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11 焦がれる
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朝の光が、窓から差し込んでいた。
鳥の声が近くで聞こえる。小屋の天井を見上げながら、佑輝はゆっくりと目を開けた。
――好きだ。
昨日、颯真が言った言葉が、まだ耳の奥に残っている。
焚き火の匂い、風の音、その全てがあの瞬間と結びついて、離れない。
寝返りを打つ。胸の奥が熱いようで、重い。
(好き……って、なんなんだ)
気づけばその言葉を心の中で繰り返していた。
何度も、何度も。まるで呪文のように。
けれど答えは出ない。ただ、心臓の鼓動だけがいつもより速い。
「ユウ、起きた?」
外から声がして、反射的に上体を起こした。
颯真だった。窓の向こう、朝日を背に立つ姿が見える。
「……起きてる」
「よかった。もう出発できる?」
「問題ない」
「よかったぁ。朝ごはん、作っといたよ。食べよう」
颯真は笑って、小屋の扉を開けた。
光の中で振り向く横顔は、昨日と何も変わらない。
その“いつも通り”が、なぜか心をざわつかせた。
(どうして……そんなに平然としていられるんだ)
あの言葉を、軽い気持ちで言ったわけじゃないはずだ。
でも、颯真はまるで何もなかったように振る舞う。
まぶしいほどの笑顔で、「行こう」と言う。
――だからこそ、困る。
丘を越え、二人は山道を進んだ。
風は穏やかで、道には夏の草花が咲いている。
颯真は時折立ち止まり、花を摘んだり、道端の鳥を指差して笑った。
そんな彼の横顔を見ていると、不思議と胸が締め付けられる。
嫌な感情ではない。だが、苦しい。
(俺は、何を期待してるんだ)
そのとき、前方に小さな村が見えた。
山あいにひっそりと佇む、人の温もりのある場所だった。
「わあ、久しぶりに人の声がするね」
颯真は嬉しそうに歩みを速めた。
市場の広場では、農民たちが野菜を並べ、子どもたちが笑っている。
「お兄さん、旅人かい?」
老婆が颯真に声をかけた。
「はい、少しだけ休ませてもらおうと思って」
「いいねぇ。神さまみたいな優しい顔してるね」
「え、そんな……!」
颯真は照れながら笑い、子どもに手を振る。
その姿に、村の人たちが次々と集まってきた。
笑顔、声、温かさ。颯真の周りには、自然と人が集まる。
佑輝は、少し離れた場所でその光景を見ていた。
手を振る颯真。笑う女性。駆け寄る子ども。
そして、なぜか胸の奥が――チクリと痛んだ。
(なんだ、この感情は)
彼の笑顔が、他の誰かに向いている。
それだけのことなのに、なぜこんなに落ち着かないのか。
喉の奥に小さな棘が刺さったようで、息がしづらい。
颯真が振り返り、手を振った。
「ユウも来なよ! このパン、すっごく美味しいって!」
その笑顔に一瞬で心が揺れた。
だが、足は動かない。
(……俺は、何をしてる)
彼の笑顔を奪いたいなんて、思ってはいけない。
そう頭で分かっているのに、心は勝手に痛む。
夕方。
二人は村の外れにある宿に泊まることになった。
窓からは赤く染まる空が見えた。
颯真はベッドの端に腰を下ろし、のんびりと笑う。
「今日は楽しかったね」
「……お前は、よく喋るな」
「村の人たちが優しいんだもん。話したくなるよ」
「……そうか」
うなずきながらも、心はざわめいていた。
颯真が笑っていたあの光景が、何度も頭をよぎる。
自分でも理解できない感情が渦巻く。
颯真が誰と話しても、笑ってもいい。
そうとわかっているのに。
「好きだ」と言われた瞬間から、
その笑顔が、自分のものみたいに感じてしまっている。
「ユウ?」
声をかけられて、はっとした。
気づけば、颯真が心配そうに覗き込んでいる。
「どうしたの? さっきからずっと難しい顔してる」
「……なんでもない」
「嘘だ。何かあったでしょ」
「お前には関係ない」
