拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~

藤原ライラ

文字の大きさ
29 / 91
第一部:私だけの物語

29.眩しすぎる夢

しおりを挟む
 夜会用の踵の高い靴を履いた私に合わせるように、クリスはちゃんとゆっくりと歩いてくれる。
 絵に描いたようなエスコートだ。こんなこと、いつの間に彼はできるようになったんだろう。

 色んな色の目が私を見ている。扇で顔を隠した令嬢が、別の令嬢の耳元で何事かを囁いている。
 正しくは彼女達は輝くクリスを見ていて、そのついでに私が視界に入るだけだ。彼の横の私はただの異分子なのだろう。

「ちゃんと顔を上げて」

 俯き加減になる私に対して、真っ直ぐ前を向いたクリスが言う。

「どんな顔をしていればいいの」

 王宮に向かう馬車に乗っている間もずっと考えていたけれど、“近寄り難い顔”の正解が分からない。
 青い目の端で、彼が私を見遣る。

「普通にしていればいいよ」
 淡々とした声は、いつもと変わらない。

「笑顔でいても仏頂面でいても、同じことだ。どうせ好き勝手に消費されるだけだから」

 クリスの肘に掛けた私の手。その手を少しだけ強く握って、顔を上げた。 

「うん」

 シャンデリアに照らされた首筋にかけての鋭角のラインがきれいだった。

 私がデビュタントだった頃、クリスまだ十二歳だったから、一緒に夜会に出るのははじめてだ。

「分かった」

 こんな風に隣にいることを、夢見なかったわけではない。
 現実にしては、眩しすぎる夢だけど。
 どうせ夢なのだから、好き放題やってやろう。そう思った。





 最初の緊張から逃れられれば、なんてことはない。

 クリスに用がある人ばかりだと思っていたけれど、皆、私にもにこやかに話しかけてくれる。私はやっと、夜会の華やかな雰囲気そのものを楽しめるようになってきていた。

「クリストファー様」
 王家の侍従がそっとクリスに耳打ちした。整った顔が急に険しくなる。

「どうかしたの」
「王女殿下がおれと踊りたいってさ」

 王女殿下は確か十六歳で、先日デビュタントを迎えたばかりだ。年の頃からいえば、クリスはちょうどいい相手の一人だろう。

「行っておいでよ」

 そもそも断ることができないのなんて、クリスだって分かっているだろうに。

「いい? ここから動くなよ。おれがいない間に誰かに話しかけられても、絶対に返事をするな。分かったね」

 確かに全てを無視していれば、相当に近寄り難いだろうけど。

「すぐ帰ってくるから」
「ゆっくり踊ってくればいいのに」

 私がそう応えると、クリスはなんだか泣きそうな顔をした。けれど何も言わずに、足早に大広間の中心へと向かっていく。

 美しい礼をして、王女様とクリスのダンスが始まる。

 ゆったりと流れるワルツを踊りながら、クリスはびっくりするほど見事に微笑んでいた。やはり私以外の女の子にはちゃんと笑ってくれるらしい。

 もちろんダンスも抜群に巧い。ぴたりと寄り添うようにして、王女様はクリスの腕の中で恍惚の表情を浮かべていた。

 そういえば、この輪の中にキット様もいるのだろうか。
 彼自身が来るとは手紙の中では明言されてはいなかったけれど、貴族が大勢出席する夜会だ。キット様がいてもなんの不思議はない。

 そして人波を見渡して、見つけた。見つけてしまった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる

瀬月 ゆな
恋愛
ロゼリエッタは三歳年上の婚約者クロードに恋をしている。 だけど、その恋は決して叶わないものだと知っていた。 異性に対する愛情じゃないのだとしても、妹のような存在に対する感情なのだとしても、いつかは結婚して幸せな家庭を築ける。それだけを心の支えにしていたある日、クロードから一方的に婚約の解消を告げられてしまう。 失意に沈むロゼリエッタに、クロードが隣国で行方知れずになったと兄が告げる。 けれど賓客として訪れた隣国の王太子に付き従う仮面の騎士は過去も姿形も捨てて、別人として振る舞うクロードだった。 愛していると言えなかった騎士と、愛してくれているのか聞けなかった令嬢の、すれ違う初恋の物語。 他サイト様でも公開しております。 イラスト  灰梅 由雪(https://twitter.com/haiumeyoshiyuki)様

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

【完結】君を迎えに行く

とっくり
恋愛
 顔だけは完璧、中身はちょっぴり残念な侯爵子息カインと、 ふんわり掴みどころのない伯爵令嬢サナ。  幼い頃に婚約したふたりは、静かに関係を深めていくはずだった。 けれど、すれ違いと策略により、婚約は解消されてしまう。 その別れが、恋に鈍いカインを少しずつ変えていく。 やがて彼は気づく。 あの笑顔の奥に、サナが隠していた“本当の想い”に――。 これは、不器用なふたりが、 遠回りの先で見つけた“本当の気持ち”を迎えに行く物語

大好きなあなたを忘れる方法

山田ランチ
恋愛
あらすじ  王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。  魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。 登場人物 ・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。 ・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。 ・イーライ 学園の園芸員。 クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。 ・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。 ・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。 ・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。 ・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。 ・マイロ 17歳、メリベルの友人。 魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。 魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。 ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。

このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。

若松だんご
恋愛
 「リリー。アナタ、結婚なさい」  それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。  まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。  お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。  わたしのあこがれの騎士さま。  だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!  「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」  そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。  「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」  なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。  あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!  わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

【完結】愛とは呼ばせない

野村にれ
恋愛
リール王太子殿下とサリー・ペルガメント侯爵令嬢は六歳の時からの婚約者である。 二人はお互いを励まし、未来に向かっていた。 しかし、王太子殿下は最近ある子爵令嬢に御執心で、サリーを蔑ろにしていた。 サリーは幾度となく、王太子殿下に問うも、答えは得られなかった。 二人は身分差はあるものの、子爵令嬢は男装をしても似合いそうな顔立ちで、長身で美しく、 まるで対の様だと言われるようになっていた。二人を見つめるファンもいるほどである。 サリーは婚約解消なのだろうと受け止め、承知するつもりであった。 しかし、そうはならなかった。

変態婚約者を無事妹に奪わせて婚約破棄されたので気ままな城下町ライフを送っていたらなぜだか王太子に溺愛されることになってしまいました?!

utsugi
恋愛
私、こんなにも婚約者として貴方に尽くしてまいりましたのにひどすぎますわ!(笑) 妹に婚約者を奪われ婚約破棄された令嬢マリアベルは悲しみのあまり(?)生家を抜け出し城下町で庶民として気ままな生活を送ることになった。身分を隠して自由に生きようと思っていたのにひょんなことから光魔法の能力が開花し半強制的に魔法学校に入学させられることに。そのうちなぜか王太子から溺愛されるようになったけれど王太子にはなにやら秘密がありそうで……?! ※適宜内容を修正する場合があります

処理中です...