ」

 イヴァンは小指を立ててリュシアンのそれと絡ませた。

「ローズ、リュシアンは僕に指導させてくれないかな。この子は強くて……危うい」
 
 真っすぐな瞳に、偽りはなかった。
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話

よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。 「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

男嫌いな王女と、帰ってきた筆頭魔術師様の『執着的指導』 ~魔道具は大人の玩具じゃありません~

花虎
恋愛
魔術大国カリューノスの現国王の末っ子である第一王女エレノアは、その見た目から妖精姫と呼ばれ、可愛がられていた。  だが、10歳の頃男の家庭教師に誘拐されかけたことをきっかけに大人の男嫌いとなってしまう。そんなエレノアの遊び相手として送り込まれた美少女がいた。……けれどその正体は、兄王子の親友だった。  エレノアは彼を気に入り、嫌がるのもかまわずいたずらまがいにちょっかいをかけていた。けれど、いつの間にか彼はエレノアの前から去り、エレノアも誘拐の恐ろしい記憶を封印すると共に少年を忘れていく。  そんなエレノアの前に、可愛がっていた男の子が八年越しに大人になって再び現れた。 「やっと、あなたに復讐できる」 歪んだ復讐心と執着で魔道具を使ってエレノアに快楽責めを仕掛けてくる美形の宮廷魔術師リアン。  彼の真意は一体どこにあるのか……わからないままエレノアは彼に惹かれていく。 過去の出来事で男嫌いとなり引きこもりになってしまった王女(18)×王女に執着するヤンデレ天才宮廷魔術師(21)のラブコメです。 ※ムーンライトノベルにも掲載しております。

『専属メイド全員が重すぎる愛で迫ってくる!~大学生の僕、11人?の美女に24時間甘やかされ尽くす生活~』

まさき
青春
僕は、ちょっと普通じゃない日常を送ることになった――それは、専属メイドが全員僕のことを溺愛してくれる暮らしだ。 朝は髪を整えてくれるリナ、朝食で笑顔を見せてくれるミユ、どの瞬間も全力で僕を甘やかす。掃除、料理、悩み相談まで、僕のためだけに動くメイドたち。 「ご主人様の笑顔が見たいんです」 その一言で、僕の毎日はちょっとドキドキ、ちょっと幸せ。 全員が僕を独占したいと競い合う日常の中、僕はどうやってこの溺愛地獄(?)を生き抜けばいいのか――!? 甘々、至れり尽くせりの日常ラブコメ、開幕。 ​「作品への感想代わりの『いいね❤️』や『エール📣』、心よりお待ちしております。」 ​「【応援のお願い】『いいね❤️』や『エール📣』をいただけると、作者のモチベーションが爆上がりします!」 ​「最後までお読みいただきありがとうございます。温かい『いいね❤️』が更新の支えです。」