「あるよ。」
その言葉が、目が、余計に心を揺らす。
どうしてそんなふうに、真っ直ぐ言えるのか。
どうして、そんなに素直なんだ。
「……颯真」
「うん?」
「お前は……昨日のこと、覚えてるのか」
「昨日?」
颯真は少し考えて、ああ、とうなずいた。
「覚えてるよ。“好き”って言ったこと?」
「……軽々しく言うな」
「軽くなんかないよ。今でもそう思ってる」
「……」
その素直さが、正直怖い。
まっすぐで、何の迷いもなくて。
自分の中のぐちゃぐちゃした感情が、余計に際立つ。
「……少し、外に出てくる」
そう言って、宿を出た。
夜風が冷たい。
月が山の端に浮かび、村を青く照らしていた。
風が草を揺らし、遠くで犬が吠える。
佑輝は空を見上げ、息を吐いた。
(好きって、なんだ)
戦いよりも難しい。
何度も死線を越えてきたのに、この感情だけは制御できない。
自分が誰かを想うこと。
誰かを、守りたいと思うこと。
それが、こんなにも苦しいものだとは知らなかった。
背後から、足音が近づく。
振り返ると、颯真が立っていた。
「ユウ、探した。……寒いよ?」
「……お前こそ、外に出るな。風邪を引く」
「それはユウも同じでしょ?あと、ユウがいないと落ち着かないからさ……」
「……そんなこと言うな」
「だって本当だもん」
颯真は笑いながら、隣に立った。
風が二人の間をすり抜け、草木が揺れる。
「風、冷たいね」
「……ああ」
「隣、座ってもいい?」
「勝手にしろ」
並んで腰を下ろす。
肩が触れそうな距離。
風や虫の音が響く夜。
颯真が小さく息を吐く。
「ねえ、ユウ」
「なんだ」
「俺、ユウのことが好きって、言ったけど……困らせた?」
「……」
答えられない。喉が詰まる。
「ごめんね。でもね、それでも言えてよかったって思ってる」
「……なぜだ」
「嘘ついたまま隣にいるより、ちゃんと伝えたかったから」
風が止んで、静寂になる。
月の光が、二人の間に静かに落ちる。
佑輝は目を閉じ、心の奥でそっと呟いた。
――もし、これが“好き”なのだとしたら。
自分はもう、逃げられないのかもしれない。
鳥の声が近くで聞こえる。小屋の天井を見上げながら、佑輝はゆっくりと目を開けた。
――好きだ。
昨日、颯真が言った言葉が、まだ耳の奥に残っている。
焚き火の匂い、風の音、その全てがあの瞬間と結びついて、離れない。
寝返りを打つ。胸の奥が熱いようで、重い。
(好き……って、なんなんだ)
気づけばその言葉を心の中で繰り返していた。
何度も、何度も。まるで呪文のように。
けれど答えは出ない。ただ、心臓の鼓動だけがいつもより速い。
「ユウ、起きた?」
外から声がして、反射的に上体を起こした。
颯真だった。窓の向こう、朝日を背に立つ姿が見える。
「……起きてる」
「よかった。もう出発できる?」
「問題ない」
「よかったぁ。朝ごはん、作っといたよ。食べよう」
颯真は笑って、小屋の扉を開けた。
光の中で振り向く横顔は、昨日と何も変わらない。
その“いつも通り”が、なぜか心をざわつかせた。
(どうして……そんなに平然としていられるんだ)
あの言葉を、軽い気持ちで言ったわけじゃないはずだ。
でも、颯真はまるで何もなかったように振る舞う。
まぶしいほどの笑顔で、「行こう」と言う。
――だからこそ、困る。
丘を越え、二人は山道を進んだ。
風は穏やかで、道には夏の草花が咲いている。
颯真は時折立ち止まり、花を摘んだり、道端の鳥を指差して笑った。
そんな彼の横顔を見ていると、不思議と胸が締め付けられる。
嫌な感情ではない。だが、苦しい。
(俺は、何を期待してるんだ)
そのとき、前方に小さな村が見えた。
山あいにひっそりと佇む、人の温もりのある場所だった。
「わあ、久しぶりに人の声がするね」
颯真は嬉しそうに歩みを速めた。
市場の広場では、農民たちが野菜を並べ、子どもたちが笑っている。
「お兄さん、旅人かい?」
老婆が颯真に声をかけた。
