甘いカラダのつくり方~本物の恋の仕方教えます~

恵喜 どうこ

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第二十話 オレのものになれ!

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  なんでこんなことになっているのか。
 もはやアメージングという言葉しか出てこない。
 
 見上げる大型看板。
 電車の吊り広告。
 電車ホームの壁に貼られた看板。
 街中のどこを見回しても出くわす広告、広告また広告。
 にっこりほほ笑む龍空の後ろでなまめかしくキスを迫る私の顔。

 そう、うちの会社の新商品である口紅の広告だ。
  テレビで流されるだけだと思っていたけれど、よくよく考えればそれだけで済むはずがなかった。
  会社内のいたるところにポスターは貼られるし、コマーシャルは会社の入り口の大型テレビでバンバン流されているし。

 おかげでどこにいても誰かがそのことを口にしているから、知られないように背中を丸めてこそこそ逃げ回っている。

 居場所がない。
 本当にない。

 オフィスに戻ったら戻ったで、普段はいない上司様がなぜかずっといらっしゃっる状態。しかもすんごく優しい――を通り越して豹変なさった。
 出社したときも「おはよう」とハグをされて「体調はどう?」と気遣われる。
 お昼は一緒にランチをしようと誘われるし、なんなら夕食もどうかと押されまくる。
 約束はないけど約束があると逃げても、翌日、翌々日のスケジュールを訊かれて答えに詰まる状態。
 今までと違った意味で息が詰まる。

 ――はあ。なんなのよ、本当に。

 龍空が昨日言ったことを思い出す。

『亨兄を一発で落としちゃったんだから』

 落とすとは恋に落とすという意味だろうか。
 あの撮影で?
 高嶺が?

 ――ありえないわ。本当にありえないわ。

 高嶺が本気で私みたいな女を好きになるとか考えられない。
 きっとなにかの間違いだ。
 上司様はきっと病気なんだ。
 そう、絶対!

 昼休みがこんなに待ち遠しかったことはなかった。
「お昼行ってきます」と無事にオフィスから出られたことに感謝したかった。
 とりあえずどこかでお弁当でも買って、近くの公園で食べてオフィスに戻ろうと思って入ったコンビニでまた度胆を抜かれることになった。
 本棚に並べられた女性週刊誌の文字に目が釘付けになる。

『星野龍空 謎の美女と濃厚CM』

 思わず手に取ってペラりとめくった。
 私が出演したコマーシャルの写真がコマ送りと言うのだろうか。
 何枚にもカットされた状態で並び立てられていた。
 記事には『相手は誰だ』みたいな文字が飛び交っている。

「なあなあ見た、あのCM?」

 雑誌を見ていた私の後ろを大学生っぽい男子二人が通り過ぎながらそんな話をしていた。
 即座に雑誌で顔を隠して聞き耳だけ立てる。
 男子二人は私の隣に立つと「これだろ?」と女性週刊誌をヒョイッと軽く持ち上げた。

「星野龍空はさ、正直どうでもいいんだよね。気になるのはその相手だよ」

 右側に立った爽やか短髪男子が写真をじっくり見てそう言った。

「わかる。あれヤバいよね。見てるだけでゾクゾクするっつーか。なんかさ、すっげーエロいもんな、あのCM」
「きっとエロいんだよ、謎の美女」
「一回相手してもらいたい、まぢで」

 件のCMで私のイメージが『エロい女』確定されている気がする。
 別にエロくない。
 むしろエロさとは無縁の人間です。
 と訂正したい、心から!

『それ私ですけど』

 と言えたら楽だろうか。
 こんな近くにいるのに本人だと認識すらされていないというのに?
 言ってもギャップがありすぎて笑われるんじゃないか?

