江雲記―六角定頼に転生した舐めプ男の生涯―

藤瀬 慶久

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商業組合

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 ・大永五年(1525年) 十二月  近江国蒲生郡 石寺楽市会所  伴庄衛門


「それでは皆さん。今年一年ご苦労様でございました」
「「ご苦労様でした」」
「では、来年も商いの益々の発展を祈って」
 全員で杯を掲げる。皆の前には膳が並び、旨そうな料理と酒が並んでいる。

 今日は年内最後の会合衆の会合だ。今年も色々なことがあったな。
 各郷の皆もよく働いてくれた。わしらが北近江に掛かりきりになっていられるのも、山越衆の皆が今までの商売をしっかりと太くして行ってくれるおかげだ。
 来年には今浜衆が石寺に店を出すと言うし、楽市の市域ももう少し広げてもらわねばならんな。

「伴さん。わしらがこうして晴れやかな心で年の瀬を迎えられるのもあんたのおかげだ。来年も一つよろしく頼みます」
「これは苗村さん。こちらこそ、横関衆のおかげでわしらも益々の商売ができるようになった。こちらこそ来年もよろしく」

 苗村さんと杯を交わし合って飲む。やはり、争っているよりこうして共に手を携える方がよほどいい。
 横関衆と争っているヒマが無くなったおかげだな。六角様に感謝せねばいかん。

「そういえば苗村さん。最近木屋町で職人と熱心に何かをやっていると聞いたが、一体何をやっているのかね?」
「ああ、最近イワシの値段も上がって来ただろう?だから、イワシをもう少し高く売る工夫を出来ないかと思ってな」
「高く?しかし、肥料の値を上げると困る者も出て来るが」
「もちろん、干鰯の値を上げるつもりはない。干したイワシから油を搾ることはできないかと工夫しているところだ」

 油を?確かにイワシは油が多い魚だ。菜種油は高いから、魚の油を搾って売れるなら肥料の値上がり分を稼ぎ出せるかもしれんな。

「そういう伴さんこそ、織屋町で色々とやっているそうじゃないか。今度は何を企んでいるのかね?」
「ははは、企むとは人聞きが悪い。綿花の生産量もずいぶん上がってきたから、船の帆用に丈夫な木綿織りが出来ないか試しているところだ。
 今は麻布とか藁莚わらむしろを帆にしているが、木綿を使ってそれらより丈夫で長持ちする布地が作れれば大きな商売になるんじゃないかと思ってな。
 といっても、太くて丈夫な糸を作る所から工夫せねばならんから、職人も苦労しているよ」
「そうか。売り先が増えれば綿花を作っている百姓も潤う。皆の暮らしが豊かになるな」
「それがわしら商売人の本分だろう。百姓が作ってくれた物をどうやって売るかを考えるのが商人の仕事だ」

「よお、二人して何の悪だくみかね?」
 小幡の布施さんか。だいぶ酔っているな……
「これは布施さん。悪だくみとは人聞きが悪い。来年はどういう風に商売をしていこうかと話し合っていたところだ」
「ほう……」

 真っ赤な顔をしてても商売のことになると眼つきが変わるな。布施さんも根っからの商売人だ。

「そういや布施さん所の肥料小屋は順調かね?」
「ああ、牛や馬の糞と藁を混ぜて寝かせてある。行ってみるか?とてもいい匂いだぞ」
「ははは、遠慮しておくよ。アンタの所の肥料小屋は凄い匂いだからな。六角様からあまりの匂いに場所を変えろと言われたほどだ」
「匂いはキツいが、儂らの飯の種だ。大事に寝かさねば」

 皆も集まって来たな。結局は会合も酒宴も変わらん。いつもこの面子で集まると商売の話になる。
 皆心底仕事が好きな男達だな。

「そういえば、布施さん所の小幡衆は九里半街道も出入りしていたんじゃなかったか?」
「ああ、関の手形は持っている。もっとも、今は伊勢が忙しくて若狭へはあまり仕入れに行けていないが」
「この前六角様と話した折に、伊勢のイワシが値上がりしているなら敦賀や若狭からの仕入れの伝手ももう少し増やしたらどうかと言われた。小幡衆でもう一度若狭への道を開発することはできるかい?」
「まあ、横関衆が伊勢の通商をやってくれるようになって人手の都合は付くようになったし、伴さんがそう言うなら小幡は九里半街道をもう一度攻めてみるかな」

 なんとか六角様から言われていた若狭方面の手当ては付いたか。
 若狭へは小幡衆に行ってもらうようにしよう。
 おっと、情報の仕入れも頼まねばならんな。

「そうだ、少し皆に相談がある」
「急に改まってどうした?伴さん」
「実は、今までわしら保内衆は商いの先で仕入れた話を六角様にお伝えしていたんだが、今保内衆は北近江に掛かり切りになっていて身動きが取れん。そこで、皆の衆にも商売先で仕入れて来た話をわしに教えてもらいたいんだ。
 六角様は近江の民の暮らしや、どこそこで戦がありそうだという話にとても敏感だ。仕入れて来た話をお話すれば、とても喜んで下さる。
 皆の配下の商人達にも各地の話を仕入れてきてもらうようにお願いしたい」
「なんだ、そんな事か。分かった。皆の衆にも出先で聞き込んで来た話を伴さんに届けるように伝えておこう」

 これで、若狭方面の情報も手に入るだろう。あとは大津や京の方にも伝手を探さねばならんな。
 六角様は堅田の殿原衆と話をしてみると仰っていたし、わしは一度粟津の衆(大津商人)と渡りをつけてみるか。

 誰か粟津に親戚なんか居る者はいなかったかな?



