江雲記―六角定頼に転生した舐めプ男の生涯―

藤瀬 慶久

文字の大きさ
3 / 215

収穫の季節

しおりを挟む
 
 ・永正十五年(1518年) 十月  近江国蒲生郡 観音寺城  六角定頼


 家督を継いで早三カ月。気が付けばもう年の瀬が二カ月後に迫っている。
 俺は激務の最中に暇を見つけて、池田高雄と将棋を指している。こう見えても将棋はまあまあ好きだったんでね。まだ矢倉囲いや美濃囲いなんかの戦術の無いこの時代じゃ俺の無双状態だ。

「ほい。王手飛車取りだ」
「あいや!……むぅ……」

 高雄が長考に入る。これは今回も俺の勝ちかな。

「そういえば高雄。弓の訓練場の方はどうなっている?」
「は?……ああ、資材は用意出来ましたので、あと十日のうちには使えるようになるかと」

 思い出したように高雄が答えて、再び長考に入る。

 家督を継いだ俺は、とりあえず京や各方面に家督継承の文と贈り物を出した後に弓の訓練場を作るところから始めた。
 最盛期は楽市が立ち、城下町として繁栄した観音寺城下も、今はただの寂れた農村だ。
 理由は南近江がまだ内乱状態にあるからだ。

 城下町と簡単に言うが、城下町を形作る為には城下の平和維持が出来ている事が絶対条件だ。誰が好きこのんでドンパチやってる最中の城塞付近に住みたいかって話だ。
 軍事拠点近くの集落なんて、敵軍からしたら格好の略奪場所になるからな。そのためにも、まずは内乱を終結させることが絶対条件だ。

 近江守護代の伊庭いば貞説さだときは二年前の永正十三年に兄の六角氏綱に敗れて、今は伊庭氏家老の九里くのり宗忍そうにんが預かる岡山城に身を寄せている。
 敗れて落ちこぼれているとはいえ、伊庭はまだ完全に降伏したわけじゃない。何かのきっかけがあれば観音寺城に攻め寄せて来るだろう。
 今は何よりも、伊庭・久里を攻め潰せる軍勢を整えることが第一だ。

 幸い、六角家中には日置流へきりゅう弓術の創始者、日置弾正豊秀から弓の奥義を伝授された吉田豊稔が仕えている。
 吉田豊稔の広めた日置へき吉田流よしだりゅう弓術は、現代弓道の原型になったほどの優れた弓術だ。と言っても、今はまだ六角家に門弟が居るに過ぎないが。

 この日置流が結構エグい。射手の型を重視する小笠原流に対し、日置流は矢の貫通力と的中率に重きを置いた実戦弓術で、歩兵弓術として完成した。熟練の日置流の射手から放たれた矢は、鎧すらも易々と貫通したらしい。
 後年鉄砲が登場するまでの戦場を圧倒した六角弓隊は、この日置流弓術によるところが大きい。六角弓隊と言えば天下一の弓兵隊との呼び声も高かったほどだ。

 この日置流を国人衆の家臣達に学ばせる。
 城攻め、野戦、どちらにしても鉄砲の無い時代じゃ弓は最強の飛び道具だからな。特に熟練の弓隊の破壊力は半端じゃない。
 鉄砲隊と比べても熟練の弓隊は戦力として決して劣る物じゃない。最大の欠点は欠員補充が難しいことだな。そのために家中の弓術の底上げを図る。


「これで……銀取りだ」

 パチン

「ああ!これは……」

 やれやれ、また次の一手が長くなりそうだ。


 あとは将軍家からの御内書待ちだな。
 現将軍の足利義稙と六角家は、ちょいとした因縁がある。

 親父の六角高頼は、明応の政変で京を追われた足利義材が再起を図って上洛軍を起こした時、それを六角軍単独で撃破した。義材はその敗戦で決定的に没落し、諸国を流浪して越中や越前を経て西国に下る。そして周防の大内義興の後援で上洛し、明応の政変によって奪われた将軍位を再び義澄から奪い返した。
 その時に名乗った名が足利義稙という訳だ。
 つまり、現将軍足利義稙にとって、六角高頼は自分を没落させる決定打を打った男ということだ。当然、将軍職に返り咲いてからの六角への当たりは厳しいものだった。

