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5、大団円
石塔 ——緋色の魔女の飛来
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お家騒動に決着がついてから1週間が過ぎた日の、宵の口のころ。
グリンガルドの石塔屋上から臨む対岸の、王宮の向こうのグレープフルーツ色に染まっていた空が徐々に青味をまして行くのを、クリスティアナは静かに眺めていた。
渋い銀色に紺色の差しが入った祖父のドレスに、アラクネーの手袋をはめて。緋色の魔女スカーレットの姿が西の空に現れるのをじっと待っている。
飛来予告は『空が群青色に染まる頃の西の空から』だったけれど。
祖父の亡くなった晩のテラスに初めてお迎えしてから4年余り。魔法の箒に乗って飛んで来る魔女を着地地点でお出迎えしたいと、ずっと思っていた。
それを一度も叶えていなかったクリスティアナは、今日こそはと意気込んでいる。
「お嬢、空気が冷えてきた。これ羽織ってて」
執事服姿のジュードが、モーリスに渡されていたウールのショールをクリスティアナに差し出す。「寒くないですよ?」とクリスティアナが首を傾げると、「ちっ」と鋭い舌打ちが返ってきた。
「病み上がりのくせに。お嬢は自分の丈夫さを過信し過ぎてるよね? 今回の件だって、もっと早く僕を呼び出していてもよかったんじゃないの? それを、」
「羽織ますっ 羽織ますから! もう許してくださいってばっ」
クリスティアナが、ジュードの鋭い舌打ちから始まった小言をぶった斬る。
差し出す彼の手からぱっとショールを奪い取り、勢いのままふわっと開いて体に巻きつけた。
実は、お家騒動が決着した後、クリスティアナは派手な無理が祟って3日ほ寝込んでしまった。
起き上がれるようになってすぐ、忠臣モーリスと兄貴分のラウルに、蠱毒の呪いを受けたことを、厳しく、それはもう情け容赦なく徹底的に糾弾され、対応策をすぐに吐き出せと迫られた。
それで、護衛としても優秀で才気にも溢れるジュードを自分の秘書とし、ついでにモーリスの後継者とする提案をした。
望んで裏方に回っていたジュードだったけれど、今回、表立ってクリスティアナに関われなかったことが、かなり堪えたらしく、とうとう表に出ることに同意してくれたのだ。
執事長のモーリスも騎士団長ラウルもそれならばと賛成してくれたから、職務の移動自体は問題なかったのだけれど。
以来ジュードは、ラウル&モーリス公認の小言魔と化している。
ちなみに、ジュードの抜けた諜報部隊再編のため、ラウルは3日前に3隊長を連れて所領へ向かった。それと入れ替わるように、義父レオナルドが、グリンガルド王都邸に引っ越してきた。
叔父ではなく、義父である。クリスティアナは、夜会に侵入してラウルと脱兎の逃亡を図ったその足で国王の執務室に舞い戻り、さくっと当主権限を行使して養子縁組の申請を済ませていた。
継承の義の当日で、立会人として領地侯爵代理のラウルがいて、必要な印章も揃っていたからできた荒技ではあったけれど。
寝込んでいた、その一番具合の悪い日を選んで王都邸に呼び出した。
何事かと飛んできてくれたレオナルドに、演技ではなく、本気の息も絶え絶えの有り様で「・・・実は、継承の義の後に、一応ですね戸籍を確認したのです。祖父の嫡男ジョエル氏が戸籍から外れて人材不足を感じていたところ、次男の欄にレオナルド・グリンガルドという人を見つけたのす。で、ちょっと義父にしておきました」と伝えると、驚愕に言葉もない様子だったけれども。
そこに侯爵家のラスボス、老年侍女頭カーラの「まぁ、さすがですねティナ様。レオ坊ちゃんをお父君に選ぶなんて、お目が高いですよ。嬉し過ぎてカーラの寿命も延びました。(ここで涙ぐんで)さあさあ、ちゃんとお薬を飲んでおやすみくださいまし。立派な父君がいらっしゃるのですから、安心して寝ていられますね?」と畳み掛けるような援護をもらって押し切った。
そんなこんなで、ようやく平穏が訪れたグリンガルドの王都邸に、約束通り、先代当主オーウェン腐れ縁の先王ヘンリと緋色の魔女を招待することになり、それが、決着から1週間を経た今日だった。
クリスティアナは、ショールを体に巻き付けつつ、なんとかジュードのお小言をかわそうと空に視線を巡らせて。
まんまとそれを視線に捉えた。
途端に胸がふわっと浮き立つ。
「ジュード、あれ!」
群青色に染まり切った西の空。ポツンと小さな灯りがこちらに向かって飛んでくる。
灯りの正体は、魔法の箒の柄にぶら下がった魔道具のカンテラだ。
クリスティアナが待ち構えているのを分かっていて、目印としてくれたのだろう。
そして、みるみる近づいてくる灯りの速さたるや!
