シンママの私と、元地味眼鏡くん

吉野葉月

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十八話

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「指導って……?」
 
 イヴァンは眼鏡をかければ魔力はなんとか抑えられていた。同じではいけないのか。
 
「リュシアンは魔力が大きい分、抑制しなければならない力も増えるんだ。心身にかかる負担が大きくなる」
 
「そうなのね……」
 
「だから、魔力を抑える訓練をしていく。昼間は僕に預けて欲しい」
 
「……ん?」

 今まで預かってくれていた元大家のジェニーさんの代わりに、イヴァンが面倒を見るということだろうか。
 
「あぁ、子どもの世話をしたことのない僕に預けるのは心配だよね。執事やメイドもいるから大丈夫だよ。子どもの頃の僕を、親代わりに育ててくれた人たちだから」
 
 好意はありがたいが、それでは私たちだけが良い思いをする。
 
「私、手持ちがあまりなくて。充分な対価を払うことはできないわよ」
 
「お金? お金は心配しなくていいよ」

 リュシアンの行く末を危惧してくれているのだろう。魔力を抑えられなければ、関係ない人まで迷惑がかかってしまうもんね。けれども何もしない訳にはいかず、私は身体を見下ろした。

「……」

 人並みの胸に、人並みのくびれ。お尻は小さい。
 身体で払う、なんて言えたものじゃない。

「ローズ? どうしたの?」

「な、なんでもないよ」

「ふーん?」

 イヴァンは首を傾げ、リュシアンは魔法を放てず意気消沈して、彼の胸にもたれかかっている。
 リュシアンはまだ小さく、すぐに様々な病気をもらう。体調を崩したらすぐに迎えに行くことを考慮すると、私の就ける仕事は限られてくる。
 二人で幸せに暮らすのは外せないルールだから、その範囲内でもっとお金を稼がなければならない。

 ということは、やっぱり風俗か。
 巡り巡って結局同じ結論にたどり着く。

「貧乳派もいるわよね」

「ローズ?」

「そもそも、本番だけがプレイじゃないもの。手や口で気持ち良くするだけでも良いって人もいるし。服装に工夫を凝らしてみるのもアリよね。女子高生の制服とか、浴衣とか。バニーガールっていうのもこっちの世界には無さそう。好きな人は好きじゃないかなぁ……身体は残念だけど、企画力でなんとか……」

「何言ってるの?」

 フェリクス侯爵家の息子の手を煩わせるのだから、生半可な金額じゃないに違いない。貴族のことはよくわからないけど、住む世界が違うってことだけは知っている。

「私が払いたいのよ。月いくら? いくら渡せば足りるかしら」

 指でお金を表すジェスチャーをすれば、イヴァンは目を丸くした。

「だ、だからいらないって!」

「そういう訳にはいかないの。こういうことはキチンとしておきたいの」

「う、うーん……君はそういう人だったね」

 彼は不服そうに唸ったが、やがて何かひらめいて手をぽんっと合わせた。

「分かった、じゃあこうしよう。ローズにはうちのメイドの仕事を手伝ってもらおう」

「フェリクス侯爵家の……?」

「そう」

 イヴァンは腕を組んで語り出す。

「良いアイデアだと思わない? うちで雇って、客先で仕事があるときだけ街や北部へ出向く。基本的にリュシアンはうちで見ているから、連れ回すことも少なくて済むよ」

 確かに、メイドの仕事はハウスキーパーの仕事を応用できる。だが貴族の家に仕える者のマナーや身だしなみは知らない。

「私でもこなせるかしら」

「もちろんだよ。ローズは自分が思っているよりできる子だよ」

 イヴァンはリュシアンを抱きながらはにかんで笑った。
 ハウスキーパーの仕事先の男爵もよく褒めてくれるが、社交辞令のように思っていた。ハウスキーパーはいわば家事だ。家事なんて誰でもできる仕事。特別な資格や訓練を必要とせず、命の危険にもさらされない。だからどこか負い目を感じていた。
 でも、イヴァンに言われると不思議と素直に受け入れられる。胸が温かくなっていく。

