鬼哭

こだま。

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残滓

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 京の都は、再び静けさを取り戻した。

 長徳二年(996年)の春、桜が満開に咲き乱れる中、源頼光と四天王は凱旋の行列を組んで朱雀大路を進んだ。先頭に掲げられたのは、酒呑童子の生首を納めた漆塗りの箱。箱の蓋は固く閉ざされ、血の匂いが微かに漏れていたという。

 一条天皇は広間で頼光を迎え、深く頭を下げた。

「そなたらの武勇により、京の姫君たちは救われ、鬼の脅威は去った。源氏の名は永遠に輝こう」

 頼光は静かに答えた。

「すべては帝の御心と、神々の加護によるものにございます」

 褒賞として、頼光は摂津守から左近衛中将に昇進し、四天王たちもそれぞれ位を賜った。

 酒呑童子の首は、宇治の平等院宝蔵に納められた。

 宝蔵の扉は三重の鍵で閉ざされ、陰陽師・安倍晴明自らが呪符を貼り、鬼の怨念が漏れぬよう封じた。人々は安堵し、夜道を恐れず歩くようになった。

 鬼の話は、次第に昔話となり、子供たちの寝物語に変わっていった。しかし、鬼は完全に死んではいなかった。
 平等院の宝蔵の奥、暗闇の中で、酒呑童子の首は、吉備の宇羅のように、まだ息づいていた。肉体は失われ、血は乾き、目は虚ろに開いたままだが、意識は残っていた。
 それは、怨念でも怒りでもなく、ただの静かな嘲笑だった。
 首は、暗闇の中で独り語りかけるように呟いた。

「我は……外道丸と呼ばれし者。越後の砂子塚に生まれ、十六ヶ月腹に留まり、歯が生え、言葉を発し、里の者たちを恐れさせた。
 美しすぎる顔は、娘たちの恋を呼び、恋は怨念となり、怨念は我を鬼に変えた。
 寺で経を読み、数珠を繰り、仏の教えにすがった。だが、仏は救わなかった。人間の業は、神仏をも超える。
 我は人として生きることを諦め、鬼として生きることを選んだ。いや……選ばされたのだ。
 人間が我を鬼にした。
 美しいものを欲し、触れ、壊し、泣く。その脆さが、我を堕とす。
 我は好んで堕ちたのではない。人間が、我を鬼へと堕とさせたのだ」

 ゆっくりと宙に浮かび、宝蔵の壁に寄りかかった。

 平等院の外では、藤原氏の栄華が続き、道長の娘たちが后となり、京はさらに華やかさを増した。夜毎、酒の香りが風に乗り、山から都へ流れ込む。
 誰かが笑う声がする。
 低く、嗄れた、しかしどこか優しく寂しい声。

「人間は面白い。権力を持ち、金を持ち、美を持ちながら、常に欠けている。
 欠けた部分を埋めようと、さらなる者を奪う。我がさらった姫君たちは、ただの器だった。
 器を満たすのは、血でも酒でもない。人間の業そのものだ。
 我はそれを、酒にして飲んだ。飲めば飲むほど、業は増す。
 増すほど、我は笑う。
 笑うほど、人間は恐れる。
 恐れるほど、業は深まる。
 永遠の輪廻だ」

 ある夜、宝蔵の鍵が微かに鳴った。
 守り僧が慌てて駆けつけると、扉は閉ざされたままで、扉の隙間から、赤い目が覗いていたという。
 翌朝、僧は宝蔵の床に、一枚の紙が落ちているのを見つけた。――血で書かれた文字。

「鬼に横道なし。
 されど、人間に横道は無限にある。
 我は死なず。
 ただ、酒を待ち、人間の業を、静かに見つめている」

 その紙は、すぐに燃えて灰になった。

 その後も、鬼の噂は消えなかった。
 大江山の麓では、今も鉄の門の跡が残り、鬼の宴の残り香が漂う。
 旅人が山に入ると、遠くから酒盃を傾ける音が聞こえる。
そして、誰かが囁く。

「来い、人間よ。我が酒を、味わえ」

 酒呑童子は、首を失い、体を失い、鉄の御所を失ったが、鬼の本質は失われなかった。
 それは、人間の業を映す鏡。鏡は砕けても、欠片は残る。
欠片の一つ一つが、新たな鬼を生む。

 平安の世が栄え、鎌倉が来て、室町が過ぎ、戦国が荒れ、江戸が太平を謳歌しても、鬼は嘲笑い続ける。
 酒を求め、血を求め、人の脆さ、醜さを、永遠に。

「人間こそが、真の鬼なのだ……」
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