黒いローブをはためかせ、過ぎ去る風に緋色の髪を靡かせて。
飛来した魔女は、石塔上空に到達すると、減速のためクリスティアナの頭上でくるりと一旋して、そのまま垂直にふわりと下降した。
その素晴らしい箒捌きに、クリスティアナのときめきが止まらない。
「おばさまっ いらっしゃいませっ」
「ティナ、ご機嫌よう。侯爵位継承、おめでとう。あらジュード、今日はその姿なのね。ふふっ」
緋色の魔女は、ジュードの執事服姿を見て悪戯っぽく笑いながら、目を爛々と輝かせて魔法の箒を見ているクリスティアナに、自然な動作でアッシュの木にブルームを使ったお手製の空も飛べる魔法の箒を渡した。
なんて素敵なの!
魔女の魔法は、普通の魔法ではない。もちろん、魔術とも違うのだ。住処とする森に語りかけ共鳴し、同化して、魔女の森に溢れている力を借り受け、魔法に転化する。
箒で空を飛べるのは、魔女の森のアッシュとブルームの特性を存分に見極めて生かした緋色の魔女の大技である。
「はぁ、この空飛ぶ箒、素敵すぎて眩暈がします」
「眩暈って、ちょっとお嬢、また熱がぶり返したんじゃないよね!?」
「ふふふ、ティナは、最強の右腕を手に入れたのね?」
こんな風に、和やかに?
その日の夜は始まった。
グリンガルドの石塔屋上から臨む対岸の、王宮の向こうのグレープフルーツ色に染まっていた空が徐々に青味をまして行くのを、クリスティアナは静かに眺めていた。
渋い銀色に紺色の差しが入った祖父のドレスに、アラクネーの手袋をはめて。緋色の魔女スカーレットの姿が西の空に現れるのをじっと待っている。
飛来予告は『空が群青色に染まる頃の西の空から』だったけれど。
祖父の亡くなった晩のテラスに初めてお迎えしてから4年余り。魔法の箒に乗って飛んで来る魔女を着地地点でお出迎えしたいと、ずっと思っていた。
それを一度も叶えていなかったクリスティアナは、今日こそはと意気込んでいる。
「お嬢、空気が冷えてきた。これ羽織ってて」
執事服姿のジュードが、モーリスに渡されていたウールのショールをクリスティアナに差し出す。「寒くないですよ?」とクリスティアナが首を傾げると、「ちっ」と鋭い舌打ちが返ってきた。
「病み上がりのくせに。お嬢は自分の丈夫さを過信し過ぎてるよね? 今回の件だって、もっと早く僕を呼び出していてもよかったんじゃないの? それを、」
「羽織ますっ 羽織ますから! もう許してくださいってばっ」
クリスティアナが、ジュードの鋭い舌打ちから始まった小言をぶった斬る。
差し出す彼の手からぱっとショールを奪い取り、勢いのままふわっと開いて体に巻きつけた。
実は、お家騒動が決着した後、クリスティアナは派手な無理が祟って3日ほ寝込んでしまった。
起き上がれるようになってすぐ、忠臣モーリスと兄貴分のラウルに、蠱毒の呪いを受けたことを、厳しく、それはもう情け容赦なく徹底的に糾弾され、対応策をすぐに吐き出せと迫られた。
それで、護衛としても優秀で才気にも溢れるジュードを自分の秘書とし、ついでにモーリスの後継者とする提案をした。
望んで裏方に回っていたジュードだったけれど、今回、表立ってクリスティアナに関われなかったことが、かなり堪えたらしく、とうとう表に出ることに同意してくれたのだ。
執事長のモーリスも騎士団長ラウルもそれならばと賛成してくれたから、職務の移動自体は問題なかったのだけれど。
以来ジュードは、ラウル&モーリス公認の小言魔と化している。