「ほ、本当に?」

 思わず顔が熱くなる。

「本当だよ」

 イヴァンは辺りを見渡す。
 扉の前に執事が立ち、庭ではメイドが掃き掃除している。厨房からはパンの焼けるいい匂いが漂ってくる。

「ローズも、使用人たちもみんなすごいよ。僕のために、いつも優しくしてくれるからね」

「イヴァン……」

 太陽を背に微笑む彼の姿は、髪も瞳も輝いて、より一層美しく思えた。
 学生の頃のイヴァンも親しみやすかった。真面目で礼儀正しくてうるさくなくて、一緒にいることで心が安らいだ。読書中の私をどこかへ連れ出そうとはしなかったし、無理に感想を求めることもなかった。
 だけど、今のイヴァンも素敵だ。
 豪華絢爛な見た目とは裏腹に、昔と同じ気弱そうな笑みを浮かべる。地位もお金もあるのに、高慢なところが一切ない。
 私は無意識に頬が緩んだ。
 子どもの父親に彼を選んだ当時の私、なんて見る目があるのだろう。

「よし、そうと決まったら、荷物こっちの部屋に運ぼうか」

 イヴァンは私の手元から鞄を受け取ると、執事に空き部屋を片すよう指示した。一緒に住むみたいな行動をしているけど、約束した覚えはない。

「イヴァン??」

「どうせなら、広い部屋の方がいいんじゃない? 空いているから好きに使っていいよ」

 いや聞いてない。

「食事付きだよ? 作っても良いけど、うちの調理人が作るごはんは最高だよ!」

 野菜をよく煮込んだスープの香りが漂って来て、思わず喉が鳴る。

「蔵書の数も多いと思うよ。当主も僕も活字が好きだから、地下にちょっとした図書館を作ってるんだ」

「図書館……」

 学園を卒業したきり縁が無くなった場所だ。リュシアンの世話や日々の生活に追われ、ゆっくりと文字を読むことなんてなかった。
 ほんのひとときでも日常を忘れ、優雅な気持ちになることができるのなら、もっと優しい気持ちでリュシアンに接することができるかも知れない。

「そ、そうね、お願いしようかしら。イヴァンや皆さんが良いなら……」

 目を背けながら呟くと、イヴァンは私の返事を聞くや否や、間髪入れずに叫んだ。

「じゃあ、引っ越しの手続きと、軽く模様替えも頼んでおくね。ローズの部屋は僕の隣でお願いしまーす!」

「え? え、隣?」

「リュシアンのこともあるし、近いほうが何かと便利でしょう? それに……」

 イヴァンは塀の外を眺め見た。
 どことなく辺りを警戒しているような雰囲気がしたが、すぐにいつもの柔らかな笑みを浮かべる。

「物騒な世の中だし、ローズを狙う不届き者がいつやってくるか分からないから。僕やリュシアンに守らせてよ」

「てお!」

 イヴァンも、彼の真似をするリュシアンもとても可愛くて、私は頷くしかなかった。
 子どもだけが欲しいと駄々をこね、イヴァンは私のわがままに協力してくれただけの関係。
 なのに、こんなに甘えちゃっていいのだろうか。

 心の片隅に罪悪感があったが、彼が仲間になってくれるという安心感が上回った。

「私も、一生懸命働かせていただきます! ふつつか者ですがよろしくお願いします!」

「う、うん!!」

 イヴァンの両手を固く握りしめると、彼は学生の頃みたいに顔を赤くした。

「イヴァンたら。私たち、もう子供じゃないんだよ」

「……だよね」

 眼鏡をクイッと持ち直す仕草をした。
 眼鏡はもうかけてないのに。


 ◇◇◇


 フェリクス侯爵家は、アルカナリア帝国の中心部に家を構える貴族のひとつであり、そこそこの規模を持っていた。
 にも関わらず、使用人の数は最低限である。執事もメイドも昔から働いている数人のみで、厨房もベテランのおじさんひとりきりであった。

「おはようございます。今日も早くからありがとうございます」

 身支度を整えて、配膳のお手伝いをすることから始まる。厨房に行けば、すでに朝食を作り終えた料理人が、私のことを手招きした。

「ローズちゃん、苦手なものはあるかい? お皿をよーく見てみろ。それぞれ盛り付けが違うから、好きなものを選ぶといい」

「ありがとうございます」

「ベビーは?」

「あ、えーと……まだ離乳食で。小麦や卵は食べられますけど、あまり食材を試してなくて」

「そうか。じゃあ、徐々に食えるもん増やしていくか。今日のところは……そうだな、野苺なんかどうだ? すりつぶしてヨーグルトに混ぜてみるか」

 料理人はボウルに摘まれたハーブやラディッシュなどの奥から、真っ赤なベリーを取り出した。 
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