シンママの私と、元地味眼鏡くん

吉野葉月

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二十二話※

 私は逃げ出したい気持ちを堪えて、声を絞り出す。

「も、もちろん……弁償させていただきます……」

「本当にー? ちゃんと払えんのか?」

「嘘つきは騎士団に連れてくからな」

「!!」

 騎士団は前世でいう警察のようなものだ。警察よりも騎士団の方が権力が強く、刑罰が厳しい。子どものしたことと言えど、容赦は無い。

「承知しております。何としてでも支払わせていただきます」

 リュシアンは絶対に連れ去られる訳にはいかない。彼にはまだ母親が必要だし、私にも彼が必要だ。二人で自由に幸せに暮らしたいという願いを希望に、今まで生きてきたんだもの。
 私は震える手をぎゅっと握りしめ、深く息を吐いた。

「月が協会の上まで昇ったらまたここへ来い、いいな」

 男は短剣の刃の背をペロリと舐めた。




「ローズ、遅かったね。大丈夫だった?」

「うん、平気よ。皆さん良い人でね、気持ちだけで充分だって言ってくれたの」

「……そう」

 赤ちゃんイベントは終了し、イヴァンの周りからは人がいなくなっていた。閑散としたレース会場で、私は作り笑顔で微笑んだ。


 ◇◇◇


 夜。
 リュシアンを寝かせてからの見守りを侯爵家のメイドに任せ、私はひとり公園に戻って来た。最後の店が店じまいをし、お祭りメイン会場はすっかり元の公園に戻っている。
 ただ、至るところにリュシアンの魔法の痕跡がちらほら残っている。掲示板の張り紙は吹き飛び、脚が折れたテント、地面に落ちて売り物にならなくなったぬいぐるみ。台風が過ぎ去った後のようにめちゃくちゃになっている。
 大怪我をした人がいないのが幸運だったのかも知れない。

「はぁ……」

 私は目を覆った。
 魔法は神から与えられた才能だ。私は魔法が使えないから、魔法使いは憧れの対象であった。だけど、こんなふうにしょっちゅう迷惑をかけてしまうなら、無いほうが良かったのでは。
 リュシアンの人並み外れた才能が初めて疎ましく思えた。

「やぁ。ちゃんと来てくれたんだな」

「逃げるかと思ったぜ」

「こいつがあのガキの母親なのか?」

「俺様調べによると」

 昼間見かけた男たちが建物の影から姿を現した。露天商の男たちと大柄な男はグルだったらしく、話が通っているようだった。
 公園の電灯に明るく照らされた私の姿を値踏みするように眺めている。

「へぇ、思ったより良い体してんな。言われなきゃガキがいるように見えねぇぜ」

「やめて」

 男のひとりが胸元に手を伸ばし、思わず払い避けた。

「息子には手を出さないって約束してくれる?」

 彼らが欲しいのはお金、そして能力を保有しているリュシアンだ。お金なら私が稼げばいいけど、リュシアンに代わるものなんてない。とにかくリュシアンに手を出させないように、体を張るしかない。

「おいおい、調子に乗ってんじゃねぇぞ? 処女じゃねぇオマエにそんな価値があると思うなよ」

「まぁまぁ。言ってもそれくらいじゃん。顔も良いし、すぐ客取れるよ」

 男たちはゲラゲラと笑い合っている。
 私は汚らしい男たちの後ろをキッと睨みつけながら後を追った。
 ほどなくして、ビジネス街から逸れ宿屋が立ち並ぶ賑やかなエリアへ到着した。祭りのあとということもあり、まだ酔い足りない客が赤い顔で盃を交わしている。彼らの脇を速足で通り過ぎ、最奥の宿へと案内された。
 一見普通の宿と何の変わりもないが、階段の入り口で大柄の男性が腕を組んで座っている。男は私と目が合うと、ツリ目の目を細めて会釈した。

「やぁやぁ。お日柄もよろしいことで」

「兄貴、そういう気分じゃないでしょうよ」

「おれがそういう気分なんだよ」
 
「子どもは魔力持ちのようです。上手くいけばまた魔法使いを産むかも知れませんし、権力者の愛人にももってこいかと」

「ふむ……」

 大柄な男は、私のはるか高くから見下ろした。大きな身体がもっと大きな影を作り、闇に飲み込まれそうになった私は、思わず息を止めた。

「おい、そんなに怖がらなくてもいいぞ。うちの店はマトモだ。変な性癖のヤツはいねぇ。縄で縛ったり、首を絞めたりするのは別料金をいただいてるし、事前に女にも了解を得る決まりになってるからな」

