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いつかの空でまた会うあなたへ
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目を覚ましたときには家ではない場所に寝かされていた。
身動きが取れない。
箱のような物の中にすっぽり収まるように横たわっていて、中は白い電灯で煌々と照らされている。
目の前に小さな四角い窓があるだけ。
まるで棺桶のような狭いところに入れられている。
――ここから出なきゃ。
顔から数十㎝のところにある窓付きの鋼版のような蓋に手を添えて、ぐっと力の限りに押し上げた。
だけど、びくともしない。
完璧に閉じ込められた状態だ。
なのに、息苦しさはない。
――いったい、なにが起こってるの?
不意に窓の向こうに見慣れた淡い茶色の髪が見えた。
海斗だ。
悲痛な面持ちをした彼が、窓越しに私を黙って見つめていた。
「海斗! これはなに! ここから出して!」
必死に叫んだが、彼は頭を振った。
「君を未来に連れて行く」
「なにを……言ってるの!?」
「父《ファーザー》の元へ君を連れて行く。もう耐えられないんだ……」
「なんで⁉ 私のことが嫌いになったの? 私たち、うまくやってたよね⁉」
「君は悪くない。ただね、君はだんだん年を重ねていくでしょ? だけど俺は一緒に年を重ねられない。それが……耐えられないんだ」
――ああっ!
言葉にならない声が漏れた。
まさかこんなことになるとは思ってもみなかった。
しあわせすぎて、私は海斗の悲しみに気づいてあげられなかった。
年を重ねていくことは人ならば自然のことだ。
だけど海斗は優介が作り出したアンドロイド。
しかも人の心を持った特別な存在。
私の命には限りがある。
だけど海斗にそれはない。
彼はおそらくひとりになることに対して恐怖を抱いたのだ。
だからこそ、今、健康であるうちに私を未来へ連れて行こうと思い立ったのだろう。
だけど――
「君に必要なのは父だ。彼なら一緒に年を重ねられる。そして未来の父もそう望んでいる。俺は……君たち二人の望みを叶えたいんだ」
「考え直して、海斗! 優介に会うのに百年以上もかかるのよ! これはもう使えないだろうって……あなた、あのとき言ったじゃない!」
私は状況をやっと飲み込んだ。
私が寝ているのは優介が眠っていた、あのカプセルの中だ。
冷凍睡眠装置。
七年前にその装置を解除するときに彼は言った。
電源を落としてしまったら、もう二度と起動できないであろうと。
二回目に優介を凍結したときのエネルギー残量は20年ほどだった。
だからギリギリのところで決断したのだと、当時の彼は言っていた。
だとすれば、この装置は百年もの長い時間、稼働し続けることはできない。
稼働するためのエネルギーが未来と現在では異なるのだということも彼は言っていたのだから。
そんな疑問を抱いた私に、彼はほほ笑みを浮かべた。
「約束しただろう? ずっと守るって」
彼の手が窓に伸びてきて、窓の内側から添えた私の手に重なった。
一回りも大きくて滑らかな手が窓の向こうにあった。
その指の隙間から、泣きながら笑う彼の顔が見える。
「それなら近くにいてよ! ずっと……ずっと……私の近くにいてよ! 死ぬまでずっと……!」
目頭が一気に熱くなり、涙腺を刺激した。
溢れてくる思いが涙を誘い、外へと流れ出していく。
目じりを伝う涙が冷たい。
「ずっと傍にいるよ。君の傍にずっといる」
そう言うと彼は窓から手を離して、着ていた白いシャツのボタンを一つずつ外して胸を開けて見せた。
傷一つない滑らかな胸が姿を現すと、彼は心臓にあたる部分を指さした。
「俺の命を使えばいいって気づいたんだ。だから……君はなにも心配しなくていい」
