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第一部:私だけの物語
36.試してみようか
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文通屋からどんな風にして家に帰ったのか、うまく覚えていない。
「ねえ、本当なの」
放心したように過ごしていたら、当の本人がやって来た。私が座るカウチの前に、見上げるほどの長身が立ちはだかる。
私自身が、まるで彼の影にすっぽりと覆われたようになる。
「どうしたの、クリス。今日はお土産ないの?」
「はぐらかすなよ、キャロライン」
努めて明るい声を出したら、青い目が曇った。
「オースティン卿と婚約するって、本当なのかって聞いてる」
肩に手が置かれる。それは思いの外強い力で、食い込んでくる。
「本当だよ」
こんなことで嘘をついても仕方がない。社交界にいればいずれ分かる話だ。
「どういうつもりだよ」
「どういうって言われても……」
散々私のことを行き遅れだと言ったくせに、クリスは責め立てるように言った。
「私もそろそろ結婚しても、いいかなって」
「いいかなって、なんだよ」
項垂れたクリスの顔を銀色の前髪が覆う。彼の手が震えているのが分かる。同じように、声も少し震えていた。
「クリス?」
その顔を覗き込もうとしたところで、ぐっと、肩を押された。
「あんたは何も分かっていない!」
突如世界がくるりと回った。
「きゃっ」
カウチに押し倒されたのだと理解したのは数瞬後。
眼前に見慣れた天井が広がって、その中心にクリスがいた。
「結婚するってことは、こういうことをするってことだぞ」
「分かってるよ」
真剣な色を宿した彼の目と向き合うのが辛くて、私は身を捩って顔を背けた。
貴族が結婚をするのは、家を継ぐ子を儲けるためだ。だから、当然閨事が求められる。愛だとか恋だとか、ましてや運命なんてものは二の次だ。
「ちゃんと、できる」
脳裏によぎったのは、あのキスだった。
あの熱さを、あの感触を、私は頭の中から追い出すことができない。むしろ忘れようとする度に、鮮烈になっていく気さえする。
結婚すれば、それよりもっと先のことをすることになる。よくぼんやりしていると言われる私でも、それぐらいのことは分かる。
「ふうん」
クリスは鬱陶しそうに前髪を払うと、私の頬に手を当てて、強制的に見つめ合わせた。
「なら試してみようか。本当に、できるか」
こつん、と額が触れ合う。
ふわりと、鼻先にさわやかな柑橘と奥行きのある木々の匂いが香った。
ああ、またこの目だ。
潤んだ青い目が、私を一心に見つめる。
視線が絡み合えば、手に取るように分かった。彼が今から何をしようとしているが。
「だめっ」
「ねえ、本当なの」
放心したように過ごしていたら、当の本人がやって来た。私が座るカウチの前に、見上げるほどの長身が立ちはだかる。
私自身が、まるで彼の影にすっぽりと覆われたようになる。
「どうしたの、クリス。今日はお土産ないの?」
「はぐらかすなよ、キャロライン」
努めて明るい声を出したら、青い目が曇った。
「オースティン卿と婚約するって、本当なのかって聞いてる」
肩に手が置かれる。それは思いの外強い力で、食い込んでくる。
「本当だよ」
こんなことで嘘をついても仕方がない。社交界にいればいずれ分かる話だ。
「どういうつもりだよ」
「どういうって言われても……」
散々私のことを行き遅れだと言ったくせに、クリスは責め立てるように言った。
「私もそろそろ結婚しても、いいかなって」
「いいかなって、なんだよ」
項垂れたクリスの顔を銀色の前髪が覆う。彼の手が震えているのが分かる。同じように、声も少し震えていた。
「クリス?」
その顔を覗き込もうとしたところで、ぐっと、肩を押された。
「あんたは何も分かっていない!」
突如世界がくるりと回った。
「きゃっ」
カウチに押し倒されたのだと理解したのは数瞬後。
眼前に見慣れた天井が広がって、その中心にクリスがいた。
「結婚するってことは、こういうことをするってことだぞ」
「分かってるよ」
真剣な色を宿した彼の目と向き合うのが辛くて、私は身を捩って顔を背けた。
貴族が結婚をするのは、家を継ぐ子を儲けるためだ。だから、当然閨事が求められる。愛だとか恋だとか、ましてや運命なんてものは二の次だ。
「ちゃんと、できる」
脳裏によぎったのは、あのキスだった。
あの熱さを、あの感触を、私は頭の中から追い出すことができない。むしろ忘れようとする度に、鮮烈になっていく気さえする。
結婚すれば、それよりもっと先のことをすることになる。よくぼんやりしていると言われる私でも、それぐらいのことは分かる。
「ふうん」
クリスは鬱陶しそうに前髪を払うと、私の頬に手を当てて、強制的に見つめ合わせた。
「なら試してみようか。本当に、できるか」
こつん、と額が触れ合う。
ふわりと、鼻先にさわやかな柑橘と奥行きのある木々の匂いが香った。
ああ、またこの目だ。
潤んだ青い目が、私を一心に見つめる。
視線が絡み合えば、手に取るように分かった。彼が今から何をしようとしているが。
「だめっ」
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