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fifth contact
いつかの空でまた会う君へ
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「これでよかったのか?」
背後の扉が開いた。
扉の前に立っている青年がそう尋ねた。
俺は彼、河合英二の姿を認識した後で「ああ」と一言返した。
活動限界はすでに5分を切っていた。
家から彼女を連れ出す前に、俺は英二に電話をかけていた。
彼がまだ小さかった頃に約束したことを果たすときがきたからだ。
俺からの電話に、彼は困惑しているようだった。
あのときの約束を覚えていないわけではない。
ただ、それが現実になるのがつらいと、彼は小さな声で言った。
だけど譲れなかった。
頼めるのは彼しかいなかったから。
俺の覚悟が揺るがないことを理解した彼は、ふぅと大きくため息をもらした後で『わかったよ』と俺の申し出を受け入れてくれた。
だからこそ、こんな遠くの海にある掘立小屋まで来てくれたのだ。
「ありがとう、英二」
「気持ちは理解してるよ。あんたは俺の『大事な親友』だから」
その言葉に、俺は目を見張った。
ゲートの前で未来の英二が俺に言ったことが重なったからだ。
あのとき聞けなかった言葉をこんなときに聞くことになるとは――
近づいてきた英二に、鈍色に光る鍵と共に黒い手帳を差し出した。
彼は俺の差し出したものと一緒に、俺の手を握りしめた。
「海斗さん。俺があんたを、絶対にもう一度再生させてみせるから!」
彼が俺の顔をじっと見つめて告げた。
濃い茶色の目が涙で潤んでいる。
俺は左手首の皮膚に同化した表皮テープを静かに剥して、英二に見えるようにした。
『人型ロボット』である俺の認識番号が記録されているバーコードが姿を現した。
「俺を起動させるときはここの認識番号07-30を読みこんでから、パスワードを入力するんだ」
「パスワードは?」
「mio0303」
「わかった」
「さあ、もう行きなさい。君の未来に必要なことは全部その手帳に残しておいたから。必要なら俺の体も役立ててくれ……あと……彼女をよろしく頼む」
「わかった。あんたが戻るまで、彼女のことは俺が絶対に守るよ。約束したもんな」
俺の手から鍵と手帳を受け取ると、彼は肩から下げていたバックにそれらを大切にしまった。
彼が静かに去っていく。
扉が再び光をさえぎった。
真っ暗になった小屋の外でカチャン……と鍵の掛かる金属音がすると、足音が遠ざかっていく。
『なあ、英二。おまえは大人になったら何になりたい?』
『んーと。ロボットをつくりたい。ひとをいっぱいしあわせにできるロボットを作って、ママをたすけてあげたいんだ! ほら、うちのママ。いっつもたいへん、たいへんっていってるからさ』
『そうか。じゃあ、ロボットをつくる人になるって約束してくれるなら、いつかロボットのつくり方を全部教えてあげるよ』
『わかった。ぜったいの、ぜったいの、おとこのやくそくな』
『ああ、男の約束だ』
幼かった英二との約束はこれで果たせた。
今の俺がやるべきことはすべて終えた。
これですべてがつながった。
もう、思い残すことはない。
活動限界が一分を切っていた。
カプセルから洩れる薄緑の明かりだけが頼りの空間にそっと腰を下ろすと、カプセルにもたれ掛るように膝を立てた。
それからゆっくりと目をつむる。
頭の中で残り時間を示すカウンターが回り続けていた。秒数がわずかになっていく。
「美緒……」
遠くでゆっくりと波の音がする。
とても力強い命の歌のような優しい波の音がする。
目を閉じればしあわせな日々が浮かぶ。
大好きな人がいた。
大好きな人たちがいた。
こんな俺を愛し、寄り添ってくれていた人たちがいた。
思い出すのは大好きな人たちの笑顔ばかりだ。
だから自然に口ずさんでいた。
大好きな人たちがずっと聞いていたあの曲が、波の音に混じって聞こえてきたからだ。
あなたが愛してくれたから、自分らしくいられた。
あなたが愛してくれたから……
俺はずっと疑問だったにようやく答えが出せた。
『生きること』と『動くこと』の意味の違いがなんなのか。
空っぽになった胸の中にその答えはあった。
思いは残る。
なにもなくなって箱だけになってしまった、この胸の中にも。
それでも時間はとまらない。
「愛には覚悟がいるって……わかったよ……」
胸に両手を当て、開いた胸から思いがこぼれないように蓋をしながら身を屈めた。
遠い日のしあわせだった夢を見よう。
大好きだった人たちと過ごした日々の夢を見よう。
そして強く願いを込める。
時がとまるその寸前まで『また会えますように』と、たったひとつのわがままな願いを――
今の自分のままではいられなくても……