ちなみに、ジュードの抜けた諜報部隊再編のため、ラウルは3日前に3隊長を連れて所領へ向かった。それと入れ替わるように、義父レオナルドが、グリンガルド王都邸に引っ越してきた。
叔父ではなく、義父である。クリスティアナは、夜会に侵入してラウルと脱兎の逃亡を図ったその足で国王の執務室に舞い戻り、さくっと当主権限を行使して養子縁組の申請を済ませていた。
継承の義の当日で、立会人として領地侯爵代理のラウルがいて、必要な印章も揃っていたからできた荒技ではあったけれど。
寝込んでいた、その一番具合の悪い日を選んで王都邸に呼び出した。
何事かと飛んできてくれたレオナルドに、演技ではなく、本気の息も絶え絶えの有り様で「・・・実は、継承の義の後に、一応ですね戸籍を確認したのです。祖父の嫡男ジョエル氏が戸籍から外れて人材不足を感じていたところ、次男の欄にレオナルド・グリンガルドという人を見つけたのす。で、ちょっと義父にしておきました」と伝えると、驚愕に言葉もない様子だったけれども。
そこに侯爵家のラスボス、老年侍女頭カーラの「まぁ、さすがですねティナ様。レオ坊ちゃんをお父君に選ぶなんて、お目が高いですよ。嬉し過ぎてカーラの寿命も延びました。(ここで涙ぐんで)さあさあ、ちゃんとお薬を飲んでおやすみくださいまし。立派な父君がいらっしゃるのですから、安心して寝ていられますね?」と畳み掛けるような援護をもらって押し切った。
そんなこんなで、ようやく平穏が訪れたグリンガルドの王都邸に、約束通り、先代当主オーウェン腐れ縁の先王ヘンリと緋色の魔女を招待することになり、それが、決着から1週間を経た今日だった。
クリスティアナは、ショールを体に巻き付けつつ、なんとかジュードのお小言をかわそうと空に視線を巡らせて。
まんまとそれを視線に捉えた。
途端に胸がふわっと浮き立つ。
「ジュード、あれ!」
群青色に染まり切った西の空。ポツンと小さな灯りがこちらに向かって飛んでくる。
灯りの正体は、魔法の箒の柄にぶら下がった魔道具のカンテラだ。
クリスティアナが待ち構えているのを分かっていて、目印としてくれたのだろう。
そして、みるみる近づいてくる灯りの速さたるや!
黒いローブをはためかせ、過ぎ去る風に緋色の髪を靡かせて。
飛来した魔女は、石塔上空に到達すると、減速のためクリスティアナの頭上でくるりと一旋して、そのまま垂直にふわりと下降した。
その素晴らしい箒捌きに、クリスティアナのときめきが止まらない。
「おばさまっ いらっしゃいませっ」
「ティナ、ご機嫌よう。侯爵位継承、おめでとう。あらジュード、今日はその姿なのね。ふふっ」
緋色の魔女は、ジュードの執事服姿を見て悪戯っぽく笑いながら、目を爛々と輝かせて魔法の箒を見ているクリスティアナに、自然な動作でアッシュの木にブルームを使ったお手製の空も飛べる魔法の箒を渡した。
なんて素敵なの!
魔女の魔法は、普通の魔法ではない。もちろん、魔術とも違うのだ。住処とする森に語りかけ共鳴し、同化して、魔女の森に溢れている力を借り受け、魔法に転化する。
箒で空を飛べるのは、魔女の森のアッシュとブルームの特性を存分に見極めて生かした緋色の魔女の大技である。
「はぁ、この空飛ぶ箒、素敵すぎて眩暈がします」
「眩暈って、ちょっとお嬢、また熱がぶり返したんじゃないよね!?」
「ふふふ、ティナは、最強の右腕を手に入れたのね?」
こんな風に、和やかに?
その日の夜は始まった。
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