彼がそう言った瞬間だった。
それまで姿を見せなかった10cm程度の切り込みが縦に入り、その部分がゆっくりと音もなく開いていく。
目を見張る私の前に現れたのは、虹色に光る握りこぶしほどの四角だった。
海斗の核だ。
人ではない、人型ロボットである彼を動かす大切な心臓だった。
それを彼は胸を開いて私に見せたのだ。
彼は開いた胸におもむろに手を突っ込むと、ゆっくりと彼の心臓であるキューブを取り出した。
取り出した瞬間、彼がビクンッと震える。
瞬間的に動きがとまった彼から『予備電源作動。活動限界まで残り10分……』という無機質な音声が聞こえた。
すると動きをとめた彼が再び動き出す。
なにをするのかがわかって、怖くなる。
だって彼はじぶんの心臓を電源にして、冷凍睡眠装置を未来まで動かすつもりでいるのだから。
「過去を変えたら……あなたはいなくなっちゃうんでしょ!? ねぇっ、海斗!」
「たぶん『今の俺』はいなくなっちゃうだろうね」
そう言って笑った彼の姿が視界から消える。
「海斗……海斗……やめて……私……そんなこと……望んでない……!」
ドンドンと鈍く音が響くほど強く窓を叩いた。
けれど彼は姿を見せない。
「こんなことやめて……ねえ……お願いだから……」
ドンドンッ……もう一度強く叩くと、室内のランプの色が薄緑色に変わる。
「海斗……!」
薄緑色の煙幕が足元からゆっくりと上半身へと上ってくる。
足元が急激に冷たくなり、感覚が麻痺する。
「ねぇ! 会えるよね! 向こうで……絶対、あなたに会えるよね!」
彼の顔が窓の外に見える。
その問いかけに彼は答えることなく、泣きながらほほ笑んで私に告げる。
「どうか父を」
ももの辺りまですでに感覚がなくなってきている。
煙が室内を満たして、海斗の顔が薄緑色の向こうに徐々に消えていく。
「しあわせにしてあげて……」
彼の声がとても小さくなっていく。
淡褐色の髪がわずかに見えるばかりになる。
「かい……」
――ああっ……!
心の中で叫び声をあげた。
最後の最後まで同じことを言うのかと――充満する煙を避けるように目を閉じた。
大好きな海斗の名を最後まで告げられなかった。
紡げなかった。
全身の感覚が麻痺していき、意識がゆるやかに遠のいていく。
『いつかの空でまた会おう、美緒』
海斗の甘い囁き声が私を眠りに誘う。
抗えない。
体の感覚はすでになく、思考すらままならない。
停止していく身体活動の中で、私はそれでも思いを巡らせた。
夢を見よう、彼の夢を。
結婚式を挙げたあの日の夢を。
繰り返し、繰り返し。
あの日の夢を見て思い出そう。
いつかの空でまた会うあなたへ。
どうか私が行くまで待っていて――
身動きが取れない。
箱のような物の中にすっぽり収まるように横たわっていて、中は白い電灯で煌々と照らされている。
目の前に小さな四角い窓があるだけ。
まるで棺桶のような狭いところに入れられている。
――ここから出なきゃ。
顔から数十㎝のところにある窓付きの鋼版のような蓋に手を添えて、ぐっと力の限りに押し上げた。
だけど、びくともしない。
完璧に閉じ込められた状態だ。
なのに、息苦しさはない。
――いったい、なにが起こってるの?
不意に窓の向こうに見慣れた淡い茶色の髪が見えた。
海斗だ。
悲痛な面持ちをした彼が、窓越しに私を黙って見つめていた。
「海斗! これはなに! ここから出して!」
必死に叫んだが、彼は頭を振った。
「君を未来に連れて行く」
「なにを……言ってるの!?」
「父《ファーザー》の元へ君を連れて行く。もう耐えられないんだ……」
「なんで⁉ 私のことが嫌いになったの? 私たち、うまくやってたよね⁉」
「君は悪くない。ただね、君はだんだん年を重ねていくでしょ? だけど俺は一緒に年を重ねられない。それが……耐えられないんだ」
――ああっ!
