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収穫の季節
しおりを挟む・永正十五年(1518年) 十月 近江国蒲生郡 観音寺城 六角定頼
家督を継いで早三カ月。気が付けばもう年の瀬が二カ月後に迫っている。
俺は激務の最中に暇を見つけて、池田高雄と将棋を指している。こう見えても将棋はまあまあ好きだったんでね。まだ矢倉囲いや美濃囲いなんかの戦術の無いこの時代じゃ俺の無双状態だ。
「ほい。王手飛車取りだ」
「あいや!……むぅ……」
高雄が長考に入る。これは今回も俺の勝ちかな。
「そういえば高雄。弓の訓練場の方はどうなっている?」
「は?……ああ、資材は用意出来ましたので、あと十日のうちには使えるようになるかと」
思い出したように高雄が答えて、再び長考に入る。
家督を継いだ俺は、とりあえず京や各方面に家督継承の文と贈り物を出した後に弓の訓練場を作るところから始めた。
最盛期は楽市が立ち、城下町として繁栄した観音寺城下も、今はただの寂れた農村だ。
理由は南近江がまだ内乱状態にあるからだ。
城下町と簡単に言うが、城下町を形作る為には城下の平和維持が出来ている事が絶対条件だ。誰が好きこのんでドンパチやってる最中の城塞付近に住みたいかって話だ。
軍事拠点近くの集落なんて、敵軍からしたら格好の略奪場所になるからな。そのためにも、まずは内乱を終結させることが絶対条件だ。
近江守護代の伊庭貞説は二年前の永正十三年に兄の六角氏綱に敗れて、今は伊庭氏家老の九里宗忍が預かる岡山城に身を寄せている。
敗れて落ちこぼれているとはいえ、伊庭はまだ完全に降伏したわけじゃない。何かのきっかけがあれば観音寺城に攻め寄せて来るだろう。
今は何よりも、伊庭・久里を攻め潰せる軍勢を整えることが第一だ。
幸い、六角家中には日置流弓術の創始者、日置弾正豊秀から弓の奥義を伝授された吉田豊稔が仕えている。
吉田豊稔の広めた日置吉田流弓術は、現代弓道の原型になったほどの優れた弓術だ。と言っても、今はまだ六角家に門弟が居るに過ぎないが。
この日置流が結構エグい。射手の型を重視する小笠原流に対し、日置流は矢の貫通力と的中率に重きを置いた実戦弓術で、歩兵弓術として完成した。熟練の日置流の射手から放たれた矢は、鎧すらも易々と貫通したらしい。
後年鉄砲が登場するまでの戦場を圧倒した六角弓隊は、この日置流弓術によるところが大きい。六角弓隊と言えば天下一の弓兵隊との呼び声も高かったほどだ。
この日置流を国人衆の家臣達に学ばせる。
城攻め、野戦、どちらにしても鉄砲の無い時代じゃ弓は最強の飛び道具だからな。特に熟練の弓隊の破壊力は半端じゃない。
鉄砲隊と比べても熟練の弓隊は戦力として決して劣る物じゃない。最大の欠点は欠員補充が難しいことだな。そのために家中の弓術の底上げを図る。
「これで……銀取りだ」
パチン
「ああ!これは……」
やれやれ、また次の一手が長くなりそうだ。
あとは将軍家からの御内書待ちだな。
現将軍の足利義稙と六角家は、ちょいとした因縁がある。
親父の六角高頼は、明応の政変で京を追われた足利義材が再起を図って上洛軍を起こした時、それを六角軍単独で撃破した。義材はその敗戦で決定的に没落し、諸国を流浪して越中や越前を経て西国に下る。そして周防の大内義興の後援で上洛し、明応の政変によって奪われた将軍位を再び義澄から奪い返した。
その時に名乗った名が足利義稙という訳だ。
つまり、現将軍足利義稙にとって、六角高頼は自分を没落させる決定打を打った男ということだ。当然、将軍職に返り咲いてからの六角への当たりは厳しいものだった。
だが、永正十五年八月には上洛していた大内義興が帰国した。
最大戦力を持つ大内軍が京を去ったことで、阿波に逼塞していた足利義澄方の細川澄元が摂津に上陸して各地をかき回している。
足利義稙を奉じる管領の細川高国は摂津各地で応戦しているが、あちこちで敗戦を重ねてしまう。
そこで、六角家の出番になるわけだ。
義稙としても背に腹は代えられないし、義澄と仲の良かった兄の氏綱は死んだ。今の六角家当主は七月に還俗して家督を継いだばかりの男だ。
六角家との関係をまっさらに戻すには格好の機会というわけだ。もちろん、その後ろには大内の代わりに六角の戦力をアテにしようという下心がある。
そういう訳で、年が明ければ将軍家直々の御内書が観音寺城に届くはず。
「むむ…… 参りました」
「これで俺の十勝だな。そろそろ高雄も駒運びを学んだんじゃないか?」
「いやいや、御屋形様のお見事な運びにはまだまだ敵いませぬ」
それほど大したモンでもないんだけどな…
下手の横好きってだけで、俺の将棋はヘボ将棋だぞ。
「ところで御屋形様。弓の訓練場よりも今は御裏方様を探さねばなりませんぞ」
