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12 風の止まる夜に
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翌朝、佑輝はいつもより早く目を覚ました。
窓の外はまだ淡い朝靄に包まれている。
昨日の夜――あの言葉たちが、まだ胸の奥で響いていた。
「嘘ついたまま隣にいるより、ちゃんと伝えたかったから」
そのまっすぐな声が、何度も夢に出てきて、眠りを浅くした。
(あいつは……何を考えてるんだ)
いや、考えてなんていないのかもしれない。
颯真はいつだって、自分の気持ちに素直すぎる。
だからこそ、怖い。
彼の優しさは、刃物みたいに鋭くて、温かいのに痛い。
そのとき、宿の外から人の声がした。
窓を開けると、颯真が村人たちと笑っている。
パンを配り、子どもに頭を撫で、老人の話に相槌を打つ。
まるで太陽だ。
みんなが自然とその光に惹かれていく。
――その光が、自分以外にも向いていることが、少しだけ苦しかった。
「おい、颯真。いつまで話してる」
声をかけると、颯真は振り向いて嬉しそうに笑った。
「ユウ! おはよう! 見て、村の人がパン焼いてくれたんだ」
「……そうか」
「ほら、あったかいうちに食べて」
手渡されたパンから、湯気が立ち上る。
甘い香りが鼻をくすぐるのに、なぜか味がしない。
「美味しくない?」
「いや……そういうわけじゃない」
「よかった」
颯真はにこにこと笑って、自分の分をかじる。
その無邪気さが、羨ましいほどまぶしい。
「……お前は、いつも笑ってるな」
「うん。笑ってた方が、幸せな気持ちになるから」
「幸せ……?」
「うん。自分も周りも笑えば、幸せな気持ちになる。もちろん、ユウが笑ってくれたらもっと幸せ!」
まるで愛の言葉のように、あっけらかんと言う。
それが冗談なのか本気なのか、佑輝には分からない。
ただ、心臓が跳ねた。
(なんなんだ、こいつは……)
言葉にできない感情が胸の奥をかき乱す。
それでも目を離せない。
このまっすぐさを、どう扱えばいいのか分からない。
昼過ぎ、村人が困ったように駆け寄ってきた。
「すまない、旅の方。南の畑で家畜が逃げ出してしまって……」
「手伝おうか?」
即座にそう言ったのは颯真だった。
「俺、こういうの得意だから!」
「助かる!」
颯真は嬉しそうに笑い、走り出す。
その背中を見送りながら、佑輝は拳を握った。
(また……勝手に)
心配なのに、止められない。
彼の自由さは眩しくて、同時に恐ろしい。
結局、颯真は村人たちと一緒に家畜を追い戻し、子どもたちに囲まれて笑っていた。
夕陽に照らされたその姿が、絵のように美しかった。
それを見て、胸の奥がずきりと痛む。
「……なんで、そんな顔をするんだ」
自分に向けた問いは、夕陽の空に消えていった。
夜。
宿の明かりの下、二人は向かい合って座っていた。
颯真は湯気の立つスープを手にして、にこにこしている。
「村の子どもがくれたんだ。優しいよね」
「お前は、すぐ誰とでも仲良くなるな」
「うん。だって、みんな笑ってくれるんだもん」
「……」
頬杖をついて、その笑顔を見つめる。
颯真は本当に、世界を信じているような顔をしている。
その無邪気さが、羨ましくて、憎らしくて。
なのに――どうしようもなく愛しく感じる。
「ユウ、そんなに見てどうしたの?」
「……別に」
「俺の顔になんかついてる?」
「……いや」
目を逸らす。
心の中がざらざらと波立って、落ち着かない。
颯真は少し首をかしげて笑った。
「ねえユウ、やっぱり困らせちゃった?」
「……あの告白のことか」
「うん。でも、返事はいらないって言ったのに、ユウがずっと難しい顔してるから」
「……そう簡単に割り切れる話じゃない」
「そうだね。でも、俺は待つよ」
「待つ?」
「ユウが俺を見て、少しでも“好き”って思えたら、それでいい」
そう言って、颯真は微笑んだ。
月の光がその横顔を照らし出す。
悪魔と思えないくらい儚く、美しい笑顔だった。
――その瞬間、佑輝は心のどこかで理解していた。
この訳の分からない感情から逃げることは、もうできないと。
(好きって、なんだろうな)
その答えを探すように、彼はそっと颯真の名を呼んだ。
「颯真」
「ん?」
「……お前は、どうしてそんなにまっすぐなんだ」
「だって、風は嘘をつかないから」
「……そういうところだ」
「え?」
「お前は、風みたいで……掴めない」
「掴まえればいいのに」
軽い冗談のように言うのに、その瞳は真剣だった。
佑輝は息を呑んだ。
「……無理だ」
「どうして?」
「掴んだら、壊しそうだから」
沈黙。
風の音が、窓を揺らした。
その静寂を破るように、颯真が小さく笑った。
「壊れないよ。俺、けっこう強いから」
その声が優しくて、佑輝は何も言えなくなった。
その夜。
灯りが消えた部屋の中で、佑輝は目を閉じられずにいた。
隣のベッドから、颯真の穏やかな寝息が聞こえる。
その呼吸のひとつひとつが、なぜか心を締めつけた。
(“好き”って、なんだ)
ただ隣にいるだけで、苦しい。
けれど、離れたくない。
この痛みが、いつか甘さに変わるのだろうか。
月光が揺れた。
風が静かに窓を叩く。
佑輝は小さく呟いた。
「……お前のことを考えると、胸が痛い」
その声は誰にも届かない。
