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箕浦河原の合戦(3)
しおりを挟む・大永八年(1528年) 七月 近江国坂田郡姉川河口 朽木稙綱
間もなく船が浜に着く。やれやれ、なんとか間に合ったか。
「まったく!世話の焼ける男だ!」
六郎め、可笑しそうに笑いおって。一体何が可笑しいのだ。
「間に合ってようございましたな」
「うむ。堅田衆が船を出してくれたおかげだ」
陸路ならばあと一日は掛かっておった。わざわざ援軍に来ても六角が負けておったら目も当てられん。
それにしても、高島郡制圧があと一息というところだったのに最後の最後で高島越中を攻め切れなんだ。
まあ、高島越中と戦をしておったおかげで朝倉からは俺の軍は完全に予想外だったはずだ。突然後ろに敵勢が現れればそれで充分に六角の援護になるだろう。
「戻ったらまた越中と戦をせねばなりませんなぁ」
「まったくだ。高島郡の安堵だけでは割が合わんぞ」
まったく、つくづく世話の焼ける男だ。
・大永八年(1528年) 七月 近江国坂田郡箕浦朝倉本陣 朝倉宗滴
「何!?退路を断たれただと!?」
「ハッ!北から高島郡の軍勢が来襲!我らの後方より攻めかかってきております!」
馬鹿な……高島では朽木と越中が戦をしておったはず。それに海津城には監視も置いてある。
援軍の気配があるなら何故先に伝令が来ない。
「海津城からの伝令はどうした!?」
「まだ見えません!敵は船を使って姉川河口付近に上陸したものと思われます!」
湖を渡ってきたのか!それならば我が軍の伝令より早く着ける。
「後備はどうした!」
「後方からの攻撃に虚を突かれ、後備は混乱しております!後備の混乱が全軍に波及するのも時間の問題かと……」
おのれ……最後の最後まで小賢しい真似を。
まずいな。兵達に動揺が見える。帰り道を潰されては兵の士気が保てぬ。
「孫九郎!」
「ハッ!」
「後方に回って退路を切り開け!船で来たのなら騎馬はないはずだ!兵数もおそらく二千に届かん!お主に後ろを任せる!」
「ハッ!」
箕浦河原は既に乱戦になっておる。今から全軍で退くことはできんか。
それに、正面の蒲生が予想外に粘り強い。
蒲生左兵衛大夫か。
まともに戦っているところを見るのは初めてだが、敵ながら天晴な戦いぶりよ。我が朝倉の精鋭と比べても一切の見劣りが無い。
平井・永原だけでなくまだあれほどの士を隠しておったとはな……
つくづく気に食わん若造だ。
「儂の槍を持てぃ!」
この戦は儂の負けだ。動揺した兵では蒲生勢を突き崩せぬ。
孫九郎が退路を切り開くまで儂が前線に立ってなんとか士気を維持せねばならん。
ここまで来て、まさか逆に儂が追い詰められるとは……
孫九郎のことを諭しておきながら、自らがあ奴の手の上で踊ってしまったか。
「馬廻付いてこい!蒲生を叩き潰すぞ!」
「ハッ!」
・大永八年(1528年) 七月 近江国坂田郡箕浦河原 蒲生定秀
昨日とはまるで違う。油断するとすぐに突破されそうになる。
これが朝倉の本気か。
「退がるな!後ろからは御屋形様御本陣が後詰に来て下さる!我ら蒲生の武勇を天下に示すのだ!」
前線の戦いは贔屓目に見ても押されている。物頭の中にも討死する者が次々に出始めた。
このままでは不味いか。
「若殿!」
「どうした!」
「殿が仕掛けるようです!」
町野の指す方を振り返ると父上を先頭に蒲生の馬廻全員が朝倉本陣に突撃していくのが見えた。全軍突撃とは、父上らしいというべきか。
「我らも朝倉本陣に突撃だ!父上に後れを取るなよ!」
「ハッ!」
父を先頭に馬廻衆五十が一斉に川を渡る。進む先に血しぶきを上げながら、進路を強引にこじ開けて行く。
相変わらずすさまじい突撃だ。
父の持つ大身槍は鉄の心棒を通してある。槍とは言え、その実態は鉄の塊を振り回しているようなものだ。
当たれば鎧越しでも骨が砕ける。あれを軽々と振り回すのだから、我が父親ながらとんでもない膂力だな。
どんどん道が開けて行く。
見えた!あの旗の下に朝倉宗滴が居る!
「かかれー!」
父の一声で馬廻衆が本陣に突入した。遅れてなるか!
「六角家臣蒲生藤十郎定秀!朝倉宗滴の首を頂きに参った!」
敵本陣は既に乱戦に入っている。
む!父と戦っているあの男が朝倉宗滴か!
なんという男だ。あの父の槍を軽々といなしている。
「せい!」
いかん!宗滴の槍で父の態勢が崩れた!
「蒲生左兵!覚悟!」
・大永八年(1528年) 七月 近江国坂田郡箕浦朝倉本陣 朝倉宗滴
「ヌン!」
「オウ!」
蒲生左兵め。槍の一撃が重いわ。一槍受けるたびに腕が痺れてきおる。
突入してきた数も多い。突撃を得意とする儂が本陣に突撃を受けるとはな。だが!