「はい、少しだけ休ませてもらおうと思って」
「いいねぇ。神さまみたいな優しい顔してるね」
「え、そんな……!」
颯真は照れながら笑い、子どもに手を振る。
その姿に、村の人たちが次々と集まってきた。
笑顔、声、温かさ。颯真の周りには、自然と人が集まる。
佑輝は、少し離れた場所でその光景を見ていた。
手を振る颯真。笑う女性。駆け寄る子ども。
そして、なぜか胸の奥が――チクリと痛んだ。
(なんだ、この感情は)
彼の笑顔が、他の誰かに向いている。
それだけのことなのに、なぜこんなに落ち着かないのか。
喉の奥に小さな棘が刺さったようで、息がしづらい。
颯真が振り返り、手を振った。
「ユウも来なよ! このパン、すっごく美味しいって!」
その笑顔に一瞬で心が揺れた。
だが、足は動かない。
(……俺は、何をしてる)
彼の笑顔を奪いたいなんて、思ってはいけない。
そう頭で分かっているのに、心は勝手に痛む。
夕方。
二人は村の外れにある宿に泊まることになった。
窓からは赤く染まる空が見えた。
颯真はベッドの端に腰を下ろし、のんびりと笑う。
「今日は楽しかったね」
「……お前は、よく喋るな」
「村の人たちが優しいんだもん。話したくなるよ」
「……そうか」
うなずきながらも、心はざわめいていた。
颯真が笑っていたあの光景が、何度も頭をよぎる。
自分でも理解できない感情が渦巻く。
颯真が誰と話しても、笑ってもいい。
そうとわかっているのに。
「好きだ」と言われた瞬間から、
その笑顔が、自分のものみたいに感じてしまっている。
「ユウ?」
声をかけられて、はっとした。
気づけば、颯真が心配そうに覗き込んでいる。
「どうしたの? さっきからずっと難しい顔してる」
「……なんでもない」
「嘘だ。何かあったでしょ」
「お前には関係ない」
「あるよ。」
その言葉が、目が、余計に心を揺らす。
どうしてそんなふうに、真っ直ぐ言えるのか。
どうして、そんなに素直なんだ。
「……颯真」
「うん?」
「お前は……昨日のこと、覚えてるのか」
「昨日?」
颯真は少し考えて、ああ、とうなずいた。
「覚えてるよ。“好き”って言ったこと?」
「……軽々しく言うな」
「軽くなんかないよ。今でもそう思ってる」
「……」
その素直さが、正直怖い。
まっすぐで、何の迷いもなくて。
自分の中のぐちゃぐちゃした感情が、余計に際立つ。
「……少し、外に出てくる」
そう言って、宿を出た。
夜風が冷たい。
月が山の端に浮かび、村を青く照らしていた。
風が草を揺らし、遠くで犬が吠える。
佑輝は空を見上げ、息を吐いた。
(好きって、なんだ)
戦いよりも難しい。
何度も死線を越えてきたのに、この感情だけは制御できない。
自分が誰かを想うこと。
誰かを、守りたいと思うこと。
それが、こんなにも苦しいものだとは知らなかった。
背後から、足音が近づく。
振り返ると、颯真が立っていた。
「ユウ、探した。……寒いよ?」
「……お前こそ、外に出るな。風邪を引く」
「それはユウも同じでしょ?あと、ユウがいないと落ち着かないからさ……」
「……そんなこと言うな」
「だって本当だもん」
颯真は笑いながら、隣に立った。
風が二人の間をすり抜け、草木が揺れる。
「風、冷たいね」
「……ああ」
「隣、座ってもいい?」
「勝手にしろ」
並んで腰を下ろす。
肩が触れそうな距離。
風や虫の音が響く夜。
颯真が小さく息を吐く。
「ねえ、ユウ」
「なんだ」
「俺、ユウのことが好きって、言ったけど……困らせた?」
「……」
答えられない。喉が詰まる。
「ごめんね。でもね、それでも言えてよかったって思ってる」
「……なぜだ」
「嘘ついたまま隣にいるより、ちゃんと伝えたかったから」
風が止んで、静寂になる。
月の光が、二人の間に静かに落ちる。
佑輝は目を閉じ、心の奥でそっと呟いた。
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