言葉にならない声が漏れた。
まさかこんなことになるとは思ってもみなかった。
しあわせすぎて、私は海斗の悲しみに気づいてあげられなかった。
年を重ねていくことは人ならば自然のことだ。
だけど海斗は優介が作り出したアンドロイド。
しかも人の心を持った特別な存在。
私の命には限りがある。
だけど海斗にそれはない。
彼はおそらくひとりになることに対して恐怖を抱いたのだ。
だからこそ、今、健康であるうちに私を未来へ連れて行こうと思い立ったのだろう。
だけど――
「君に必要なのは父だ。彼なら一緒に年を重ねられる。そして未来の父もそう望んでいる。俺は……君たち二人の望みを叶えたいんだ」
「考え直して、海斗! 優介に会うのに百年以上もかかるのよ! これはもう使えないだろうって……あなた、あのとき言ったじゃない!」
私は状況をやっと飲み込んだ。
私が寝ているのは優介が眠っていた、あのカプセルの中だ。
冷凍睡眠装置。
七年前にその装置を解除するときに彼は言った。
電源を落としてしまったら、もう二度と起動できないであろうと。
二回目に優介を凍結したときのエネルギー残量は20年ほどだった。
だからギリギリのところで決断したのだと、当時の彼は言っていた。
だとすれば、この装置は百年もの長い時間、稼働し続けることはできない。
稼働するためのエネルギーが未来と現在では異なるのだということも彼は言っていたのだから。
そんな疑問を抱いた私に、彼はほほ笑みを浮かべた。
「約束しただろう? ずっと守るって」
彼の手が窓に伸びてきて、窓の内側から添えた私の手に重なった。
一回りも大きくて滑らかな手が窓の向こうにあった。
その指の隙間から、泣きながら笑う彼の顔が見える。
「それなら近くにいてよ! ずっと……ずっと……私の近くにいてよ! 死ぬまでずっと……!」
目頭が一気に熱くなり、涙腺を刺激した。
溢れてくる思いが涙を誘い、外へと流れ出していく。
目じりを伝う涙が冷たい。
「ずっと傍にいるよ。君の傍にずっといる」
そう言うと彼は窓から手を離して、着ていた白いシャツのボタンを一つずつ外して胸を開けて見せた。
傷一つない滑らかな胸が姿を現すと、彼は心臓にあたる部分を指さした。
「俺の命を使えばいいって気づいたんだ。だから……君はなにも心配しなくていい」
彼がそう言った瞬間だった。
それまで姿を見せなかった10cm程度の切り込みが縦に入り、その部分がゆっくりと音もなく開いていく。
目を見張る私の前に現れたのは、虹色に光る握りこぶしほどの四角だった。
海斗の核だ。
人ではない、人型ロボットである彼を動かす大切な心臓だった。
それを彼は胸を開いて私に見せたのだ。
彼は開いた胸におもむろに手を突っ込むと、ゆっくりと彼の心臓であるキューブを取り出した。
取り出した瞬間、彼がビクンッと震える。
瞬間的に動きがとまった彼から『予備電源作動。活動限界まで残り10分……』という無機質な音声が聞こえた。
すると動きをとめた彼が再び動き出す。
なにをするのかがわかって、怖くなる。
だって彼はじぶんの心臓を電源にして、冷凍睡眠装置を未来まで動かすつもりでいるのだから。
「過去を変えたら……あなたはいなくなっちゃうんでしょ!? ねぇっ、海斗!」
「たぶん『今の俺』はいなくなっちゃうだろうね」
そう言って笑った彼の姿が視界から消える。
「海斗……海斗……やめて……私……そんなこと……望んでない……!」
ドンドンと鈍く音が響くほど強く窓を叩いた。
けれど彼は姿を見せない。
「こんなことやめて……ねえ……お願いだから……」
ドンドンッ……もう一度強く叩くと、室内のランプの色が薄緑色に変わる。
「海斗……!」
薄緑色の煙幕が足元からゆっくりと上半身へと上ってくる。
足元が急激に冷たくなり、感覚が麻痺する。
「ねぇ! 会えるよね! 向こうで……絶対、あなたに会えるよね!」
彼の顔が窓の外に見える。
その問いかけに彼は答えることなく、泣きながらほほ笑んで私に告げる。
「どうか父を」
ももの辺りまですでに感覚がなくなってきている。
煙が室内を満たして、海斗の顔が薄緑色の向こうに徐々に消えていく。
「しあわせにしてあげて……」
彼の声がとても小さくなっていく。
淡褐色の髪がわずかに見えるばかりになる。
「かい……」
――ああっ……!
心の中で叫び声をあげた。
最後の最後まで同じことを言うのかと――充満する煙を避けるように目を閉じた。
大好きな海斗の名を最後まで告げられなかった。
紡げなかった。
全身の感覚が麻痺していき、意識がゆるやかに遠のいていく。
『いつかの空でまた会おう、美緒』
海斗の甘い囁き声が私を眠りに誘う。
抗えない。
体の感覚はすでになく、思考すらままならない。
停止していく身体活動の中で、私はそれでも思いを巡らせた。
夢を見よう、彼の夢を。
結婚式を挙げたあの日の夢を。
繰り返し、繰り返し。
あの日の夢を見て思い出そう。
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どうか私が行くまで待っていて――
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