「わっ!」
「ひゃぁぁぁぁッ!」

 耳元近くで声が放たれると同時に背中をポンッと押される。
 突然のことに驚いて週刊誌を落としてしまった。
 ゆっくりと振り返る。

「愛希、みーけッ」

 なぜこのタイミングでこの男なんだ。

 振り返った先にいたのは星野龍空。
 
 今日は全身白スーツ。
 スカイブルーのシャツがまた鮮やか。
 白いハットまで被っている。
 ただでさえ身長が高くて目立つのに、今日はさらに存在が際立っている。
 周りの視線を集めまくっていることを自覚していないらしい龍空は、まったく周りを気にかけることなく堂々とした態度で話しかけてくる。

「痴漢にあったみたいな声出しちゃって。連絡したのにぜんぜん出てくれないからさあ、心配しちゃったじゃん。亨兄になんかされてないかなあって、すっごくすっごく心配したんだからね! それとも嬉しすぎて声あげちゃったとか?」
「そ、そんなわけないじゃん」

 そう言って私のほうを覗きこんでくる龍空から急いで顔をそらして足元に落ちた週刊誌を拾う。

「あれ? これこの間のCMの特集記事だ。すごいねえ、大反響じゃん」

 そう言って龍空が私の手から雑誌を取り上げる。
 掲載されているページをペラペラとめくりながら、ニマニマし続けている。

「ちょちょちょっと……!」
「うわっ。誰だこの美女だって。愛希、すっごい取り上げられてるね。オレなんてほとんど記事の中で触れられてないよ」
「声のトーン落とせ、バカホスト!」

 と怒鳴った瞬間、身が固まった。

 ――しまった!

 龍空がニヤッと意地の悪い笑みを浮かべた。
 その視線が私の背後に向かう。
 そっと視線を追って振り返ると私の隣で同じ雑誌を手に取っていた男子二人組がこれでもかというくらい口を開けたまま、こちらを見つめていた。

「ねえねえ。これ、これ。いいかんじだよね? 動画だとさ、こうじっくり見られないじゃない? いやあ、やっぱりいいかんじだよね。これなんか愛希ってぜんぜんわかんないでしょ? 勿体ないよねえ。これが愛希ってみんな気づいたらさ、絶対放っておかないよね。あ、それじゃ困るか。変な虫つくのはオレ的にはやっぱり面倒っていうか、いやだもんなあ。愛希もそう思うでしょ?」

 額から、背中から、汗が一気に噴き出してくる。

「あの……もしかして……謎の……美女さん、ですか?」

 片方の男子が私に向かって尋ねた。

「そうそうそうそう、そうだよー。ここで会えるなんてキミたち超ラッキー!」
「ま……まぢでー!」

 男子二人のテンションが一気にあがって身を乗り出して私を見る。
 私たちのやりとりを聞きつけたらしく、コンビニ内にいた客たちが「え? 本人?」とか「コマーシャル見ました!」とか「握手してください!」とか言ってぞろぞろと集まってくる。

「ご、ごめんなさい!」

 集まってくる客たちに大きく一礼すると、龍空の腕を引っ張ってコンビニの外へ連れ出した。
 そのまま逃げるようにコンビニから距離を取る私に、龍空はあっけらかんとした声で「どうしたの?」と尋ねた。

「どうしたもこうしたもないじゃない。なんであんな大声であんなこと言うのよ。信じられない。あんた信じられない。本当にあんた信じられない!」
「ええ。だってさあ……」

 私の歩調に合わせて歩いていたはずの龍空がピタリと足をとめる。
 腕を強く引っ張ってもビクともしない。
 龍空はすうっと深呼吸したと思ったらくるりと後ろを向いて、ありったけの声で叫んだ。

「オレのCMで共演した謎の美女はこの人でーす!」
「ななななななななななっ!!」

 ――なんてこと言うんだ、このバカホスト!

