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故実・しきたりの世界と保内商人
しおりを挟む思いつくままに商人達の業績を追って書いている拙稿『近江の轍』ですが、冷静に読み返して
「説明を端折りすぎているかな~」
「ちょっと時代背景の深堀が足りないかも」
「そろそろネタバレしてもいいか」
などなど、メッセージで頂いた質問などにお答えするとともに、藤瀬が書きたいことをただ書きなぐるという主旨で始めます『コラムの轍』
サイドストーリーも含め、完全不定期で書きたいときに書きたいことを書いていきます
お気楽に楽しんでいただければ幸いです
まず今回は『故実・しきたりの世界』ということで
中世の座商人やそれ以前の商人を形容する言葉としてよく歴史書や解説書などに出てきますが、冷静に考えて『故実・しきたりってなんやねん』という素朴な疑問をいただきます
故実とは、要するに『じいさまの代からおらん家ではやっていた』という感じの感覚です
市が昔は祭祀だった ということは、現代のお祭りと同じということです
皆さんの地元でも地域の神社でお祭りなどある方もいるかと思います
かくいう私藤瀬の地元でも5月には神社で神輿を担ぐお祭りがあります
彼らは何故当然のように神輿を担ぐのか
それは「じいさまの代からおらの家では〇〇神社の神輿を担ぐのが習わし」だから、当然自分たちも担ぐものと信じて疑いません
中世の市とは要するに「じいさまの代からこの市で店を出しているんだから、自分がこの市で店を出すのは当たり前」という観念で商人達が商売をしていた
ということです
そこに革命をもたらしたのが保内商人でした
彼らは院宣や足利将軍家、六角氏などから受け取った文書を根拠にして自分たちが店を出す正当性を裁判で主張していきます
「じいさまの代からやっているのなら、それはじいさまの代から不法占拠しているってことだ」
と他郷の商人の権益を裁判によってもぎ取っていきました
時には院宣の文書を偽造したりといった悪どいこともやっていたようです
あこぎな商人と周りから嫌われるのも当然ですねw
ここで裁判の裁判官を務めたのが領主である六角氏です
必然的に、六角氏と保内商人はズブズブの関係になります
しかし、彼らがしきたりによらず文書による裁判によって権益を食い荒らしたおかげで、裁判や判決の諸記録である『今堀日吉神社文書』が保存され、彼らの生活実態や活動の記録が現代に遺されたのは歴史学的には貴重なことでした
拙稿『近江の轍』は基本的には史実に基づいてその歴史を追うという立場を取っていますので、記録の残る保内商人の活動から書き始めていますが、実際にはもっと前の室町時代前期や鎌倉時代あるいは平安時代から近江にはそういった商人の活動はあったのではないかと空想しています
何故なら、近江は昔から政争で敗れた公家や武士が多く流れてきており、彼らの活動を支え京の情報を集めるには『商人』というのは絶好の隠れ蓑になったかと思います
1428年正長の土一揆のきっかけが近江の大津・坂本の馬借達が徳政を求めた打ち壊しから始まっていることを考えれば、少なくとも南北朝末期頃には『物流網』があり、遠国へ商品を運ぶ商売が行われていたと推測できるからです
話が若干逸れましたが、保内商人が他の座商人に嫌われたのは何となくわかります
「小難しい理屈をこねてじいさまが築き上げた商売を無理矢理奪い取った憎い商人」
だったからです
しかし、私はそれが保内商人の本質じゃないような気がしています
今堀日吉神社文書は貸借記録でもありました
『米3石貸したから、豆1升の利子をつけて返せよ』
といった書類もあります
なんとなくですが、それだけあこぎに稼いで左うちわの割にはけっこうみみっちいな…
と感じたのを覚えています
他にも、犬は商品を荒らし、エサ代がかかるから犬飼っちゃダメとか
まるでケチケチ親父の小言のような生活掟がつらつらと書かれています
そして、違反したやつは座追放という
なんというか罪と罰のバランスが…
ということを念頭に置いて後の近江商人の哲学や経営理念を時代を下って観察していくと、確かに保内商人に負けず劣らずみみっちいことを言ってる商人が多数出てきます
「アンタ蔵には何百万両って金があるんだろうに…」
と呆れることもしばしばw
ある商人が、昼飯に食べたタラの煮物が残っていたらそれで晩酌したいと嫁さんに言って、手代の昼飯に全部出したと言われて黙って漬物で晩酌しました
そこへ嫁さんがタラの煮物を出してきました
どうしたのか主人が尋ねると、食べたいと言ったから買ってきて作ったと
私ならいい嫁さんとほっこりするところですが、主人であるその商人は激怒します
「余ってるならもったいないから食べようと思っただけで、わざわざ金を使って求めるとは何事か!」と
一見理不尽なケチケチ親父ですが、その彼が経営する江戸店から売上金500両を近江の本店に運ぶ途中盗賊に全て奪われたと手代が泣きながら報告します
それを聞いた主人は、一切怒らず、商売にはそういうリスクはつきものだから、気を落とさずにその損失を取り返すくらいに努力しろ
としてお咎めなしという判断をします
なんか色々考えさせられる逸話ですが、それは突然近江商人に湧いてきた経営哲学ではなく、それこそ保内商人やもっと前の商人達から継承されてきた考え方なのかなぁとか思ったりします
本編でも述べたように、彼らは何故そこまであこぎに稼いでいたのかということが一つのテーマだったりします
この辺は、後の近江商人達の行動を通して感じていただければと思います
ちなみに、私は『三方良し』という言葉を商人自身に言わせることは一切していません
何故なら、『三方良し』という言葉は近江商人の行動哲学を分析してスローガン化した学者か作家の言葉であり、昭和53年だか昭和63年だかに初めて成立した言葉だったと記憶しています(記憶あいまいでスミマセン)
かくいう私も近江出身のアラフォー男子ですが、よく父から『始末せぇ!』と怒られた記憶があります
私自身三方良しと言われても今一つしっくり来ないっていうのが実際のところです
近江商人が口にする言葉は『三方良し』ではなく『始末』という方がなんとなくしっくりくる
という勝手な思い込みです
参考文献
『近江八幡の歴史1~8巻』 近江八幡市史編集委員会 編
『安土町史』 安土町史編集委員会 編
『日野町史』 日野町史編集委員会 編
『滋賀県史』 滋賀県史編纂委員会 編
『近江商人列伝』 江南良三 著
『近江八幡人物伝』 江南良三 著
『今堀日吉神社文書』 日吉文書刊行会 編著
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