江雲記―六角定頼に転生した舐めプ男の生涯―

藤瀬 慶久

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西からの風

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 ・大永六年(1526年) 十月  阿波国三好郡 芝生城  三好元長


 居室で飽きることなく書状を眺めていると、”失礼します”と声が掛かる。

「入れ」

 一声かけると篠原孫四郎(篠原長政)が一礼して入って来た。
 相変わらずひょろりと細長い体つきだ。こんな細い体でも戦ではそれなりの働きをするのだから不思議だ。

「殿、お呼びでございますか」
「うむ。この書状を見よ」

 差し出した書状を受け取ると、孫四郎が一礼して読み始める。読み進めるに従って次第に孫四郎の顔にも気迫が籠って来た。

「殿、いよいよ我らの宿願が……」
「うむ。勝瑞城の六郎様(細川晴元)から上洛の供をせよとのことだ。憎き道永(細川高国)に雪辱を果たす時が来たぞ」

 孫四郎の目から一筋の涙がこぼれる。
 気持ちは痛いほど分かる。我が祖父・三好之長と孫四郎の父・篠原宗半は等持院の戦いで道永に殺された。
 あれから七年の間、我らは屈辱に耐えて阿波に逼塞し、ひたすら反撃の機会を待った。待ち焦がれたその機会がとうとうやって来たのだ。

「戦支度をしろ。六郎様に従って我ら三好も堺へ上陸する。今こそ道永を権勢の座から引きずりおろすのだ」
「ハッ!」

 そう、道永を引きずりおろし、細川京兆家の家督を六郎様にお継ぎ頂く。
 傀儡の公方共々、道永を討ち滅ぼしてくれるわ。



 ・大永六年(1526年) 十二月  近江国蒲生郡 観音寺城  六角定頼


 京の細川高国から救援要請が来たが、正直に言って気が進まない。
 情報が少なすぎて軽々に軍勢を動かせないというのが本音だ。

 元々細川宗家である細川京兆家の細川政元には実子が無く、後継者候補として三人の養子を迎えた。細川澄之、細川澄元、細川高国の三人だ。
 最初は細川澄之を嫡子として養子に取ったが、政元と澄之は折り合いが悪く澄之は元服を待たずに廃嫡されてしまう。代わって嫡子に迎え入れたのが細川澄元だ。
 わざわざ養子に迎えていながら廃嫡なんてされて腹を立てない奴は居ない。澄之は丹後の一色攻めに出陣すると偽って養父である細川政元を暗殺してしまった。
 当然澄元も命を狙われたが、京から近江に落ち延びて難を逃れ、近江国人衆の助力を得て逆に細川澄之を撃破し、自害させることに成功した。
 その養兄二人の対立を虎視眈々と狙っていたのが細川高国だ。

 最終的に細川高国は大内義興の、細川澄元は三好之長の後援を得て戦った。これが戦国史上最も混乱した時代と言われる両細川の乱だ。
 昨日の敵は今日の友であり明日の敵という有様で、畿内各地の諸勢力が敵と味方を行ったり来たりしながら細川京兆家の家督を巡って争い続けた。
 つまり、この頃は何か気に入らないことがあれば家臣は簡単に敵方に寝返った。

 そんな中で細川高国の重臣である細川尹賢ただかたが、同じく重臣の香西元盛が細川澄元に内通していると讒言をした。
 さすがに高国は容易に信じなかったが、事実を糺そうと香西元盛を呼び出したところ嘘の発覚を恐れた細川尹賢が香西元盛を謀殺してしまう。
 本来ならば高国は尹賢を処罰しなければいけなかったが、重臣でもあり従兄弟でもあるので結局お咎めなしとしてしまった。

