27 / 91
第一部:私だけの物語
27.体力・気力・根性
しおりを挟む
夜会の支度というのは、とにかく時間がかかる、ものらしい。
昼過ぎに侯爵家の馬車が迎えに来て、早すぎないかと思ったけれど、そんなことはなかった。終わってみれば、出発時間ぎりぎりだった。
まず、屋敷に着いた時には一列に並んで集合されていた侍女の皆さんに瞬く間に服を脱がされた。気分としては追剥ぎにあったに近い。実際にあったことは、ないけれど。
そして、薔薇の花の浮いたバスタブで、頭の先からつま先までごしごしと洗われた。使われている石鹸もびっくりするほどいい匂いがする。けれどうっとりする間もなく、次は香油を塗られてマッサージをされた。
そこまでしてやっと、ドレスの着付けに入る。
あのピンク色のドレスが、そこにあった。エステル様が仕立て屋に頼んでくれて、侯爵家に届けてもらったのだ。
少しだけ、記憶の中にあるものと目の前のドレスは異なっている。
何というか、フリルや刺繍が豪華になっている。殊更に華美ということはなくて、見比べてみればこれが正解だと思えるような、そんな。
こんな美しいもの、本当に私に似合うのだろうか。
「さあキャロ、ここから先は体力勝負よ。夜会は戦場よ! 最後に物を言うのは体力・気力・根性よ。頑張りましょうね」
「はあ」
私は一体どこへ向かっているのだろう。そんなことを思いながら、二十数年の人生で一番コルセットを締め上げられた。
この支度の一部始終を、部屋の隅の椅子に腰かけたエステル様はにこにこと眺めている。
「では、キャロライン様。こちらに」
金縁の美しい鏡の前に座るように促される。
目を閉じるように言われて、顔に化粧水やら乳液やら、そのほか様々なものが塗られた。続いて、刷毛が頬を撫でていく感触がする。おそらく化粧をされているのだろう。
大して特徴もないこげ茶色の髪は丁寧に梳かれて、上半分を束ねられる。毛先はふんわりと巻かれていく。
侍女の手が全て私から離れると、エステル様が立ち上がった気配がした。
「さあ、これで仕上げよ」
ネックレスをそっと首に掛けられる。耳元で、エステル様の声がする。
「ね、目を開けてちょうだい、キャロ」
言われるがままに、私は目を開けた。
「はい」
鏡の中私の首元でしんと輝く、やわらかな銀の光。
シルバーとパ―ルのそれは、ドレスの刺繍の花のモチーフと意匠がよく似ていて、まるで合わせて誂えたかのようにしっくりと馴染む。
「あのね、わたしはあなたのことを娘のように思ってきたつもりよ。大事なアリシアの子だし、ううん、それを差し引いても、わたしはキャロのことがすき」
それはずっと、感じていた。母が生きている時からずっと、エステル様は私をとても可愛がってくれていたから。
「だから、キャロは自分の思うようにしていいのよ。今までもこれからも、あなたはなんだってできるはずだわ」
けれど、ただの行き遅れにすぎにない私に一体何ができるだろう。選べるような選択肢は、果たして本当にこの手の中にあるのだろうか。
「うふふ、色々考えるのはキャロのいいところだけれどね。まずはやってみればいいのよ」
鏡の中のエステル様は、また少女のように笑った。
「にしても困ったわね」
エステル様が眉をハの字に下げて頬に手を当てたところで、侍女が声を掛けてくる。
「奥様、坊ちゃんがお越しですが」
昼過ぎに侯爵家の馬車が迎えに来て、早すぎないかと思ったけれど、そんなことはなかった。終わってみれば、出発時間ぎりぎりだった。
まず、屋敷に着いた時には一列に並んで集合されていた侍女の皆さんに瞬く間に服を脱がされた。気分としては追剥ぎにあったに近い。実際にあったことは、ないけれど。
そして、薔薇の花の浮いたバスタブで、頭の先からつま先までごしごしと洗われた。使われている石鹸もびっくりするほどいい匂いがする。けれどうっとりする間もなく、次は香油を塗られてマッサージをされた。
そこまでしてやっと、ドレスの着付けに入る。
あのピンク色のドレスが、そこにあった。エステル様が仕立て屋に頼んでくれて、侯爵家に届けてもらったのだ。
少しだけ、記憶の中にあるものと目の前のドレスは異なっている。
何というか、フリルや刺繍が豪華になっている。殊更に華美ということはなくて、見比べてみればこれが正解だと思えるような、そんな。
こんな美しいもの、本当に私に似合うのだろうか。
「さあキャロ、ここから先は体力勝負よ。夜会は戦場よ! 最後に物を言うのは体力・気力・根性よ。頑張りましょうね」
「はあ」
私は一体どこへ向かっているのだろう。そんなことを思いながら、二十数年の人生で一番コルセットを締め上げられた。
この支度の一部始終を、部屋の隅の椅子に腰かけたエステル様はにこにこと眺めている。
「では、キャロライン様。こちらに」
金縁の美しい鏡の前に座るように促される。
目を閉じるように言われて、顔に化粧水やら乳液やら、そのほか様々なものが塗られた。続いて、刷毛が頬を撫でていく感触がする。おそらく化粧をされているのだろう。
大して特徴もないこげ茶色の髪は丁寧に梳かれて、上半分を束ねられる。毛先はふんわりと巻かれていく。
侍女の手が全て私から離れると、エステル様が立ち上がった気配がした。
「さあ、これで仕上げよ」
ネックレスをそっと首に掛けられる。耳元で、エステル様の声がする。
「ね、目を開けてちょうだい、キャロ」
言われるがままに、私は目を開けた。
「はい」
鏡の中私の首元でしんと輝く、やわらかな銀の光。
シルバーとパ―ルのそれは、ドレスの刺繍の花のモチーフと意匠がよく似ていて、まるで合わせて誂えたかのようにしっくりと馴染む。
「あのね、わたしはあなたのことを娘のように思ってきたつもりよ。大事なアリシアの子だし、ううん、それを差し引いても、わたしはキャロのことがすき」
それはずっと、感じていた。母が生きている時からずっと、エステル様は私をとても可愛がってくれていたから。
「だから、キャロは自分の思うようにしていいのよ。今までもこれからも、あなたはなんだってできるはずだわ」
けれど、ただの行き遅れにすぎにない私に一体何ができるだろう。選べるような選択肢は、果たして本当にこの手の中にあるのだろうか。
「うふふ、色々考えるのはキャロのいいところだけれどね。まずはやってみればいいのよ」
鏡の中のエステル様は、また少女のように笑った。
「にしても困ったわね」
エステル様が眉をハの字に下げて頬に手を当てたところで、侍女が声を掛けてくる。
「奥様、坊ちゃんがお越しですが」
112
あなたにおすすめの小説
白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる
瀬月 ゆな
恋愛
ロゼリエッタは三歳年上の婚約者クロードに恋をしている。
だけど、その恋は決して叶わないものだと知っていた。