 だが、永正十五年八月には上洛していた大内義興が帰国した。
 最大戦力を持つ大内軍が京を去ったことで、阿波に逼塞していた足利義澄方の細川澄元が摂津に上陸して各地をかき回している。
 足利義稙を奉じる管領の細川高国は摂津各地で応戦しているが、あちこちで敗戦を重ねてしまう。
 そこで、六角家の出番になるわけだ。

 義稙としても背に腹は代えられないし、義澄と仲の良かった兄の氏綱は死んだ。今の六角家当主は七月に還俗して家督を継いだばかりの男だ。
 六角家との関係をまっさらに戻すには格好の機会というわけだ。もちろん、その後ろには大内の代わりに六角の戦力をアテにしようという下心がある。
 そういう訳で、年が明ければ将軍家直々の御内書が観音寺城に届くはず。


「むむ…… 参りました」
「これで俺の十勝だな。そろそろ高雄も駒運びを学んだんじゃないか?」
「いやいや、御屋形様のお見事な運びにはまだまだ敵いませぬ」

 それほど大したモンでもないんだけどな…
 下手の横好きってだけで、俺の将棋はヘボ将棋だぞ。

「ところで御屋形様。弓の訓練場よりも今は御裏方様を探さねばなりませんぞ」

 う……忘れたわけじゃないんだけど、嫁かぁ。正直前世を思い出しちゃって嫌なんだよな。

「今美濃の土岐家から婚姻の打診を受けているところですが、年明けには婚儀という運びとさせていただいてよろしいですか?」
「いや、少し待て」
「は?」
「足利から嫁を迎えることになるかもしれん」
「足利から……?」

 高雄がピンと来ないという顔をしている。まあ、足利家と六角家の今の関係から言えば考えにくいことだからな。

「上洛していた大内が二か月前に帰国した。今摂津には細川澄元の軍勢が上陸して色々とうるさくなっているだろう」
「ははあ……つまりは、あちらから輿入れを望んでくると?」
「かもしれん。まあ、年が明けて三月までは様子見だ」
「かしこまりました。ですが、なるべくお早く御裏方様をお迎え為されませ」
「わかっている」

 俺は家督継承時点で二十四歳。当時としては決して若くはない。
 それまでは僧籍にあったんだから、当然ながら子など居ない。新たに六角当主となったからには、一刻も早く産めよ増やせよというわけだ。

「まあ、遅くとも来年中にはだれか嫁を迎えることにしよう」

 高雄の視線を避けながら駒を箱に戻す。高雄は忠実でイイヤツなんだけど、口うるさいのが珠に瑕だな。
 年がら年中説教を聞かされちゃたまらん。

 さて、安堵状の発行作業に戻るかぁ。
 戦国大名って思ってたよりも事務作業がブラックなんだよ。早いところ祐筆を探そう。

 そういえばもうすぐ年貢の季節だな。せっかくの楽勝人生なのに貧乏暮らしじゃ目も当てられん。
 今年はどれだけの年貢が集まるかな。




 ・永正十五年(1518年) 十一月  近江国蒲生郡 今堀日吉神社  伴庄衛門


 今堀日吉社では恒例の『座』が開催されている。宮座の中心には銭が山と積まれ、私の手元には明細を記した紙がある。

「さて、では皆の衆。始めようか」

 今日は一年間の年貢の勘定を締める日だ。一年間の商売の成果を確認しあう意味でも重要な行事だ。

「まず八日市分が五百二十五文」
 私の言葉に従って銭の山から五百二十五文の銭が抜き取られ、傍らに分けられる。
「次に中野分、六百十五文。今在家分、六百七十文。破塚文、五百三十五文。……」
 次々に銭がより分けられ、山が二つに分かれていく。
「……最後に今堀分、一貫四百文。締めて六貫と五百十五文。間違いないか?」

「あります。六貫五百十五文」
「去年よりも十貫ほど扱い高が増えたようだな、よしよし。後は年貢分を木箱に詰めておいてくれ。明日にでも観音寺城へ持って行く。
 それじゃあ皆の衆、今年一年の商いご苦労さんでした」
「「ご苦労様でした」」

 やれやれ、これで今年の商売も終わりか。あとは年が明けてから里売りだな。

 我ら保内商人は新しい商人衆だから、方々の商人に市で荷を押し取られることも多い。
 喧嘩になることもあるから、皆も刀を差して商売に行かねばならん。
 もう少し平和に商売ができれば、もっと大きく儲けることができるんだがなぁ……。

 まあ、六角様に誼を通じておけば何かと争論では便宜を図って下さる。安い出費ではないが、それでも争論で勝てば押し取られた荷も返って来るから、護符代と思えばいいか。


「お頭、待ってくれ」

 ん?内池甚太郎か。何かあったか?

