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第37話 街へ帰る
しおりを挟む着いた先は見覚えのある場所。迷宮の入口のある――あった――荒野だった。とはいえ、入口跡からは離れている。街との間に広がる森のすぐ手前だった。
息をついた。寝転がった。背中で砂利が快かった。大地は温かく、目に差し込む日差しもまた暖かかった。少なくとも全身を風になぶられていたさっきまでよりは。
もう一度大きく息を吸い、吐いた。もう一度。もう一度。今さら震えが体を走る。むずかる子供のように手足を動かし、地面をなでた。揉まれるような土と小石の感覚が心地良かった。
上体を起こし、また息をついて背を丸める。九年ぶり、いや六、七年ぶりだろうか。体力も魔力も使い切った、運も含めて走り抜けた、命まるごとで切り抜けたこの感覚は。
「やったな」
ああ、やった。自分でそううなずいて、笑った。
そうして喉の奥を鳴らした。とんだ間抜けだ、あの龍は。あの巨体で最初からウォレスを狙っていれば、執拗に狙っていたならば。ウォレスなどはものの数でもなかったはずだ。それを遊んでいるからこうなった、寝覚めで伸びでもしていたか。
先に本気になった俺が勝った、それだけだ。切り札は先に使って叩き潰すものだ、相手に手も足も出させずに。それが分かっていなかったとはお笑いぐさだ、喪失迷宮ともあろうものが。
「はあ……ふふ」
何度目かの息をつき、どれほどそこで日に当たっていたか。地面そのものになってしまったかのように。
だが不意に思い出す。
俺の部屋が――迷宮ごと――なくなって、いったいどこに帰ればいいんだ?
ああ、そうか。街だ、俺の育った街。あいつらのいる街。俺の、街。
微笑んで立ち上がり、森の中へと歩き出す。
喉が渇いた。あいつらに財布の限り麦酒をおごらせなきゃな。
森のその辺りは龍が通った場所ではないらしく、木々は変わらず残っていた。
ウォレスの手は震えていた。膝も。冷え切った足の先はそこに地面があるか確かめるように、何度も何度も指を縮めては開いていた。
ウォレスの見知った街はなかった。もちろん、王城と大聖堂が崩れたのは見た。それだけで国としては大打撃だ、中枢がごっそりなくなったのだから。それでもたとえば王族なら、王や王太子らは死んだとしても。他家に嫁いでいった王女たち――あの王女の妹ら――もいるだろう。そうした者らを旗頭に、どうにかするだろうと思っていた。
街はなかった。龍がその体で剃り取った場所だけではなかった、街の全てが、程度の差はあれそれぞれに、壊れていた。
土壁造りの民家の壁を、突き崩したのは一抱えほどの積み石の塊。石造りの館を粉々にしたのも、商店一帯を軒並み突き崩したのも、広場に横たわる人々の頭を潰し腹を打ち抜いたのも。喪失迷宮の、地下七百二十四階の、山より高いあの龍の、破片。天のあれほど高みから降り注いだ欠片。
泣き叫ぶ子供の傍らで瞬き一つしない、親らしき者の背に刺さるのは。血を流した人々の、動かない体をいくつもいくつも、路地に縫い止めたようにいくつもいくつも突き刺すのは。九万八千三百五十一振りの剣のうちの一部、六万三千九百三十七本の槍のうちの一部。ほんの一部。
その残りや七万四千七百九十六丁の斧と四万六千二百四十三振りの刀とそれ以上の他の武器は、どこかに、誰かに、突き刺さっているだろう。この街で。
「おい……」
すすり泣く声であったり誰かの怒号であったり、争うような物音であったり。火を使っているところを崩されたか、瓦礫の中から燃え広がる火の音であったり。音と声の渦の中、ウォレスだけが静かにつぶやいた。
どこだ、ここは。どこなんだ。俺のいた街は。
「やったのか」
俺がやったのか。
つぶやいてみた後で、そのとおりだと気づいた。
「バカな」
つぶやいてみてももう嘘にはならず、歩いた。ただ歩いた、そうしているより仕方がなかった。
しばらく歩いてようやく思う。王城へ、王城へ行こう。他の奴は分からないが、ディオンがいる。近くにシーヤも。
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