それでも俺は……
いつかの空でまた会う君へ。
ずっと、ずっと君を愛しているからね……
背後の扉が開いた。
扉の前に立っている青年がそう尋ねた。
俺は彼、河合英二の姿を認識した後で「ああ」と一言返した。
活動限界はすでに5分を切っていた。
家から彼女を連れ出す前に、俺は英二に電話をかけていた。
彼がまだ小さかった頃に約束したことを果たすときがきたからだ。
俺からの電話に、彼は困惑しているようだった。
あのときの約束を覚えていないわけではない。
ただ、それが現実になるのがつらいと、彼は小さな声で言った。
だけど譲れなかった。
頼めるのは彼しかいなかったから。
俺の覚悟が揺るがないことを理解した彼は、ふぅと大きくため息をもらした後で『わかったよ』と俺の申し出を受け入れてくれた。
だからこそ、こんな遠くの海にある掘立小屋まで来てくれたのだ。
「ありがとう、英二」
「気持ちは理解してるよ。あんたは俺の『大事な親友』だから」
その言葉に、俺は目を見張った。
ゲートの前で未来の英二が俺に言ったことが重なったからだ。
あのとき聞けなかった言葉をこんなときに聞くことになるとは――
近づいてきた英二に、鈍色に光る鍵と共に黒い手帳を差し出した。
彼は俺の差し出したものと一緒に、俺の手を握りしめた。
「海斗さん。俺があんたを、絶対にもう一度再生させてみせるから!」
彼が俺の顔をじっと見つめて告げた。
濃い茶色の目が涙で潤んでいる。
俺は左手首の皮膚に同化した表皮テープを静かに剥して、英二に見えるようにした。
『人型ロボット』である俺の認識番号が記録されているバーコードが姿を現した。
「俺を起動させるときはここの認識番号07-30を読みこんでから、パスワードを入力するんだ」
「パスワードは?」
「mio0303」
「わかった」
「さあ、もう行きなさい。君の未来に必要なことは全部その手帳に残しておいたから。必要なら俺の体も役立ててくれ……あと……彼女をよろしく頼む」
「わかった。あんたが戻るまで、彼女のことは俺が絶対に守るよ。約束したもんな」
俺の手から鍵と手帳を受け取ると、彼は肩から下げていたバックにそれらを大切にしまった。
彼が静かに去っていく。
扉が再び光をさえぎった。
真っ暗になった小屋の外でカチャン……と鍵の掛かる金属音がすると、足音が遠ざかっていく。
『なあ、英二。おまえは大人になったら何になりたい?』
『んーと。ロボットをつくりたい。ひとをいっぱいしあわせにできるロボットを作って、ママをたすけてあげたいんだ! ほら、うちのママ。いっつもたいへん、たいへんっていってるからさ』
『そうか。じゃあ、ロボットをつくる人になるって約束してくれるなら、いつかロボットのつくり方を全部教えてあげるよ』
『わかった。ぜったいの、ぜったいの、おとこのやくそくな』
『ああ、男の約束だ』
幼かった英二との約束はこれで果たせた。
今の俺がやるべきことはすべて終えた。
これですべてがつながった。
もう、思い残すことはない。
活動限界が一分を切っていた。
カプセルから洩れる薄緑の明かりだけが頼りの空間にそっと腰を下ろすと、カプセルにもたれ掛るように膝を立てた。
それからゆっくりと目をつむる。
頭の中で残り時間を示すカウンターが回り続けていた。秒数がわずかになっていく。
「美緒……」
遠くでゆっくりと波の音がする。
とても力強い命の歌のような優しい波の音がする。
目を閉じればしあわせな日々が浮かぶ。
大好きな人がいた。
大好きな人たちがいた。
こんな俺を愛し、寄り添ってくれていた人たちがいた。
思い出すのは大好きな人たちの笑顔ばかりだ。
だから自然に口ずさんでいた。
大好きな人たちがずっと聞いていたあの曲が、波の音に混じって聞こえてきたからだ。
あなたが愛してくれたから、自分らしくいられた。
あなたが愛してくれたから……
俺はずっと疑問だったにようやく答えが出せた。
『生きること』と『動くこと』の意味の違いがなんなのか。
空っぽになった胸の中にその答えはあった。
思いは残る。
なにもなくなって箱だけになってしまった、この胸の中にも。
それでも時間はとまらない。
「愛には覚悟がいるって……わかったよ……」
胸に両手を当て、開いた胸から思いがこぼれないように蓋をしながら身を屈めた。
遠い日のしあわせだった夢を見よう。
大好きだった人たちと過ごした日々の夢を見よう。
そして強く願いを込める。
時がとまるその寸前まで『また会えますように』と、たったひとつのわがままな願いを――
今の自分のままではいられなくても……
それでも俺は……
いつかの空でまた会う君へ。
ずっと、ずっと君を愛しているからね……
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