「年内にもう一度だけ、伊勢へ隊商を出せないか?」
「どうしてだ?山越衆は十月で年内は終わるとの取り決めがある。隊商を出すなら保内衆だけで行く事になるし、護衛は甲賀に頼むことになるが……」

 甚太郎が沈黙する。甲賀衆に護衛を頼むと高いからな。しかし、この時期は米の収穫が終わって商人の荷には米が多い。盗賊達からすれば格好の稼ぎ時になる。

「最悪の場合は、出た足は俺が負担する。だから、もう一度だけ」
「一体伊勢に何があるんだ?どうしても年明けまで待てないものか?」
「ああ、実は前回伊勢まで行った時に十一月頃には綿の実が入荷するという噂を聞いた。冬場に綿入りの服を作れば皆喜んで買ってくれるんじゃないかと思って」

 綿の実か……
 確かに、絹綿きぬわたの着込みは高いから、繰綿が安値で買えるなら悪くない商売になるかもしれんな。

「荷駄はいくつ出す?」
「出来れば二十駄ほど」
「それじゃあ足子を連れて行かにゃならんぞ。もう足子衆は郷里に返しちまった」
「そうか……やっぱ無理かなぁ……」
「十駄なら座の面子で出せるが……どうする?皆の衆」

 どうやら皆も反対ではないようだな。

「よし、それじゃあ明日にでもお城へ行って六角様に話してくる。今年の勘定は締めてしまったから、来年の勘定に付けさせてもらうように言っておこう」
「ありがてえ。皆の衆もよろしく頼む」

 甚太郎が座の面々に頭を下げる。やれやれ、秋祭りは延期だな。
 護衛の甲賀衆の雇い賃は、少し値引きしてもらうように兄上に頼んでみるか……



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

 神典日月神示 真実の物語

蔵屋
歴史・時代
 私は二人の方々の神憑りについて、今から25年前にその真実を知りました。 この方たちのお名前は 大本開祖•出口なお(でぐちなお)、 神典研究家で画家でもあった岡本天明(おかもとてんめい)です。  この日月神示(ひつきしんじ)または日尽神示(ひつくしんじ)は、神典研究家で画家でもあった岡本天明(おかもとてんめい)に「国常立尊(国之常立神)という高級神霊からの神示を自動書記によって記述したとされる書物のことです。  昭和19年から27年(昭和23・26年も無し)に一連の神示が降り、6年後の昭和33、34年に補巻とする1巻、さらに2年後に8巻の神示が降りたとされています。 その書物を纏めた書類です。  この書類は神国日本の未来の預言書なのだ。 私はこの日月神示(ひつきしんじ)に出会い、研究し始めてもう25年になります。  日月神示が降ろされた場所は麻賀多神社(まかたじんじゃ)です。日月神示の最初の第一帖と第二帖は第二次世界大戦中の昭和19年6月10日に、この神社の社務所で岡本天明が神憑りに合い自動書記さされたのです。 殆どが漢数字、独特の記号、若干のかな文字が混じった文体で構成され、抽象的な絵のみで書記されている「巻」もあります。 本巻38巻と補巻1巻の計39巻が既に発表されているが、他にも、神霊より発表を禁じられている「巻」が13巻あり、天明はこの未発表のものについて昭和36年に「或る時期が来れば発表を許されるものか、許されないのか、現在の所では不明であります」と語っています。 日月神示は、その難解さから、書記した天明自身も当初は、ほとんど読むことが出来なかったが、仲間の神典研究家や霊能者達の協力などで少しずつ解読が進み、天明亡き後も妻である岡本三典(1917年〈大正6年〉11月9日 ~2009年〈平成21年〉6月23日)の努力により、現在では一部を除きかなりの部分が解読されたと言われているます。しかし、一方では神示の中に「この筆示は8通りに読めるのであるぞ」と書かれていることもあり、解読法の一つに成功したという認識が関係者の間では一般的です。 そのために、仮訳という副題を添えての発表もありました。 なお、原文を解読して漢字仮名交じり文に書き直されたものは、特に「ひふみ神示」または「一二三神示」と呼ばれています。 縄文人の祝詞に「ひふみ祝詞(のりと)」という祝詞の歌があります。 日月神示はその登場以来、関係者や一部専門家を除きほとんど知られていなかったが、1990年代の初め頃より神典研究家で翻訳家の中矢伸一の著作などにより広く一般にも知られるようになってきたと言われています。 この小説は真実の物語です。 「神典日月神示(しんてんひつきしんじ)真実の物語」 どうぞ、お楽しみ下さい。 『神知りて 人の幸せ 祈るのみ 神の伝えし 愛善の道』

