#秒恋7 それぞれの翌日――壊れた日常を取り戻すために

ReN

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piece4 それぞれの翌々日

悠里――発熱

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「姉ちゃん……大丈夫?」
遠慮がちなノックと、ドア越しに心配そうな声が聞こえる。

「ん……」
悠里は、重い瞼を上げた。
もう、朝か。起きなくちゃ。
ラグの上で丸くなっていた身体に、力を込める。

喉が、引き攣れるように痛い。
返事をしようにも上手く声が出せなくて、悠里は咳き込んでしまう。

「姉ちゃん……」
ドアの外から、心配の気配が漂ってくる。
「ま、待ってね」
掠れた声で必死に答え、悠里は鉛のように重い身体を起こした。
節々が、痛い。
昨夜、ラグの上で寝てしまったからだろうか。
パサリ、と自分の肩から落ちた彼のジャケットを見つめ、悠里は頭を押さえる。

気怠い身体を引き摺るようにして、悠里はドアを開けた。
「おはよ、悠人」
悠里の顔を見た瞬間、弟の目が見開かれた。

「わ、姉ちゃん大丈夫?」
「え……?」
「絶対熱あるでしょ!」
悠人が、矢継ぎ早に声を掛けてくる。

「オレ、体温計取ってくる。何か飲み物も!あと他に欲しいもんある? 食べたいものは?」
「え……え?」
オロオロと、悠里は瞬きを繰り返す。

業を煮やした悠人が、姉の肩に手を掛け、くるりと身体を反転させる。
「とにかく姉ちゃんはベッド入って!」
そのまま背を押され、悠里は部屋の中へと戻された。
「待ってて!」
弟が、階段を駆け降りていく音が聞こえた。


悠里は、茫然と立ち尽くす。
ふらふらと彷徨わせた視線の先に、彼のジャケットがあった。
おぼつかない足取りで拾い上げていると、階段をバタバタと登ってくる足音が迫ってきた。
慌てて、ジャケットを持ったまま、ベッドに潜り込む。
これを、悠人に見られるわけにはいかない。


「はい姉ちゃん、熱測るよ!」
「は、はい」
弟の手が悠里の前髪を掻き上げ、体温計をかざす。
ピッと音がし、体温を確認した悠人が目を剥いた。
「ほらー、38.6!」
「あ……」

思えば、一昨日の夜、寒気に襲われながら何度もシャワーを浴びた。
髪も、ろくに乾かさずにベッドに入った。
昨夜に至っては、ベッドにすら入らず、ラグの上で丸くなって眠った。

こんなことをしていれば、風邪をひくのも当然だ。
悠里は、気まずそうに目を伏せる。


頭の上から、弟の声が降ってきた。
「もう今日は寝てて! 家事は全部、オレやるから!」
「え……?」

悠里は、グラグラ揺れる視界を堪えつつ、弟を見つめる。
「でも、悠人……部活が……」
「休むよ」
事も無げに答える彼に、慌てて悠里はかぶりを振る。
「そんな、ダメだよ。大丈夫だから、行ってよ」
「いいって」
「でも……」
悠人が、怒ったような声を出す。
「こんな姉ちゃん、放って行けるわけないじゃん!」


言葉に詰まった姉を見て、悠人は畳み掛ける。
「姉ちゃん、いま自分がどんな顔してるかわかってる? 目の下、クマすごいし、顔色真っ青だよ?」

「そんな……大袈裟だよ」
悠里は掠れた声で、不器用に笑う。
「昨日も言ったでしょ。ちょっと、胃腸風邪ひいただけだってば」
瞬間、悠人の目が吊り上がった。
「なに誤魔化そうとしてんの?」

語気鋭く問われ、悠里は思わず、ビクッと肩を竦める。
「こんなしんどそうで、声だってガラガラなのに! なんでそんな無理しようとすんの? 姉ちゃん、ちょっとおかしいよ。どうしたの」


悠里は、グッと唇を噛み締める。
異変が体調不良だけではないと、弟に勘付かれている。

いつも通りにできていない。
そんな自分が嫌だ。

我知らず、悠里の声は震えた。
「ごめん……姉ちゃん、おかしいかな……」


悠人が、ガシガシと頭を掻き、はぁっと短く溜め息をつく。
「……ごめん。怒ってるんじゃないから」
「ううん……私こそ、ごめん」
「とにかく、」
幾分、口調を和らげ、悠人が言った。

「心配しないでいいから、ゆっくり休みなよ。何か、食べたいものある? 姉ちゃん結局、昨日の晩ごはん、食べてないでしょ」
「う、うん。あんまり、食欲なくて」

曖昧な微苦笑を零した悠里を見つめ、弟はたしなめる。
「ちょっとは食べないと、治んないよ?」
「んー……じゃあ、ヨーグルト、食べようかな」

彼を納得させるために、悠里は、いまの自分でも口に入れられそうなものを答える。
ヨーグルトならば冷蔵庫にあるし、胃にも優しいだろう。

悠人は、大きく頷いた。
「オッケ。じゃあヨーグルト持ってくる」
「うん。ありがとう」
弟が、また慌ただしく部屋を出て、階段を駆け降りていく。

悠里は細い息を吐き、そっとベッドから身を起こした。
彼のジャケットが、外から見えないように。
悠里は、ジャケットを太もも辺りに広げ、上から布団を掛ける。
そうしているうちに、また悠人の足音が迫ってきた。

上半身を起こしている悠里を見ると、悠人は、にこりと頬を緩めてくれた。
「とりあえずヨーグルト。あとこれ、スポドリね」
「ありがとう、悠人」

弟は、ヨーグルトとスプーンを悠里に手渡す。
そして、スポーツドリンクのペットボトルをサイドテーブルに置いた。

悠人がじっと、悠里の手元を見つめている。
いま食べないと、悠人は納得してくれないだろう。
悠里は、小さな微笑を浮かべて、弟を見上げた。
「いただきます」

小さなカップのヨーグルト。
それでも、喉を通らない。
悠里は少しずつ、少しずつ食べる。
けれど半分くらいで諦め、おずおずと悠人の顔色を窺った。
「……ごめん。もうお腹いっぱいかな」

悠人の顔は曇ったが、思い直したように、優しく微笑んでくれる。
「そっか。まだ食欲ないかあ」
「うん。ごめんね」
悠人は首を横に振り、もう一度、笑ってみせた。

「仕方ないよ。また食欲出たら、食べな?」
そうして、悠里からヨーグルトとスプーンを受け取る。
「じゃあ、姉ちゃんはゆっくり寝てて。オレ、買い物行って来るから。何か欲しいもんある?」
「ううん。大丈夫」

悠人は頷き、ドアに向かって歩き始めた。
部屋を出る前に、ヒラヒラと手を振る。
「じゃあ、おやすみ」
「うん。ありがとう、悠人」
パタン、と静かにドアが閉められた。


悠里は、弟への申し訳なさと、ありがたさを感じながらペットボトルを手に取る。
冷えた水分は、喉と身体に沁み入るようで、心地よかった。

これ以上、弟に心配をかけたくない。
早く、熱を下げなくては。

とにかく寝よう。
悠里は、ベッドに横になる。
そうして、太ももに掛けていたジャケットを引き上げた。
そのまま、肩を包み込むように掛け、目を閉じる。


まるで、お護りだ。
ジャケットに包まれていれば、怖い夢も、吐き気も来ない。
ゆっくり、眠ることができる……

悠里はそんな、安心感を持っていた。


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