江雲記―六角定頼に転生した舐めプ男の生涯―

藤瀬 慶久

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嗚呼、バラ色の転生

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どうしても六角定頼を書いてみたくて立ち上げました。
折角なので転生物にも挑戦してみます。
どうか楽しんでいただければ幸いです。

史実の六角定頼の業績については、別稿の『鶴が舞う―蒲生三代記―』でも触れています。
よろしければそちらもご覧ください。

なお、この物語はフィクションです。
登場する人物・団体名は実在の物とは一切関係ございません。

――――――――

 
 ・永正十五年(1518年) 七月  近江国蒲生郡 観音寺城  光室承亀


承亀じょうき様!承亀じょうき様!」

 ドタドタと足音をうるさく響かせながら池田いけだ高雄たかかつが居室に駆け込んで来る。

「どうした!まさか御屋形様が……」
「はい。先ほど、息を引き取られました」
「そんな……」

 愕然とした顔で床に手を付く。まさか兄上様が亡くなられるとは…
 俺は… 六角家はこの先どうすればいいのか…

「承亀様。かくなる上は、弟君である承亀様に全てを託すしかありません。どうか、還俗して六角家をお継ぎ下され」

 俺は”しかし”と言って険しい顔を作った。

「六角家を継げるお方は承亀様を置いて他におられません。これは某が御屋形様よりお預かりして参りました」
「……それは?」
 高雄が重々しい顔つきで黒い漆塗りの文箱を差し出す。
「御書留、御継文、譲状の入った文箱にございます。六角家の正統な後継者の証」

 しばし食い入るように文箱を見つめた後、俺も負けじと重々しい顔で頷いた。

「相分かった。その方にそこまで推されては受けぬわけにはいかぬ。父上と兄上の事業は、拙僧…いや、わしが受け継ぐ」


 …

 …

 …

 ………なんてな。そうなることは最初からわかってるさ。

 さあて、これから俺の楽勝戦国ライフの始まりだ!













 に来てからもう十四年が経った。
 十四年前のある日、俺は目が覚めたら坊主になっていた…

 坊主頭になってたんじゃなく、紛れもなく坊主になっていた。
 周りを見ればご同朋と呼んでくる小僧たちは全員坊主頭だし、自分の頭を触ってもジョリジョリとした感触しかない。
 おまけに服装が完全に一休さんだし…

 方丈と言われる宿舎の外には金ピカの建物が見えたから、そこが京都だということはなんとなくわかった。
 だけど、観光客も居なければ、テレビもねぇしラジオもねぇ。
 おまけに食事が稗や赤米、極稀に玄米ご飯という刑務所並みの健康生活を送らされた。肉食いてぇ…

 こっち来た当初は家に帰りたいったらなかった。嫁にも会いたいし子供の顔も見たい。成人式とか結婚式で涙ぐむ親父ってのをやってみたかった。

 嫁と子供は元気にしてるかなぁ…
 まあ生命保険はたっぷり掛けておいたから、生活に困ることはないと思う。普通に寝て目が覚めたらここだったから、元の世界では寝たきりとか脳死とか判定されているのかもしれん。

 ちゃんとした鏡がないから、自分がどれくらいの年齢か最初はわからなかったが、俺は十歳の小僧になってたようだ。そして今は戦国時代。京都相国寺鹿苑院で得度した光室承亀と言う名の坊主が俺だ。
 そして、それで分かった。俺はどうやら六角定頼になっているようだ。

 以前に歴史にハマったことがあって、滋賀県出身の俺は気が狂ったように郷土史を調べたことがある。その時に六角定頼のことも知った。
 そして、俺の知る限り六角定頼って無敗の帝王なんだよね。
 家臣が局地戦で負けて帰って来たことはあっても、自分が出陣した戦は全て勝つか、最悪でも引き分けに持ち込んでいる。

