あはれの継続

宮島永劫

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平成二十三年 悲しみ

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よっちゃん

 よっちゃん 元気かい
 私は元気だよ
 もうすぐ三月だね
 屋敷の梅がきれいなんだ
 いい匂いが漂ってくるよ
 昔の人は風流さ
 万葉集の梅花の歌
 三十二首の序文だよ

  初春令月 
  気淑風和
  梅披鏡前之粉
  蘭薫珮後之香

  しょしゅん令月れいげつにして 
  気淑きよ風和かぜやわ
  梅はきょうぜんひらき 
  蘭ははいこうを薫す

 山田村はたくさん梅が植えてあるから
 どこからか甘い香りが漂ってきて心地よいんだ
 なんだか梅干を食べたくなっちゃった
 風流解さず
 えへへ

 山田村はまだまだ寒いよ
 雷山から吹いてくる風は冷たいよ
 東京はお山がないから暖かいかな

 よっちゃん
 胸騒ぎがするんだ
 とても悲しいことが起きるような
 気がするんだ
 よっちゃんのことが心配だよ
 自分を大事にしてね
 よっちゃんは中島家の世継ぎ
 山田村の宝だから
 自分の命を守ってね
 私はよっちゃんの傍に行きたいよ
 でも行けないから
 自分で命を守る行動をとってね
 よっちゃんと同じように
 私の代わりはいないから
 私も命を守る行動をするよ
 自分を大事にするよ
 だから安心してね

 私は毎日雷様にお祈りしてるよ
 昔のしんちゃんと同じように
 雷様にお祈りしてるんだ

 私の大切な人をお守り下さい
          
              しんいちろう

  ⚡  ⚡  ⚡  ⚡  ⚡  ⚡

 しんちゃん、本当は難しい文章を書けるのに僕にはわざと分かりやすくて暖かいお手紙をくれるんだ。幼い頃から変わらない、とても優しい文章だ。だから余計に心に沁みるんだ。
 しんちゃんはすごく敏感だ。しんちゃんは二月の半ばくらいから、
「もうすぐ雷様が悲しむようなことが起きる気がします。怖いです」
っておじいちゃんに言ってたんだ。しんちゃんは歴史に詳しいから災害の周期を知っている。その上、しんちゃんは勘が鋭い。誰よりも純粋で、変な理屈を考えないからしんちゃんは野生動物なみの予知能力があるっておじいちゃんが言ってた。その上、しんちゃんは優しいから悲しみが深い。しんちゃんは毎日、雷様にお祈りをしている。

 しんちゃんの勘は当たった。

 三月十一日(金)十四時四十六分、僕は高校にいた。六限目、物理の演習をやっていた時に強い揺れを感じた。窓ガラスの破片の飛散を防ぐために先生とともに窓際の席の中山君や伊藤君がカーテンを閉めた。普段ならすぐに揺れが収まるのに、この時は長く続いた。僕らは全員、机に潜り込んだ。揺れが収まると人員確認して校庭に上履きのまま避難した。初めての体験、怖かったよ、本当に。
 その後のニュースで改めて巨大地震の恐ろしさを知った。宮城、岩手、福島の三県を中心に死者、行方不明者が多すぎて涙が溢れた。悲しみは突然やってくる。
 震源から遠く離れた山田村に被害はなく全員無事だった、と宮本さんから連絡があった。しばらくはガソリンが手に入らなかったので桐間さんは来なかった。桐間さんが来ないと山田村の美味しい農産物を食べれない。日常になかなか戻れない、悲しみが続く。

 今年の夏休みは山田村に行かず、静かに過ごすことにした。僕らはいつも笑っていたいんだけど今年は心から笑えないような気がしたからだ。しんちゃんは優しいから僕を気遣ってくれる。きっと無理して頑張っちゃうんだ。だから、しんちゃんに会うのをやめておくことにしたんだ。学校と塾と家で勉強する。勉強できることを本当に有難いと思った。僕は今できること、やるべきことを一生懸命頑張ることにした。
 被災地の方々は大変だ。今もたくさんの人が避難生活を強いられている。住み慣れた故郷を離れるだけでも大変なのに慣れない土地の避難所で集団生活を送っていらっしゃる。その心労は計り知れない。悲しみが深い。僕は自分の無力さを思い知ったんだ。でも、しんちゃんが大事にしてってお手紙に書いてくれたから僕は自分を大事にして頑張ることにした。しんちゃんも自分を大事にするって書いていたからきっと大丈夫だ。僕はしんちゃんとずっと一緒にいたいから今を頑張って生きようと決めたんだ。


大伴家持 編、「万葉集」、内閣府HPなど
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