コンバット

サクラ近衛将監
ファンタジー
 藤堂 忍は、10歳の頃に難病に指定されているALS(amyotrophic lateral sclerosis:筋萎縮性側索硬化症)を発症した。  ALSは発症してから平均3年半で死に至るが、遅いケースでは10年以上にわたり闘病する場合もある。  忍は、不屈の闘志で最後まで運命に抗った。  担当医師の見立てでは、精々5年以内という余命期間を大幅に延長し、12年間の壮絶な闘病生活の果てについに力尽きて亡くなった。  その陰で家族の献身的な助力があったことは間違いないが、何よりも忍自身の生きようとする意志の力が大いに働いていたのである。  その超人的な精神の強靭さゆえに忍の生き様は、天上界の神々の心も揺り動かしていた。  かくして天上界でも類稀な神々の総意に依り、忍の魂は異なる世界への転生という形で蘇ることが許されたのである。  この物語は、地球世界に生を受けながらも、その生を満喫できないまま死に至った一人の若い女性の魂が、神々の助力により異世界で新たな生を受け、神々の加護を受けつつ新たな人生を歩む姿を描いたものである。  しかしながら、神々の意向とは裏腹に、転生した魂は、新たな闘いの場に身を投じることになった。  この物語は「カクヨム様」にも同時投稿します。  一応不定期なのですが、土曜の午後8時に投稿するよう努力いたします。

不死身のボッカ

暁丸
ファンタジー
逓信(ていしん)ギルドに所属する甲殻人ボッカ。歩荷(ぼっか=運搬人)だからボッカと素性を隠す特急便の運搬人。 小柄な身体に見合わぬ怪力、疾風のスピードと疲れ知らずのスタミナで、野を越え山越え荷物を運ぶ。 逓信ギルドの運搬人になったのは、危険な迷宮には入りたく無いから。面倒と危険を避けてすんなり仕事を終わらせたいのに、時にギルド支部長に命じられ行きたくも無い魔獣狩りの運搬人として駆り出される。 割とチートな身体能力を持ちながら、戦闘能力はからっきしで過剰な期待はされたく無い。こんな殺伐とした異世界生活なんかとっとと終わらせて眠るように死にたいと願う、そんな<不死身の歩荷>のお話。 ※種族名とか用語は前作と共通にしてますが、別の世界の物語です。世界観も若干違います。 ※「歩荷」とは一般的にいう「ポーター」のことですが、長距離運送も兼任しています。 ※作者が設定厨なので、時々本筋に関係ない解説回が入ります。 ※第16回ファンタジー小説大賞にエントリーしてみました。

この状況には、訳がある

兎田りん
ファンタジー
 どうしてこんなことになったのか…    ファルムファス・メロディアスは頭を抱えていた。  居なくてもいい場所に、しなくてもいい装いをしている事の居心地の悪さといったら!  俺の関係ない所でやってくれ!  ファルムファスの握りしめた拳の行方はどこに ○更新状況○ 2023/2/15投稿開始 毎週水曜20時頃次回投稿の予定

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
 お人好しで動物好きな最上悠は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏も、寿命から静かに息を引き取ろうとする。 「助けたいなら異世界に来てくれない」と少し残念な神様と出会う。  転移先では半ば強引に、死にかけていた犬を助けたことで、能力を失いそのひっそりとスローライフを送ることになってしまうが  迷い込んだ、訪問者次々とやってきて異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

処理中です...