けれど確かに、夜が静まり返った。
まるで自然そのものが、佑輝を見守るように――。
窓の外はまだ淡い朝靄に包まれている。
昨日の夜――あの言葉たちが、まだ胸の奥で響いていた。
「嘘ついたまま隣にいるより、ちゃんと伝えたかったから」
そのまっすぐな声が、何度も夢に出てきて、眠りを浅くした。
(あいつは……何を考えてるんだ)
いや、考えてなんていないのかもしれない。
颯真はいつだって、自分の気持ちに素直すぎる。
だからこそ、怖い。
彼の優しさは、刃物みたいに鋭くて、温かいのに痛い。
そのとき、宿の外から人の声がした。
窓を開けると、颯真が村人たちと笑っている。
パンを配り、子どもに頭を撫で、老人の話に相槌を打つ。
まるで太陽だ。
みんなが自然とその光に惹かれていく。
――その光が、自分以外にも向いていることが、少しだけ苦しかった。
「おい、颯真。いつまで話してる」
声をかけると、颯真は振り向いて嬉しそうに笑った。
「ユウ! おはよう! 見て、村の人がパン焼いてくれたんだ」
「……そうか」
「ほら、あったかいうちに食べて」
手渡されたパンから、湯気が立ち上る。
甘い香りが鼻をくすぐるのに、なぜか味がしない。
「美味しくない?」
「いや……そういうわけじゃない」
「よかった」
颯真はにこにこと笑って、自分の分をかじる。
その無邪気さが、羨ましいほどまぶしい。
「……お前は、いつも笑ってるな」
「うん。笑ってた方が、幸せな気持ちになるから」
「幸せ……?」
「うん。自分も周りも笑えば、幸せな気持ちになる。もちろん、ユウが笑ってくれたらもっと幸せ!」
まるで愛の言葉のように、あっけらかんと言う。
それが冗談なのか本気なのか、佑輝には分からない。
ただ、心臓が跳ねた。
(なんなんだ、こいつは……)
言葉にできない感情が胸の奥をかき乱す。
それでも目を離せない。
このまっすぐさを、どう扱えばいいのか分からない。
昼過ぎ、村人が困ったように駆け寄ってきた。
「すまない、旅の方。南の畑で家畜が逃げ出してしまって……」
「手伝おうか?」
即座にそう言ったのは颯真だった。
「俺、こういうの得意だから!」
「助かる!」
颯真は嬉しそうに笑い、走り出す。
その背中を見送りながら、佑輝は拳を握った。
(また……勝手に)
心配なのに、止められない。
彼の自由さは眩しくて、同時に恐ろしい。
結局、颯真は村人たちと一緒に家畜を追い戻し、子どもたちに囲まれて笑っていた。
夕陽に照らされたその姿が、絵のように美しかった。
それを見て、胸の奥がずきりと痛む。
「……なんで、そんな顔をするんだ」
自分に向けた問いは、夕陽の空に消えていった。
夜。
宿の明かりの下、二人は向かい合って座っていた。
颯真は湯気の立つスープを手にして、にこにこしている。
「村の子どもがくれたんだ。優しいよね」
「お前は、すぐ誰とでも仲良くなるな」
「うん。だって、みんな笑ってくれるんだもん」
「……」
頬杖をついて、その笑顔を見つめる。
颯真は本当に、世界を信じているような顔をしている。
その無邪気さが、羨ましくて、憎らしくて。
なのに――どうしようもなく愛しく感じる。
「ユウ、そんなに見てどうしたの?」
「……別に」
「俺の顔になんかついてる?」
「……いや」
目を逸らす。
心の中がざらざらと波立って、落ち着かない。
颯真は少し首をかしげて笑った。
「ねえユウ、やっぱり困らせちゃった?」
「……あの告白のことか」
「うん。でも、返事はいらないって言ったのに、ユウがずっと難しい顔してるから」
「……そう簡単に割り切れる話じゃない」
「そうだね。でも、俺は待つよ」
「待つ?」
「ユウが俺を見て、少しでも“好き”って思えたら、それでいい」
そう言って、颯真は微笑んだ。
月の光がその横顔を照らし出す。
悪魔と思えないくらい儚く、美しい笑顔だった。
――その瞬間、佑輝は心のどこかで理解していた。
この訳の分からない感情から逃げることは、もうできないと。
(好きって、なんだろうな)
その答えを探すように、彼はそっと颯真の名を呼んだ。
「颯真」
「ん?」
「……お前は、どうしてそんなにまっすぐなんだ」
「だって、風は嘘をつかないから」
「……そういうところだ」
「え?」
「お前は、風みたいで……掴めない」
「掴まえればいいのに」
軽い冗談のように言うのに、その瞳は真剣だった。
佑輝は息を呑んだ。
「……無理だ」
「どうして?」
「掴んだら、壊しそうだから」
沈黙。
風の音が、窓を揺らした。
その静寂を破るように、颯真が小さく笑った。
「壊れないよ。俺、けっこう強いから」
その声が優しくて、佑輝は何も言えなくなった。
その夜。
灯りが消えた部屋の中で、佑輝は目を閉じられずにいた。
隣のベッドから、颯真の穏やかな寝息が聞こえる。
その呼吸のひとつひとつが、なぜか心を締めつけた。
(“好き”って、なんだ)
ただ隣にいるだけで、苦しい。
けれど、離れたくない。
この痛みが、いつか甘さに変わるのだろうか。
月光が揺れた。
風が静かに窓を叩く。
佑輝は小さく呟いた。
「……お前のことを考えると、胸が痛い」
その声は誰にも届かない。
けれど確かに、夜が静まり返った。
まるで自然そのものが、佑輝を見守るように――。
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