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駆け引き
しおりを挟む・大永七年(1527年) 二月 近江国蒲生郡 観音寺城 六角定頼
「弾正。苦労をかけて済まないな」
「いえ。大切な御身でございますれば、無事来着されまして安堵いたしました」
観音寺城の広間の下座で頭を下げる。上座に座るのは、十七歳になった足利義晴だ。
背もすっかり伸び、威風堂々たる青年に成長している。オジちゃん思わず泣いちゃうよ。
ニキビが残っているのがまだまだ若さの証だね。
……て、言うてる場合か!
進藤からの文を読んで仰天した。
情報収集して来いって言ったのに、『なんかヤバそうだったから将軍連れて帰ってきました』ときたもんだ。
まあ、それはいい。確かに今の京に置いておくのは危ないかもしれない。
しかし、義晴と共に余計なモンまで拾ってきた。
「それにしても弾正の忠臣ぶりよ。この右京大夫心から感じ入ったぞ」
義晴の隣でニコニコと笑う高国だよ。
はっきり言って高国はお呼びじゃない。ここに来られたら、上洛軍はまた六角が主力になってしまうじゃないか。今回はこそっと陣の端で手伝い戦だけにしとこうと思ってたのに……
「ハッ!有難きお言葉にございまする」
上司には条件反射で頭を下げてしまうのも元サラリーマンの悲しい性だ。
くそっ。ただでさえ赤字確定の援軍なのに、これじゃあ益々経費倒れするじゃないか。
お願いだから帰ってくれ。
「公方様。早速ですが某はお味方を募りまする。公方様は今しばし弾正の元で雌伏をお願い申し上げます。なあに、今年のうちには再び公方様を京へお戻しして見せまする」
勝手なことを言うんじゃない。公方様をお戻しする軍勢は俺に丸投げする腹のくせしやがって。
……うん?今味方を募るって言ったか?
「右京大夫様。恐れながらどちらの軍勢を引き連れられるおつもりで?」
「若狭の武田は変わらず儂に付き従うと申しておる。それと朝倉からも援軍を募るつもりだ」
……ほう。
ひひひひ……
「しからば、朝倉へは某も文を書きまする。何としても上洛軍に加わって頂くようお願いいたしましょう」
「おお、そうしてくれるか。いや、返す返すも弾正の忠臣振りにはこの右京大夫も頭が下がるわ」
ちょうどいい。援軍には越前の誇る朝倉宗滴に御出馬願おう。それなら、俺はラクできるかもしれない。
文通も怠りなくやっているから、前回の上洛戦より多めに軍勢連れて来てくれるとうれしいな。
赤字は出来るだけ皆で分担しあった方がいいもんね。
・大永七年(1527年) 三月 近江国蒲生郡 観音寺城 六角定頼
観音寺城の一室で情報共有会議を開く。
参加者は進藤・後藤・平井・蒲生・永原・三雲。それと伴庄衛門だ。
「まず、新助(進藤貞治)と新九郎(三雲資胤)から報告を聞こう。京の情勢はどうだ?」
「ハッ!丹波勢は波多野勢三千に加えて摂津から三好越後守(三好政長)の軍勢が加勢し、合計八千の軍勢で攻めかかりました。対する管領様(細川高国)は兵五千に若狭武田の兵一千。
兵数だけ見ればそれなりに戦いようはあったと思われるのですが……」
進藤が口を濁す。妙に歯切れが悪いな。
「思われるが、どうした?」
「あの采配振りでは……ちと……」
「そんなに不味いか」
「はい。ただただ桂川沿いに横一文字に展開して矢を放つだけでございました。
当然ながら三好越後守に渡河を許し、拠点を作られて裏を取られました。そこから後詰の武田を攻め崩され、結局は……」
「総崩れというわけだ」
進藤が無言で頷く。
やれやれ、拠点を作らせない力点作りも無ければ、誘導して罠に嵌まった敵勢を攻め潰す狩場も作らずに矢を射っていただけとは……
高国の下知で戦っては無駄に兵を死なせるな。
「公方様が落ち延びた後の京の情勢はわかるか?」
「それは某から」
三雲資胤が膝を進めて発言する。頭には白髪が目立つが、まだまだ声は若々しい。
「某の倅と甲賀衆を数名京に残し、その後の情勢を見守らせました。
公方様・管領様と共に幕府の奉行人も落ちて参りましたので、京の政は機能を停止している状況のようです」
「波多野や三好はどうした?京を占拠しているんだろう?」
「それが……三好越後は摂津に戻り、京洛は波多野と柳本の手勢が狼藉を行っているとの由にございます」
「京の警備をしているわけではないのか?」
「警備というよりもただの略奪とのこと。なんとも傍若無人な振る舞いの様子にて」
なんだかなぁ……
京の市民の恨みを買っても良い事なんて一つもないだろうに。
それで公家の三条実香が一緒に落ちて来たという訳か。暴徒の群れの中で事故でも起これば命が危なくなることもあり得るからな。
「では、京は今も波多野・柳本の軍勢が占拠しているのだな?」
「いえ。奪う物が無くなったので、丹波へ引き上げて行ったとのことです」
「と言うことは、今京を抑えている勢力が居ないということか?」
「はい。戦のドサクサで野盗まがいの者達が横行し、法華宗門徒などは自警団を組織して自己防衛に当たっていると……」
想像以上だな。いや、想像以下か。
一体何しに上洛したんだ?