「……縄? ……首?」

 性的な行為は覚悟の上だが、それは犯罪では……?
 想像したら、背筋が凍る思いがした。

「そ。世の中には色んな性癖のヤツがいるんだよなー!」

「首絞めるとアソコも締まるって聞きますよね」

「試してみるー?」

 男たちは野太い声で笑ったが、私が固まっているのに気づいてニヤリとほくそ笑んだ。

「特殊プレイは未経験か。育て甲斐があるじゃん」

「あ……はは」

 口元が引きつった。
 しかし、祭り会場を混乱させたことへの償いはしなければいけない。リュシアンの泣き顔が頭に浮かんで、私は頬をパチンと叩いて気合を入れ直した。

「……使いものになるなら、どうぞ使ってください」

 地下へ続く階段を降りた。


 薄暗い地下室には間仕切りされた部屋が三つ並び、それぞれの扉に鍵がかかっている。

「鍵は外からオレたちがかけるんだ。女が逃げ出さないようにっていうのと、代金を支払わずに帰られるのを防ぐためな」

 男は扉の取っ手を持ちガチャガチャと回してみせた。手前の部屋は今は客がおらず、押されたドアの向こうに少しだけ中が見えた。寝具のよれた白い布地を目の当たりにし、不快さが喉に込み上げる。

「あ……」

「そんなに怖がらなくてもいいさ。金持ちの上客しか取らない店だ。定期的に病気の検査もしている」

 もちろんそうしたいところだが、身体がついていかない。

「水色の髪の女をちょうどリクエストされたところだったんだ。楽しませてこいよ!」

 大柄の男は三つの扉のうちのひとつを開けると、私の背中を押して部屋の中へ強引に押し込んだ。

「きゃっ!」

 すぐさま外から鍵がかけられた。
 金属がガチャガチャとこすれ合う音が、狭い部屋の中に響く。細長い部屋にはカーテンがかけられ、奥に人間の気配がする。私はドキドキしながら明るく声をかける。

「こんにちは!」
 
 挨拶するも、返事はない。
 
「本日担当させていただきます、ローズリーヌ・クラベルと申します」
 
 こんな感じで良いのだろうか。
 色っぽいお店には疎い。
 やることやって、さっさとお金を貯めるしかない。
 
「お好きなシチュエーションなど、ございますでしょうか……?」
 
 やはり返事はなく、ただ衣擦れの音がするのみだ。
 
「あの……」
 
 声をかければ、カーテンの隙間から紙切れが投げ入れられた。
 
「これは……?」
 
 紙には綺麗な字で要望が書かれていた。

『風邪を引いていて声が出せない。なるべく身体も動かしたくないが、溜まっているので、抜いて欲しい』

「……このまま、ということでしょうか」

 カーテンの向こうで、男の影がうなづいた。

「かしこまりました。少々お待ちください」

 私は気づかれないように、大きく深呼吸した。
 とりあえずは身体を捧げる必要がなくて、良い客に当たったようだ。

 ベッドサイドに用意されてあった香を焚き、カーテンの下から手を伸ばす。両太腿の位置を触って確認し、骨盤の高さでカーテンを留めた。
 客人はすでに下着姿になっており、私は心を落ち着けてトラウザーズの紐を解いた。

「不慣れなもので、ご指摘があれば何なりと申し付けてください」

 一応経験があるものの、リュシアンを授かった際の一度きりだ。私は熟練の娼婦ではない。気持ちよくできる自信はない。
 不安しかなかったが、男のモノは布を下げた瞬間強く張り出した。

「きゃっ!?」

 客の男の男根は、今にも何か出そうなほどビンビンに立っていた。経験が少ないから分からないのだが、男の人というのはこんなに性欲に支配されているんだろうか。
 私はまだ何もしていない。お金をいただくのが申し訳ない。

「あの、せめてお顔でもご覧になりますか……?」

 男は首を横に振った。
 裸すら目にしていなのにこんなに凶暴な下半身になっているなんて、ずいぶんと長い間禁欲していたのだろうか。

「分かりました。では、始めさせていただきますね」

 竿立の根元に手を添えた。
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