 これに怒ったのが香西元盛の実兄である波多野稙通だ。
 嘘から出た真で、波多野は弟の柳本賢治と共に本当に阿波の細川澄元方に通じて高国に対して兵を挙げた。澄元は既に亡くなっていたが、澄元の子の細川晴元が波多野に呼応して阿波から堺に軍勢を上陸させるらしい。
 この細川晴元の主力となっているのが三好之長の孫である三好元長だ。そしてこの三好元長が後に畿内に三好政権を作り上げる三好長慶の父親だ。

 非常にややこしいが、これが今の京から摂津にかけての情勢になる。もっとも、これは広く噂として流布されている内容で、諜報が行き届いていないから実体は分からない。

 香西元盛は本当に細川晴元に内通していなかったのか、波多野・柳本の軍勢はどれほどなのか、細川晴元軍はいつ、どのくらいの軍勢で堺に上陸する見込みなのか、あらゆる情報が不足していて判断の下しようがない。
 唯一確実なのは、丹波の波多野征伐に出陣した細川尹賢は連戦連敗でまったく当てにならないということくらいだ。


 さて、六角定頼オレはどう動くべきかな?
 史実じゃ確か……

 いや、止めよう。史実を当てにするのは危険だと胆に銘じたばかりだ。もう定頼アンタの影を追いかけるのは止めにする。

 取り急ぎ確実な情報が欲しい。商人達が京に進出するのを呑気に待っている暇はなさそうだし、とりあえず三雲資胤と進藤貞治に二千ほど引き連れさせて救援に向かわせよう。
 目的は敵味方の勢力の情報収集だ。無理に戦闘に参加する必要はない。



 ・大永七年(1527年) 一月  摂津国住吉郡 堺  内池甚太郎


 昨年の十月から桑名の津を通じて石寺楽市の産物を販売するための店を堺に出したが、よりにもよって店を開けた早々に戦が始まるとはツいてない。
 売れていくのは兵糧向けの干し肉ばかりで、肝心の綿織物はあまり売れ行きが良くないな。もっと評判を取れるかと思ったが、堺には綿織物や唐織物も豊富だ。ただの呉服ならば目立たずに埋もれてしまう。
 ここは兵糧向けに米もこちらに運ぼうか。米ならば戦の時には高値で売れるから、とりあえず損をすることは少ないだろう。

「御免」

 おっと、お客が来たか。

「いらっしゃいませ」
「すまんが武具は置いてないか?足軽用の腹巻や太刀を大量に集めなければならんのだが……」
「へえ、すみません。ウチは綿の小袖や牛の干し肉を扱っておりまして」
「そうか……うん?内池さん?ひょっとして内池甚太郎さんか?」

 突然客が名前を呼ぶ。驚いて顔を上げると、直垂姿の二十歳過ぎくらいの武士が立っている。
 はて、確かにどこかで見た覚えがあるような……

「わしだよわし。篠原村から保内に行って足子として牛飼いをしていた……」
「ああ!新八か!柿を盗んでは追いかけまわされていた悪ガキの」
「はっははは。その話はよしてくれ。今は堀田源八という名で武家勤めをしているんだ。
 それより、内池さんはここで何を?ひょっとして保内から独立したのか?」
「いいや。保内衆の商いが順調に伸びているから、堺にも店を出そうということになって私が店を任される事になったんだ」
「そうかそうか。いや、それにしても懐かしい。わしが村を飛び出してからだから、七年……いや八年ぶりか」
「もうそんなになるか……ま、立ち話も何だし、奥で白湯でも飲まんか?」


 店の奥に招き入れて白湯を出す。
 奥と言っても反物や俵が乱雑に積まれた倉庫のようなものだが……

「ところで、新八……いや、源八殿か。源八殿は今何をしているんだ?」
「わしは今三好家臣の篠原孫四郎様の元で従者として働いている。と言っても、この前まで小者だったから武士として働くのは今回が初めてになるんだが」
「そうか」