「で、三好越後(三好政長)は今何をしているかわかるか?」
場を見回すと全員が首を横に振る。
ため息を一つ吐くと、伴庄衛門がおずおずと発言する。
「堺の内池甚太郎からの報せによると、三好筑前様(三好元長)と対立しているとのことでございます。摂津の中嶋城に戻った三好越後様は、自分こそが管領様を京から追い落としたと吹聴し、二万の軍勢を抱えるとはいえ後からやって来て主力面をする三好筑前様を侮る所が大きいと」
「三好筑前は阿波公方(足利義維)を奉じて細川六郎(細川晴元)と共に堺に留まっているのだったな?」
「はい。味方との対立が激しく、上洛どころではないと聞き及びます」
「よし。だいたい分かった」
要するに完全に烏合の衆だな。目的は細川高国を打倒し、足利義晴を廃して足利義維を新たな将軍に就けることだろうに、その後の主導権争いで細川晴元陣営はバラバラだ。
高国があっさりと負けてしまった分、余計に次の権勢の座が意識の中にチラついてしまっているんだろう。ある意味戦下手で助かった部分だな。笑えないけど。
さて、この状況で六角家の利益とは何だろうか。
言うまでもなく、戦争で得る利益は領地だ。だが、京から東は軒並み高国陣営になっている以上、近場で宛がわれそうな領地はない。
摂津や河内なんて飛び地を貰ってもどのみち維持できないしな。
つまり六角にとっては、勝っても利が無く負ければ声望が下がるという非常に不利な勝負になってしまうわけか。
それでも義晴が落ち延びて来てしまった以上協力しないわけにはいかない。周りが高国陣営ということは、逆に言えば近江が高国陣営を抜ければ周辺国から寄ってたかってボコられる可能性があるということだ。
嫌な話だねまったく。
ともかく、こういう時は正面から戦わない方が得策だな。
「庄衛門。六郎方(細川晴元)の諸将の中で入り込めたのは三好筑前だけか?」
「はい」
それじゃあ、やっぱり裏取引を持ちかけるなら三好元長しかいないか。
あっちにも弱みはあるんだし、お互いに手を結ぶ利に気付いてくれるかどうかだな。
……話し合いに応じてくれればいいなぁ。
・大永七年(1527年) 四月 摂津国住吉郡 堺 顕本寺 三好元長
「何?六角弾正から書状だと?」
「いえ、正しくは弾正の意を受けた進藤山城守(進藤貞治)からでございますが……」
「どっちでも良いわ。ともかく六角から文が届いたというのだな?」
孫四郎(篠原長政)が一つ頷いて文を差し出す。
奉書ではなく小さく畳まれた紙片だ。つまり、正式な書状ではなく密書というわけだな。
「六角と交渉などあったか?」
「某の従者で堀田源八という者が居りますが、その源八が堺の町で『近江屋』という商店主と旧知の間柄であると申しておりました。
この文はその近江屋からもたらされた物にございます」
ほう……
つまり、六角は近江からこの堺にまで配下を送り込む手配をしているということか。
中々背筋の寒くなる話だな。件の近江屋とやらには迂闊なことを漏らさぬように言っておかねば。
しかし、六角から儂に一体何の用だ?
…………ふむ。
六角もあまり戦をしたくは無い、か。
こちらとしても望む所だ。というよりも、今の我らはまともに戦える状況ではない。
宿願通り道永(細川高国)を京から追い落としはしたが、摂津国人衆と阿波国人衆で主導権争いが起こってしまった。越後守などは三好の一族でありながら摂津国人衆の口車に乗せられて儂を非難しておる。
そのせいで上洛することすらままならん。上洛した後に摂津国衆が反旗を翻せば儂らは京で孤立する。
しかし、ならばどうするかだが……
道永ともども六角もまとめて討ち滅ぼすか?
いや、それは不可能だ。二度にわたる将軍親征を退けた六角の底力は伊達ではない。道永が近江に逃れた以上どのみち追撃して六角を叩くことは難しい。
近江の奥深くにまで誘い込まれれば、我らは身動きが取れなくなる。そのうちに摂津国衆が後ろを塞げば、阿波に戻ることすらままならんようになる。
……つまり儂らは近江に手出しができないということか。厄介だな。
それならば、六角と手を結んで道永と切り離した方が良いかもしれぬ。
儂や孫四郎にとって憎きは道永ただ一人だ。道永こそは祖父を騙し、『祖父さえ死ねばその他の三好一統は助命する』と偽って腹切らせた男だ。挙句、祖父が腹を切った次の日には三好一統を悉く処刑した。
道永さえ亡き者にできるのであれば、六角とは和を結ぶのも悪くない。どのみち近江征伐など出来ない相談なのだからな。
……ふむ。そこまで見越して密書を出してきたのか。それならばわざわざ手の内をさらけ出したことにも納得がいく。堺に埋め込んだ近江屋は、六角にとっても公にしたいものではないはずだからな。
ふふふ……ということは、どうやら六角は道永を見捨てる腹積もりのようだな。
「孫四郎。その近江屋とやらは常に近江と連絡が取れるのか?」
「源八の話では近江の商人が堺に出店を出しているとのことです。商品は近江から持ってきているそうなので、六角との連絡はいつでも可能かと」
そうだろうな。でなければこの密書を届けて来るはずがない。
「わかった。返書を認める。その近江屋とやら、顕本寺に来るように申し付けてくれ」
「ハッ!」
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