う……忘れたわけじゃないんだけど、嫁かぁ。正直前世を思い出しちゃって嫌なんだよな。
「今美濃の土岐家から婚姻の打診を受けているところですが、年明けには婚儀という運びとさせていただいてよろしいですか?」
「いや、少し待て」
「は?」
「足利から嫁を迎えることになるかもしれん」
「足利から……?」
高雄がピンと来ないという顔をしている。まあ、足利家と六角家の今の関係から言えば考えにくいことだからな。
「上洛していた大内が二か月前に帰国した。今摂津には細川澄元の軍勢が上陸して色々とうるさくなっているだろう」
「ははあ……つまりは、あちらから輿入れを望んでくると?」
「かもしれん。まあ、年が明けて三月までは様子見だ」
「かしこまりました。ですが、なるべくお早く御裏方様をお迎え為されませ」
「わかっている」
俺は家督継承時点で二十四歳。当時としては決して若くはない。
それまでは僧籍にあったんだから、当然ながら子など居ない。新たに六角当主となったからには、一刻も早く産めよ増やせよというわけだ。
「まあ、遅くとも来年中にはだれか嫁を迎えることにしよう」
高雄の視線を避けながら駒を箱に戻す。高雄は忠実でイイヤツなんだけど、口うるさいのが珠に瑕だな。
年がら年中説教を聞かされちゃたまらん。
さて、安堵状の発行作業に戻るかぁ。
戦国大名って思ってたよりも事務作業がブラックなんだよ。早いところ祐筆を探そう。
そういえばもうすぐ年貢の季節だな。せっかくの楽勝人生なのに貧乏暮らしじゃ目も当てられん。
今年はどれだけの年貢が集まるかな。
・永正十五年(1518年) 十一月 近江国蒲生郡 今堀日吉神社 伴庄衛門
今堀日吉社では恒例の『座』が開催されている。宮座の中心には銭が山と積まれ、私の手元には明細を記した紙がある。
「さて、では皆の衆。始めようか」
今日は一年間の年貢の勘定を締める日だ。一年間の商売の成果を確認しあう意味でも重要な行事だ。
「まず八日市分が五百二十五文」
私の言葉に従って銭の山から五百二十五文の銭が抜き取られ、傍らに分けられる。
「次に中野分、六百十五文。今在家分、六百七十文。破塚文、五百三十五文。……」
次々に銭がより分けられ、山が二つに分かれていく。
「……最後に今堀分、一貫四百文。締めて六貫と五百十五文。間違いないか?」
「あります。六貫五百十五文」
「去年よりも十貫ほど扱い高が増えたようだな、よしよし。後は年貢分を木箱に詰めておいてくれ。明日にでも観音寺城へ持って行く。
それじゃあ皆の衆、今年一年の商いご苦労さんでした」
「「ご苦労様でした」」
やれやれ、これで今年の商売も終わりか。あとは年が明けてから里売りだな。
我ら保内商人は新しい商人衆だから、方々の商人に市で荷を押し取られることも多い。
喧嘩になることもあるから、皆も刀を差して商売に行かねばならん。
もう少し平和に商売ができれば、もっと大きく儲けることができるんだがなぁ……。
まあ、六角様に誼を通じておけば何かと争論では便宜を図って下さる。安い出費ではないが、それでも争論で勝てば押し取られた荷も返って来るから、護符代と思えばいいか。
「お頭、待ってくれ」
ん?内池甚太郎か。何かあったか?
「年内にもう一度だけ、伊勢へ隊商を出せないか?」
「どうしてだ?山越衆は十月で年内は終わるとの取り決めがある。隊商を出すなら保内衆だけで行く事になるし、護衛は甲賀に頼むことになるが……」
甚太郎が沈黙する。甲賀衆に護衛を頼むと高いからな。しかし、この時期は米の収穫が終わって商人の荷には米が多い。盗賊達からすれば格好の稼ぎ時になる。
「最悪の場合は、出た足は俺が負担する。だから、もう一度だけ」
「一体伊勢に何があるんだ?どうしても年明けまで待てないものか?」
「ああ、実は前回伊勢まで行った時に十一月頃には綿の実が入荷するという噂を聞いた。冬場に綿入りの服を作れば皆喜んで買ってくれるんじゃないかと思って」
綿の実か……
確かに、絹綿の着込みは高いから、繰綿が安値で買えるなら悪くない商売になるかもしれんな。
「荷駄はいくつ出す?」
「出来れば二十駄ほど」
「それじゃあ足子を連れて行かにゃならんぞ。もう足子衆は郷里に返しちまった」
「そうか……やっぱ無理かなぁ……」
「十駄なら座の面子で出せるが……どうする?皆の衆」
どうやら皆も反対ではないようだな。
「よし、それじゃあ明日にでもお城へ行って六角様に話してくる。今年の勘定は締めてしまったから、来年の勘定に付けさせてもらうように言っておこう」
「ありがてえ。皆の衆もよろしく頼む」
甚太郎が座の面々に頭を下げる。やれやれ、秋祭りは延期だな。
護衛の甲賀衆の雇い賃は、少し値引きしてもらうように兄上に頼んでみるか……
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