 まあ、源八は昔から足は速いし力もあった。武家勤めは向いているのかもしれんな。

「篠原様と言えば、篠原村のご出身の方か?」
「ああ、孫四郎様のお父上の代に先代の三好之長様に従って阿波に行かれたお方だ。親戚がその時に篠原様の従者として共に阿波に行ったから、その縁でわしも御奉公させてもらうことになった」
「なんにせよ、良いお役目を頂けたのならば良かったじゃないか。いずれは私など話も出来ないお武家様へと出世するかもしれんな」
「そうなれるように、今は身を粉にして働いている所だ。ところで、先ほどの話なんだが、保内と繋がっているなら近江から武具を取り寄せることは出来ないかな?
 実のところ、うち続く戦乱で畿内はどこも武具が品薄になってしまっていて困っているんだ」

「そうさなぁ。日野や国友の刀や槍を取り寄せることは出来るかもしれんが、少し時間が掛かる。急ぐなら根来あたりの鍛冶から買い求めた方が早いんじゃないのか?」
「そこはもう当たった。それでも必要な数に満たんのだ。内池さんを見込んでなんとか近江から取り寄せてはもらえんだろうか」

 ふむ……
 これから摂津や河内で戦が続くのならば、刀や槍を取り寄せておくのも悪くないかもしれん。
 源八には売れずとも、いずれは売れて行くだろうしな。

「わかった。いつまでにという約束は出来んが、次の船便で取り寄せるようにしておこう。
 荷が届いたら使いの者を出すようにする」
「有難い。当面三好様は堺の顕本寺を拠点に行動されるそうだから、荷が届いたら顕本寺まで連絡を寄越してくれればいい」

 さて、取り急ぎお頭に文を書いておこうか。次の船便では武具や兵糧などの軍事物資を重点的に送ってもらうようにせねば。



 ・大永七年(1527年) 二月  近江国蒲生郡 観音寺城  六角定頼


 伴庄衛門から堺で三好元長と繋がりが持てたと報せが入った。
 まさにグッドタイミングだ。三雲や進藤の持ち帰る京の情報と合わせれば、おおよそ敵味方の動きが見えて来るだろう。
 保内衆の働きに助けられたな。

 近江国内の動揺は少ない。今の所、高島郡で朽木が田中を相手に戦をしているくらいだ。
 北近江は浅見が抑えているし、越前の朝倉とは相変わらず文通を続けている。
 唯一の不安要素は美濃に逃げた浅井亮政だが、北近江は徐々に六角シンパに変わりつつあるから浅井が戻ったとしてもいきなり北近江の軍勢を組織することはできないだろう。まずは京極高延と浅見貞則を倒さないと南近江に進出するどころじゃない。

 うん。これなら、多少京へ軍勢を送ることは出来るだろう。
 あとは、六角家にとってどのような利があるかを検討することだな。それは三雲と進藤が戻ってから考えるとしよう。

 何にせよ、戦争で直接的に利益を得るには略奪以外にはない。京で略奪なんてすれば後のことが怖いから、出陣したとして出来ることは政治的な駆け引きだけになるな。
 やはりここはほどほどに戦うふりをしとくのが上策かもしれん。そもそも俺は高国アイツ嫌いだしな。
 例え援軍を出して勝ったとしても、次は戦乱で荒れた京の復興費用とか言ってまたタカられる未来しか見えない。あの野郎、上京に移築した足利義晴の三条第をさらに改築するとか言って三百貫も持って行きやがった。
 本当にアイツは俺のことを金ヅルかなんかだと思ってるよな。

「御屋形様。京に出陣した新助殿(進藤貞治)より文が届いております」

 藤十郎が襖越しに声を掛けて来る。さて、待望の京からの情報も届いたか。

「藤十郎か。まずは中に入れ」
「ハッ!」

 襖が開いて蒲生定秀が入って来る。昨年末には蒲生藤十郎に片諱を与えて定秀を名乗らせた。
 六角の忠臣、蒲生定秀の誕生だ。

「こちらが新助殿からの文になります」

 定秀の差し出した文を受け取って中を改める。
 さて、京は今はどうなっているんだろうか。
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