 ・大永六年(1526年) 二月  近江国蒲生郡 常楽寺  六角定頼


「やあ、わざわざ来てもらって申し訳なかったな。面をあげてくれ」

 対面で堅田殿原衆の頭領である猪飼いかい昇貞のぶさだが頭を上げる。
 蓬髪を乱暴に縛った頭と真っ黒に日焼けした顔は、正に海の男って感じだ。湖だけど。

「いえ、六角様からの御用となれば我らが出向くのは当然です」
「ははは。まあそう堅くならずに、一度腹を割って話してみたいと思っただけだ」
「はあ……」

 随分警戒しているな。無理もないか。
 堅田は権利関係が複雑で、さらに一向宗と絡んだために手痛い被害を受けている。

 元々平安末期の堅田は下賀茂神社の社領だったが、源平の頃に比叡山の荘園が出来上がった。つまり、元々下賀茂神社と比叡山が利権を争っていた土地だ。
 さらには承久の乱の後で俺のご先祖様の佐々木信綱が地頭に任じられると、下賀茂神社・比叡山・佐々木家(六角家)が三つ巴で利権争いをしていた。
 今では比叡山が事実上の支配権を手に入れているが、六角家が堅田に口出しすることは過去に何度もあった。そのたびに比叡山と喧嘩しまくったわけだが……

 そこに、本願寺八世の蓮如が比叡山からの迫害を避けて浄土真宗の堅田本福寺に避難した。
 その後蓮如は北陸地方に逃げ込み、越前から加賀にかけて布教活動を行った。だが、堅田は『仏敵蓮如を匿った』として比叡山からのヘイトを一身に受けてしまう。
 折しも室町八代将軍の足利義政は、花の御所再建の為の木材を堅田衆が差し押さえたことで激怒し、延暦寺に堅田の処分を求めた。そして、比叡山によって堅田は焼き討ちにあっている。
 今から六十年ほど前に起こった、堅田大責かたたおおぜめと言われる事件だ。

 ようやく再建成った堅田にまたぞろ喧嘩の種を持ち込まれてはたまらんというところだろうな。

「心配するな。堅田の領有をどうのという話じゃない。堅田衆と取引がしたいと思ってな」
「取引ですか?」
「そうだ。堅田は比叡山領であるとはいえ、その活動はほぼ自治的に運営されていると聞いた。近江の水運を握る堅田衆と協力関係を築きたい」
「協力関係などと……関銭を払って頂ければ、どのような荷でも問題なく通します。特に新たな関係を築くこともありませんが」
「荷の通過だけでなく、北からの荷の運搬なども請け負ってもらえれば助かる。つまりは、我が六角家の水軍衆として働いて欲しいのだ」

 猪飼がじっと目を見つめて来る。
 ここが勝負どころだな。自信のない素振りをすれば相手はこちらを侮って来る。負けねぇぞ。

「しかし、我らは自治が認められているとはいえ、領主は比叡山です。比叡山の意向に逆らってまでのことは……」

 猪飼がすっと目を逸らして話を続ける。よし!にらめっこは俺の勝ちだ。

「タダでとは言わん。こういう物を持ってきた」

 伴庄衛門から受け取った木綿織を十反ほど運ばせる。
 途端に猪飼の目の色が変わったな。やはり水軍なら興味を持つよな。

「……これは?」
「新しい木綿の帆の試作品だ。まだ完成品ではないが、従来の麻や莚に比べて格段に丈夫に出来ている。
 今の帆では一月ほどで帆を変えねばならんそうだな?」
「はい。丈夫な帆は我ら水軍衆の心からの望みでもあります」
「今後も新しい帆布織りの開発は続ける。その帆の試作品や完成品を堅田衆に優先的に廻すように計らってやろう。それが我が水軍衆として働く条件だ」

 見本布を引っ張ったり破こうとしたりしながら、猪飼が耐久性を確認する。
 現代の帆布にはまだ遠く及ばんが、それでも今までの帆に比べれば格段に丈夫に出来ている。彼らにとっては技術革新と言ってもいい出来だろうな。

「良い布地とお見受けします。とても魅力的なお話ですが……」

 ん?飛びつくと思ったが妙に歯切れが悪いな。

「何か問題があるのか?」
「その……今の堅田はわしらだけでなく全人衆の意見も聞かねば決められない状態でして……」

 そうなのか。てっきり殿原衆が取り仕切っている物と思っていたが、一向宗の力がそれほどに強くなってきているとはなぁ……

「全人衆はわしらと違って水軍じゃありません。水軍にとってはこの新しい布地はとても魅力的ですが、水軍に藁莚や麻布を卸している全人衆側の商人が何と言うか……」

「そうか。全人衆にとっては強力な競合商品になるということか」
「はい。殿原衆だけで決められれば、今この場で返事をできますが……」

 結局ここでも商業利権か。いつの時代もビジネスの世界は熾烈なモンだなぁ。

「わかった。ともあれ、この試作の布地は渡しておくから水軍衆だけでも一度話し合ってみてくれるか」
「承知しました。このような仕儀で真に申し訳ありません」

 やれやれ、いきなり交渉成立とはいかなかったか。


 ………………宗門か。

 やっぱ宗教戦争しなきゃならんかね。まあ、史実の定頼は信長以上に宗教弾圧やってるからなぁ。
 実際の所、信長の宗門対立が比叡山と石山本願寺のは、六角定頼がそれまでに山科本願寺と法華宗をボッコボコにしておいたからだ。本願寺十世の証如なんかは定頼に震えあがって尻尾を振っていたくらいだ。
 六角定頼は比叡山を前に出して巧妙に矢面に立たないようにしていたから目立っていないが、やっていることは信長以上だからな。

 ここは俺もやらなきゃならんかなぁ。嫌だなぁ。

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