 歩いていた人たちの足がとまって、視線が一気に私へと降り注ぐ。

「走るよ、愛希!」

 龍空が私の手を握りしめて叫んだ方向とは逆に向かって一気に駆け出した。
 走って走って走って走って。
 どこまでも走って。
 龍空の上に見える青空はどこまでもどこまでも透き通るスカイブルー。
 鮮やかに鮮やかに陽光降り注ぎ、浮かぶ白い雲が風に乗って一緒に走っていく。

 行き交う人々が私たちを見て振り返る。
 だけどそんなことを気にも留めないでただただ全力で走った。
 人でごったがえしているというのに自分たちのためだけに道ができていく。
 どれくらい走ったのか。
 肩で息をしていた。
 口から洩れる息はこれ以上なく熱かった。
 体中気だるさに覆われて汗の雫が垂れ落ちる。
 人影のない日陰の路地裏に逃げ込んだときには膝を折って両手で体を支える姿勢になっていた。
 息を切らしながらも龍空は悪びれることなく、ただ晴れやかに笑っていた。

「な……んで……あんた……て……いつ……もそう……勝手なの……よ」
「だって愛希ってからかうと面白いんだもん。なんていうか、ほら……百面相?」

 ぶん殴りたい。
 本当に鳩尾に一発かましてやりたいよ、この男。

「っていうのは……まあ冗談。でもさ。なんか言いたくなっちゃってさ」

 そう言うと龍空はどかっとその場に腰を下ろし、ふぅっと息を吐きながら空を見上げた。

「オレの愛希です。謎の美女じゃなくてオレの愛希なんですって、なんか言いたくなっちゃってさ」
「オレの愛希じゃないし」
「今はね」
「これからもよ」
「これからはわかんないよ?」

 龍空が視線を空から私の顔に移した。
 シシシ……と笑ったあと、真顔になる。

「な、なによ?」
「イイ女だよ、アキ。オレには勿体ないくらいイイ女」

 そう言って、彼が私の頬に手を添えた。

「なに……言ってんのよ、あんた。走り過ぎて頭おかしくなってんじゃないの?」

 そうはぐらかす。
 だけど龍空の顔は真顔のまま、あのおちゃらけた笑い顔には戻らなかった。
 それどころか今度は反対の手まで頬に伸びてきた。
 優しく引き寄せられる。
 体勢が崩れた私は、龍空の足の間に手をつく形で地面にへたり込んだ。
 私を見つめたまま龍空は両手を頬から離さない。
 顔が少し引き寄せられて、龍空の顔が鼻先すれすれのところまで迫った。

「オレのモノになれよ、アキ」

 やさしく包み込む龍空の手が邪魔で首を横に振れなかった。

「オレだけのモノになれよ、アキ」

 なんでドキドキしているんだろう。
 きっと全速力で走ったせいだ。
 体中が熱いのも死に物狂いで走ったせいだ。
 それなのに、おバカなハートが勘違いを起こしている。

『恋をしているドキドキ』なんだって――

 見つめ合ったまま何秒過ぎただろう。
 うなずくことも、声を出して返事もできないまま、ただ時間だけが緩やかに流れる。
 すると龍空は私から目を離して、ふぅっとまた息を吐いた。
 向き合ったときにはいつものおちゃらけた笑顔の仮面を彼は被っていた。

「なによ」

 龍空はニコニコとただ笑ったままこちらを見つめ続けている。

「なんなのよ」

 そう問いただす私に龍空は「行こうか?」と言った。

「は?」
「やっぱり順番間違えた」
「はぁ?」

 なにを言いたいのか。
 いや、なにを言っているのかさっぱり理解できない。
 だけど具体的なことはなにひとつ教えてくれずに龍空は私から手を放すと、静かに立ちあがった。
 四つん這いのままの姿勢で見つめる私。

「それ、エロすぎ」
「ちょっとあんたねえ!」

 急いで立ち上がってスーツを掴うとしたけれど、龍空の大きな右手がそれを制した。

「さあ、愛希。リベンジ、行ってみようか?」

 と、とんでもない笑顔を添えて――


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