異性に対する愛情じゃないのだとしても、妹のような存在に対する感情なのだとしても、いつかは結婚して幸せな家庭を築ける。それだけを心の支えにしていたある日、クロードから一方的に婚約の解消を告げられてしまう。
失意に沈むロゼリエッタに、クロードが隣国で行方知れずになったと兄が告げる。
けれど賓客として訪れた隣国の王太子に付き従う仮面の騎士は過去も姿形も捨てて、別人として振る舞うクロードだった。
愛していると言えなかった騎士と、愛してくれているのか聞けなかった令嬢の、すれ違う初恋の物語。
他サイト様でも公開しております。
イラスト 灰梅 由雪(https://twitter.com/haiumeyoshiyuki)様
【完結】彼を幸せにする十の方法
玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。
フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。
婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。
しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。
婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。
婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。
【完結】君を迎えに行く
とっくり
恋愛
顔だけは完璧、中身はちょっぴり残念な侯爵子息カインと、
ふんわり掴みどころのない伯爵令嬢サナ。
幼い頃に婚約したふたりは、静かに関係を深めていくはずだった。
けれど、すれ違いと策略により、婚約は解消されてしまう。
その別れが、恋に鈍いカインを少しずつ変えていく。
やがて彼は気づく。
あの笑顔の奥に、サナが隠していた“本当の想い”に――。
これは、不器用なふたりが、
遠回りの先で見つけた“本当の気持ち”を迎えに行く物語
大好きなあなたを忘れる方法
山田ランチ
恋愛
あらすじ
王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。
魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。
登場人物
・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。
・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。
・イーライ 学園の園芸員。
クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。
・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。
・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。
・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。
・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。
・マイロ 17歳、メリベルの友人。
魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。
魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。
ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。
このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。
若松だんご
恋愛
「リリー。アナタ、結婚なさい」
それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。
まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。
お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。
わたしのあこがれの騎士さま。
だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!
「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」
そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。
「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」
なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。
あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!
わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!
【完結】愛とは呼ばせない
野村にれ
恋愛
リール王太子殿下とサリー・ペルガメント侯爵令嬢は六歳の時からの婚約者である。
二人はお互いを励まし、未来に向かっていた。
しかし、王太子殿下は最近ある子爵令嬢に御執心で、サリーを蔑ろにしていた。
サリーは幾度となく、王太子殿下に問うも、答えは得られなかった。
二人は身分差はあるものの、子爵令嬢は男装をしても似合いそうな顔立ちで、長身で美しく、
まるで対の様だと言われるようになっていた。二人を見つめるファンもいるほどである。
サリーは婚約解消なのだろうと受け止め、承知するつもりであった。
しかし、そうはならなかった。
変態婚約者を無事妹に奪わせて婚約破棄されたので気ままな城下町ライフを送っていたらなぜだか王太子に溺愛されることになってしまいました?!
utsugi
恋愛
私、こんなにも婚約者として貴方に尽くしてまいりましたのにひどすぎますわ!(笑)
妹に婚約者を奪われ婚約破棄された令嬢マリアベルは悲しみのあまり(?)生家を抜け出し城下町で庶民として気ままな生活を送ることになった。身分を隠して自由に生きようと思っていたのにひょんなことから光魔法の能力が開花し半強制的に魔法学校に入学させられることに。そのうちなぜか王太子から溺愛されるようになったけれど王太子にはなにやら秘密がありそうで……?!
※適宜内容を修正する場合があります
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる