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第七話
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現代ならば、リスクのある出産は事前に予期でき、然るべき対応を取ることができるが、この世界はそうはいかないだろう。
逆子や前置胎盤はほとんどの妊婦に帝王切開を勧めるが、きっとここでは自然分娩だ。
脚や臍の緒が先に出たら赤ちゃんに酸素が行き届かない危険があるし、胎盤が先に出たら大量出血で妊婦も命の危険に晒される。
もしこの世界の人がそれを知っていてもどうにもできないだろうし、陣痛が始まったら、赤ちゃんの通り道を広げるために何人もの男性で交互に挿入し続けると言うのだから、衛生観念もあったもんじゃないだろう。
この世界の長い学生生活の中で、少なくはない数の女の子たちが命を落としてきたのではないだろうか。
望まない男との間にできた、望まれない子どもを授かったが為にー……
「おじさん、おじさんのお子さんたちはこんな世の中でいいんですか? 娘さんにこんなことさせてもいいんですか?」
ある夜、ミナミは看守のおじさんにたずねた。
制度が施行されてから初年度に生まれた子が大きくなるまでの十二年間、しばらくは"親のいる子ども"が繁殖に使われた。
年端もいかない少年少女同士で、子どもを作ることを推奨され始めた時代。
ちょうどそのとき十代だった看守の子どもは、親元を離れ何処かへ集められすぐに、初めて顔を合わせた少年の子どもを孕んだのだという。
おじさんは困ったように眉を下げて笑った。
「いいわけがないだろう。でもね、僕にはどうすることもできないんだ。この国にいる以上、子ども、特に娘は人質に取られたようなものだ。死ぬかも知れないし、尊厳がなくなるかも知れない。それでも、必ず帰ってくると祈って、僕らは待っていることしかできなかったんだ」
(そうよね、こんなの間違ってるよね。)
ミナミはおじさんの言葉に頷いた。
子は親がどんな人なのかわからないと言え、親は自分が産んだことは分かる。
お腹で育てているうちに、子に愛情が沸く人だってきっといるはずだ。
それは偶然好きな人の子どもを授かったのかも知れないし、本能かも知れない。
ミナミはおじさんの手に自らの手を当て、そっと包みこんだ。
「おじさん、大丈夫だよ。ミナミがきっとなんとかするから。今すぐには無理でも、こんな制度なくなるように頑張るから!」
ミナミは異世界転生者だ。
他の世界に転生した人たちと同じように、何らかのスキルを持って生まれきたはず。
この世界の人ができないこともミナミにはできる可能性が残されているのだ。
ミナミは使命感に燃えてきた。
今の学生たちは無理でも、今から生まれる子どもたちにはあんな経験して欲しくない。
家族の庇護の元、自由にのびのび暮らしていって欲しい。
「半月後に幽閉は解除されるから、隙を見て逃げ出そうと思ってるの。ミナミの外見は目立つから、おじさんの子どもの着なくなった服や靴、できれば華美でないものを持ってきて欲しい。あったらボロ布も。」
変装して恵まれない子ども風に装って、隣国の協会や孤児院に保護してもらおう。
そこから人脈を広げ、この国の繁殖主義は間違っているという自分の考えに賛同する人を増やしていこう。
そういう声が集まったら、繁栄のことだけを考えずに親や子の気持ちを無視する国家とは取引しない、と貿易関係に影響を及ぼすことができるかも知れない。
そうなれば渋々でもこの国の偉い人の意識を動かして、きっと繁殖プログラムを廃れさせていけるはず。
ミナミの瞳にかすかな希望が浮かんだ。
けれど、あまりに理想を語り過ぎてしまった。
忘れていたのだ、看守はおじさん一人だけではないことを。
「ほらなー? 全然矯正できてねぇじゃねぇか。駄目なんだよただ牢にブチこんどくだけじゃ」
数人の男子学生がミナミのいる檻のそばへやってきた。
皆、上質な生地の黒いネクタイをしている。
「おじさん、あといいよ。今日はもうあがって」
「素行不良の人間の世話まで任せるのは酷ですからね。私たちに任せて下さい。」
彼らは断りもなく牢の鍵を開けると、ずかずかと室内へ踏み込んで来た。
「えっ、ちょっと、何……?」
反発する間もなく、ミナミはワンピースの肩紐をずり下げられ、シャツの留め具を外され、上半身は一糸まとわぬ姿になった。
男たちはミナミを囲んで話し合っている。
何らかの処分が下されたのだろうか、ミナミは神妙な面持ちで耳を傾ける。
露になった乳房を隠す手を払いのけて、男たちの一人はふくらんだ胸部を凝視した。
「なるほど、噂通りすごい乳だな。牛みてぇだな。こんな奴初めて見た。ここを責めるか?」
「それでは何の解決にもなりませんよ。この女性スパイではないんですから。逃げ出そうと企んでいるのですから、この世界の素晴らしさが伝わりきれていないのですよ」
色白で眼鏡をかけた、委員長タイプのような青年が言った。
「そっかぁ、残念だね。何の取り得もなくたって子孫さえ残せれば勝ち組になる、最高の世界なのにね」
ミナミより少しだけ背が高いだけの、男の子にしては背の低い青年が、明らかにがっかりした顔で息を漏らした。
(それは確かに一理あるかも)
ミナミは青年を見ながらそう思った。
ミナミの世界で青年は、お世辞にもモテるとは言い難い。
身長が低く、顔もそんなにパッとせず、頭も突出して良い訳ではなく、スポーツもできない、口も上手くないのだとしたら、彼は確かにその他大勢として埋もれてしまうだろう。
だがここではどうだろう。
それらに一切才がなくても、子どもができればヒーロー的存在になれるのだ。
黒ネクタイは多数妊娠させたことの証。
おじさんから渡された本にもそう記してあった。
つまり、ここにいる男性たちは繁殖主義のこの世界で最も価値のある、優れた子種を持つ人間たちなのだ。
「そうだ、飲精させようよ。それがいいんじゃない?」
背の低い青年は急に閃いて、他の二人に提案した。
逆子や前置胎盤はほとんどの妊婦に帝王切開を勧めるが、きっとここでは自然分娩だ。
脚や臍の緒が先に出たら赤ちゃんに酸素が行き届かない危険があるし、胎盤が先に出たら大量出血で妊婦も命の危険に晒される。
もしこの世界の人がそれを知っていてもどうにもできないだろうし、陣痛が始まったら、赤ちゃんの通り道を広げるために何人もの男性で交互に挿入し続けると言うのだから、衛生観念もあったもんじゃないだろう。
この世界の長い学生生活の中で、少なくはない数の女の子たちが命を落としてきたのではないだろうか。
望まない男との間にできた、望まれない子どもを授かったが為にー……
「おじさん、おじさんのお子さんたちはこんな世の中でいいんですか? 娘さんにこんなことさせてもいいんですか?」
ある夜、ミナミは看守のおじさんにたずねた。
制度が施行されてから初年度に生まれた子が大きくなるまでの十二年間、しばらくは"親のいる子ども"が繁殖に使われた。
年端もいかない少年少女同士で、子どもを作ることを推奨され始めた時代。
ちょうどそのとき十代だった看守の子どもは、親元を離れ何処かへ集められすぐに、初めて顔を合わせた少年の子どもを孕んだのだという。
おじさんは困ったように眉を下げて笑った。
「いいわけがないだろう。でもね、僕にはどうすることもできないんだ。この国にいる以上、子ども、特に娘は人質に取られたようなものだ。死ぬかも知れないし、尊厳がなくなるかも知れない。それでも、必ず帰ってくると祈って、僕らは待っていることしかできなかったんだ」
(そうよね、こんなの間違ってるよね。)
ミナミはおじさんの言葉に頷いた。
子は親がどんな人なのかわからないと言え、親は自分が産んだことは分かる。
お腹で育てているうちに、子に愛情が沸く人だってきっといるはずだ。
それは偶然好きな人の子どもを授かったのかも知れないし、本能かも知れない。