 つまり、史実の定頼のやったことを辿れば俺はこの修羅の時代でも天寿を全うできるはず。
 良家の出自で寺暮らしってのもこの時代じゃ充分すぎるほどの勝ち組だが、武士になっても生き残るルートは確定している。
 人生設計そのものは余裕すぎて思わず笑いが込み上げて来る。人生バラ色ってのは悪くないな。

 もっとも、兄の六角氏綱うじつなが死にかけになって呼び戻されるまでは寺暮らしだった。高頼オヤジ氏綱アニキが当主の頃は、南近江は六角氏と守護代の伊庭氏とが相争う修羅の国だった。その戦乱を終結させるスーパーヒーローが定頼オレってわけだ。

 十四年の間に安全地帯でのんびりしつつ、この時代の読み書きも教えてもらった。
 寺には色々と貴重な本もあるから、ご指名がかかるまでの暇つぶしにはちょうどよかった。
 なんつっても娯楽がないんだもん。

 公家や坊主、庶民に至るまで、あっちで戦があってどっちの軍がどれだけ死んだってのが唯一の娯楽っぽい娯楽らしい。
 誰も彼もが無責任に噂しあってはあちこちで盛り上がっていたな。
 一度「先月公方死んだってよ」って聞いた時には思わず吹いた。まるで「昨日阪神負けたってよ」くらいのライトなノリで言われたもんだからつい…
 他所の国の合戦って本当に他人事なんだな。

 ま、当面俺は五十八歳までは生きる事が確定しているはずだから、あと三十ウン年の暇つぶしってわけだ。舐めプで一生を送れるってのも悪くない。
 もちろん、楽勝人生を一歩踏み出すなんて馬鹿なことをする気はさらさらない。俺は六角定頼とは違う。ごくごく普通に会社員になって、結婚して、子供が出来て、多少ブラック気味でもなんとか家族を食わせていける仕事を朝から晩までこなすただのその他大勢の一人なんだ。
 織田信長だの豊臣秀吉だの、歴史に名前を残すバケモノのお相手なんざ御免被る。
 どのみち織田も豊臣も活躍するのは俺が死んでからのことになるんだから、せいぜい史実の定頼に倣って修羅の国本番を迎える前に一抜けさせてもらうよ。


「……承亀様?」

 おっといかん。回想に耽り過ぎた。高雄が不審な顔をしているな。

「高雄。早速だが三日後に家臣達を観音寺城に集めてくれ」
「ハッ!」



 ・永正十五年(1518年) 七月  近江国栗太郡 青地城  六角承亀



 まずは父・六角高頼たかよりの隠居している青地城まで向かった。観音寺城からは馬で行けば半日で着く。
 もっとも、今までは僧としての経験を活かして内政ばかりだったから尻が痛くてかなわない。馬にも早く慣れないとな。

 城に入り、父の居室に向かった。正面に座ると威圧感が半端ない。やっぱ顔つきが違うね。『戦国の男』って感じだ。
 まあ、親父殿の生涯はまさに幕府との戦いに明け暮れた日々だったからなぁ。

 父の六角高頼は十二歳で応仁の乱に巻き込まれ、祖父の久頼ひさよりと共に西軍に属して戦った。といっても、実際やったことは近江国内の寺社や貴族の荘園、それと東軍方の武将の領地を徹底的にかすめ取り、配下の国人衆に与えて回った。
 要するに火事場泥棒だ。

 だが、それによって幕府から目を付けられ、応仁の乱が収まった後は二度に渡って足利将軍直々の征伐軍を迎えた。
 親父は徹底的に逃げ回り、幕府軍の兵站をズタズタにして撤退させ、最後には足利義材よしきを坂本で撃破した。その功によって義材と争っていた足利義澄よしずみから許されて幕府に復帰している。

