【完結】わたしが愛されるはずがなかったのに~冷酷無比な男爵は高額買取した奴隷姫を逃さない~

藤原ライラ

文字の大きさ
72 / 87

72.傲慢

しおりを挟む
 誰が誰を誘惑したというのか。

 憤慨しながら、アネットはカウチの上で体を起こした。ちらりと、シャルルの目が向けられる。彼はアネットの乱れたドレスが他の者からは見えないように、さっと上着を直した。

「アンヌ=マリー様、この者はこのように言っていますが」

 シャルルが静かに、いつになく丁重な口調で訊ねてくる。彼の後ろにも、何人かの衛兵がいる。エミリアンがこの追及から逃れる方法は、ない。

「わたしはこの者を拒みました」

 打たれた右頬がよく見えるように、アネットは左を向いた。シャルルの目は一瞬揺らいだ気がしたけれど、すぐに元の平然とした色に戻る。

「なるほど。誘惑してきておいて打たれる、ということは確かに考えにくいですね」

 アンヌ=マリーは四大公爵家の娘である。この状況ではどう考えても、エミリアンは黒だ。

「公爵令嬢に手を出せばどういったことになるか、お分かりならないわけではないでしょう」

 そう告げる彼の目はどこか悲しんでいるようにも見えた。
 
「……僕はずっと、僕が殴られればそれでいいと思っていました。それであなたの気が済むのならと。けれど、それがあなたに対して一番ひどかったのかもしれないと、彼女の言葉を聞いて思いました」

 淡々とシャルルは話す。全ての責任を自分に向けてしまうのは、実は一番簡単なことなのかもしれない。

 与えられた者と与えられなかった者。その差はほんの些細なことでしかないけれど、よく似た彼らは一度も己の影に目を向けはしなかった。

「僕がきちんと向き合えていたら、こんなことにはならなかったのかなとも思います。申し訳ありませんでした」

 帽子を取って静かに頭を下げる。金髪が流れてシャルルがどんな顔をしているのか見えなくなる。

「お前はどこまでも、傲慢だな」
 エミリアンはただシャルルに一瞥くれただけだった。

「連れて行ってくれ」

 シャルルが顎をしゃくって後ろの本物の衛兵たちに示す。一礼すると、彼らはエミリアンを両側から掴んだかと思うとそのまま連れて行った。

 残されたのは、アネットとシャルルの二人だけである。

「その、お久しぶりです……」
 あんなに会いたかったというのに、口をついてきたのはそんな当たり障りのない言葉だった。

 窺うような視線が、アネットの顔に注がれる。そんなに見苦しい顔をしていただろうか。

「痛かったか」
 衛兵に揃いの白い手袋をはめた手が頬に触れる。労わるように、その手はそっと撫でていく。

「大したことじゃないです」

「冷やした方がいい。あいつ、叩くなら僕の顔にしておけばよかったのに」

 きれいな顔を痛々し気に歪めてそんなことを言う。アネットは首を横に振る。もうこれ以上、彼が叩かれるのは見たくなかった。だから、これでいいのだ。

「にしても、どうしてそんな恰好を?」
「ああ、これか」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜

紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。 連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

処理中です...