ミナミはおじさんの手に自らの手を当て、そっと包みこんだ。
「おじさん、大丈夫だよ。ミナミがきっとなんとかするから。今すぐには無理でも、こんな制度なくなるように頑張るから!」
ミナミは異世界転生者だ。
他の世界に転生した人たちと同じように、何らかのスキルを持って生まれきたはず。
この世界の人ができないこともミナミにはできる可能性が残されているのだ。
ミナミは使命感に燃えてきた。
今の学生たちは無理でも、今から生まれる子どもたちにはあんな経験して欲しくない。
家族の庇護の元、自由にのびのび暮らしていって欲しい。
「半月後に幽閉は解除されるから、隙を見て逃げ出そうと思ってるの。ミナミの外見は目立つから、おじさんの子どもの着なくなった服や靴、できれば華美でないものを持ってきて欲しい。あったらボロ布も。」
変装して恵まれない子ども風に装って、隣国の協会や孤児院に保護してもらおう。
そこから人脈を広げ、この国の繁殖主義は間違っているという自分の考えに賛同する人を増やしていこう。
そういう声が集まったら、繁栄のことだけを考えずに親や子の気持ちを無視する国家とは取引しない、と貿易関係に影響を及ぼすことができるかも知れない。
そうなれば渋々でもこの国の偉い人の意識を動かして、きっと繁殖プログラムを廃れさせていけるはず。
ミナミの瞳にかすかな希望が浮かんだ。
けれど、あまりに理想を語り過ぎてしまった。
忘れていたのだ、看守はおじさん一人だけではないことを。
「ほらなー? 全然矯正できてねぇじゃねぇか。駄目なんだよただ牢にブチこんどくだけじゃ」
数人の男子学生がミナミのいる檻のそばへやってきた。
皆、上質な生地の黒いネクタイをしている。
「おじさん、あといいよ。今日はもうあがって」
「素行不良の人間の世話まで任せるのは酷ですからね。私たちに任せて下さい。」
彼らは断りもなく牢の鍵を開けると、ずかずかと室内へ踏み込んで来た。
「えっ、ちょっと、何……?」
反発する間もなく、ミナミはワンピースの肩紐をずり下げられ、シャツの留め具を外され、上半身は一糸まとわぬ姿になった。
男たちはミナミを囲んで話し合っている。
何らかの処分が下されたのだろうか、ミナミは神妙な面持ちで耳を傾ける。
露になった乳房を隠す手を払いのけて、男たちの一人はふくらんだ胸部を凝視した。
「なるほど、噂通りすごい乳だな。牛みてぇだな。こんな奴初めて見た。ここを責めるか?」
「それでは何の解決にもなりませんよ。この女性スパイではないんですから。逃げ出そうと企んでいるのですから、この世界の素晴らしさが伝わりきれていないのですよ」
色白で眼鏡をかけた、委員長タイプのような青年が言った。
「そっかぁ、残念だね。何の取り得もなくたって子孫さえ残せれば勝ち組になる、最高の世界なのにね」
ミナミより少しだけ背が高いだけの、男の子にしては背の低い青年が、明らかにがっかりした顔で息を漏らした。
(それは確かに一理あるかも)
ミナミは青年を見ながらそう思った。
ミナミの世界で青年は、お世辞にもモテるとは言い難い。
身長が低く、顔もそんなにパッとせず、頭も突出して良い訳ではなく、スポーツもできない、口も上手くないのだとしたら、彼は確かにその他大勢として埋もれてしまうだろう。
だがここではどうだろう。
それらに一切才がなくても、子どもができればヒーロー的存在になれるのだ。
黒ネクタイは多数妊娠させたことの証。
おじさんから渡された本にもそう記してあった。
つまり、ここにいる男性たちは繁殖主義のこの世界で最も価値のある、優れた子種を持つ人間たちなのだ。
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背の低い青年は急に閃いて、他の二人に提案した。
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