 まあ、つまり親父の代の六角家は、巨大な野盗団の大親分ってことだ。下手に血統が良いからなおタチが悪い。結局幕府も親父の近江支配を認めざるを得なくなった。


「亀か。その姿は……」

 親父が俺の姿を見て目を細める。いつもの法衣ではなく直垂姿だ。

「御察しの通り、還俗いたしました」
「そうか……四郎には憐れなことをした。わしが公方に詫びを入れておれば、まだ死なずに済んだかもしれん」
「そうかもしれません。ですが、父上が戦わなければ、六角家は今も近江の片隅で細々と生きる国人の一人になっておったでしょう。あるいは、京極の前に馬を繋ぐことにもなったかと……」
「そうよな。過ぎた事を言うても始まらん。後の事は亀… いや、新しき四郎に任せる」
「ハッ!」

 兄の氏綱は近江の内乱の中で負った傷が原因で早死にした。医療技術も低い時代だ。矢傷から菌が入って破傷風を起こしてしまった。子も居なかった為に俺に家督が回って来たということだ。

 ちなみに『四郎』は六角家当主が代々名乗って来た名だ。源頼朝の側近として源平の戦いに活躍した佐々木定綱は、四男の信綱に佐々木宗家を継がせた。その信綱の系統が今の六角佐々木氏になる。
 だからこそ、六角家の当主は四郎を名乗り、嫡男が元服すれば四郎の名を譲って来た。
 長男でも四郎を名乗るのはその為だ。

 ともあれ、先々代当主の同意は取り付けた。
 次は家臣達の掌握だな。史実じゃ六角定頼は史上初めて城下町を作って家臣団を組織した。信長よりも三十年以上早い。その為に有能な家臣の勢力が強くなりすぎて息子の義賢と孫の義治の代に空中分解してしまった。
 偉大な親父を持つと苦労するよな。同情はするが、まあ運命だと思って諦めろ。





 ・永正十五年(1518年) 七月  近江国蒲生郡 観音寺城  六角定頼



「面をあげよ」

 きっちり三日後に家臣一同が観音寺城の評定の間に集合した。
 新当主のお披露目だ。と言っても、元々内政は実質的に俺が取り仕切ってたし、軍を率いるのはほとんど親父がやっていた。
 親父が完全に引退を表明している以上、俺が家督を継ぐことには不満も無ければ不安もないはずだ。

 全員が顔を上げてこちらを見てくる。視線が痛い… こんなに重い視線は就活の圧迫面接以来だな。

「おそらく皆知っていると思うが、先日兄の近江守が亡くなった」

 皆動揺はない。長い間伏せっていたから、遂に来るべき時が来たという感想なんだろう。

「兄に子は無く、このわしが六角四郎の名を継承することとなる。異存のある者は今ここで申し出よ」


「異存などあろうはずがございません!」

 しばしの沈黙の後、池田高雄がひと際大きな声で宣言した。それに続いて、他の家臣達も異口同音に賛意を表す。
 兄の側近だった池田高雄が賛成したことで、この場の空気は俺が六角家の家督を継ぐことを正統と認めることに傾いた。いい仕事するよ高雄君。
 よくよく見渡せば少し俯いている奴もいるな。顔と名前は覚えておこう。

「皆の気持ちは良く分かった。昨今の京では管領細川家が二つに割れて争っておる。その上、大内が近々帰国するとの風聞もあり、この近江も容易ならざる舵取りが求められよう。
 皆、心を一つにしてわしに付いて来て欲しい。わしの為ではない、皆の領国の民を守るために、この近江を守るために、皆の力を貸してくれ!」

 わざと大げさに頭を下げた。会社で管理職やってりゃ、この手の青臭いアジ演説で若手の心を掴まにゃならんこともある。
 一座には感動して鼻をすする音が響く。体育会系のオッサン連中なんて、ひねくれた最近の若者に比べればチョロいもんだ。
 これで第一段階は出来上がりだ。俺の目的はあくまで近江を守ることという大義を作った。
 後は俺の強さを見せれば、六角定頼に心酔する家臣達の出来上がりだ。

「我ら家臣一同、新しき四郎様に… いや、御屋形様に忠誠を誓いまする!」

 高雄の宣言で一座の全員が頭を下げた。

 本当、チョロいもんだ。

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