「せい!」
よし!蒲生の態勢が崩れた!蒲生を倒せばまだ前線は建て直せる!
「蒲生左兵!覚悟!」
手応えあった!蒲生の胸を貫いたぞ!
「ぬぁぁぁぁ」
なに!槍を掴んで離さぬ!命を奪う一撃のはずだ!なぜそのような力が出せる!
「藤十郎!やれぃ!」
後ろからもう一騎?
いかん!腕が痺れて上がらん!
……おお……鶴が空を舞っておる。なんと見事な……
・大永八年(1528年) 七月 近江国坂田郡岩脇六角本陣 六角定頼
前線はどうなった?蒲生が突撃したのに合わせて後藤や青地・三井も押し込んでいるはずだ。
朝倉本陣の旗が大きく揺れたのは見えたが……
もどかしいな。やはり高所から見下ろすのと違い、平地では先々の状況が分かりにくい。
宗滴はこの状態で各戦場で起こっていたことを把握していたのか。
いや、宗滴だけじゃない。三雲や池田達も動きが的確だった。一口に戦というが、本気で戦うのがこれほど難しいとは思わなかった。
おっと。
使番が駆け込んで来たな。
「伝令!」
「申せ!」
「蒲生藤十郎!敵総大将朝倉宗滴を討ち取りました!」
何!?
「敵は総崩れになって退却を始めております!お味方の勝利でございます!」
勝った……のか……
周囲からも歓声が上がる。どうやら本当に勝ったようだ。
腰が抜けて思わず床机にへたり込んでしまった。
本当に……朝倉宗滴に勝ったのか!
……いや、待て!
「味方の被害は!?藤十郎は無事に戻れたのか!?」
「ハッ!蒲生左兵衛大夫殿は敵本陣にてお討死!蒲生藤十郎殿も敵の馬廻に逆襲を受けて手傷を負っているとのこと!」
高郷が……
「生き残った者は無事に撤退できているのか?」
「ハッ!三雲殿の甲賀衆が撤退を援護しているとの由。ひとまずは生き残った者達も無事に陣へ戻っております!」
高郷までも死なせてしまったか……
こちらの被害も甚大だ。平井・永原・蒲生を始め多くの武将や物頭を死なせてしまった。
宗滴を討ち取って合戦そのものは勝ったとはいえ、兵や将の損害はこちらの方が大きい。
内容を見ればいい所引き分けか。
「御屋形様!追撃はいかがなさいますか?」
追撃か。
右翼や左翼にはまだ多少の戦力が残っているかもしれんが……
「敦賀まで追うことは無用だ。朝倉方に制圧された北近江の各拠点を取り戻すにとどめよ」
「しかし、よろしいのですか?」
「新助。こちらも受けた被害は大きい。それに元々朝倉の侵攻をはねのけることが目的だ。これ以上の戦には兵も耐え切れまい。敦賀までの追撃は無用だ」
「ハッ!」
それに、今は負傷者の手当てが先だ。
合戦での討死よりも負傷兵がそのまま傷を悪化させて死ぬケースが圧倒的に多い。これだけの者を失った以上、生き残った者は一人でも多く死なせないようにしなければ。
「新助。取り急ぎ各郷に住する医者を集めてくれ。磯田城に負傷兵を収容し、そこで手当てを行わせる」
「ハッ!」
「あ、それとな、全軍にくれぐれも馬糞汁は禁止させろ。馬糞汁では傷は治らん」
「承知いたしました」
俺が当主になってから何度も言い聞かせたから進藤は分かってくれているな。
この時代は怪我人に馬糞を煮込んだ汁を飲ませれば傷が治ると本気で信じられていたりする。
清い水で傷口を洗い、清潔な布を巻く。
それだけの応急手当でも死人を減らせるはずだ。
北近江の国人衆にもくれぐれも言っておかないと……
・大永八年(1528年) 八月 越前国足羽郡一乗谷城 朝倉景紀
負けた……
義父を討たれ、敦賀衆もかなりの数を失った。馬廻のおかげで義父の首級を六角に渡すことだけは避けられたが、失ったものがあまりにも大きすぎる。
「孫九郎。此度の撤退はご苦労であった。お主が撤退を指揮してくれたおかげで、多くの者が生きて越前に戻ったと聞いている」
「御屋形様。某は敗軍の将でございます。総大将たる義父が討死した以上、誰かが敗戦の責めを負う必要がありましょう。
どうか切腹をお申し付け下され」
兄が首を横に振る。生き恥を晒せということか……
「此度の敗戦を恥辱と思うのなら、その方が宗滴の跡を継いで敦賀郡を守るが良い。
これよりは近江との戦が度々起こることになるだろう。恥を雪ぐ機会はいくらでもあると思え」
「……」
確かに、これから朝倉の進む道は厳しくなるだろう。
軍奉行として名実共に朝倉の武の象徴だった義父が討たれた以上、その武威を回復するには並々ならぬ努力が必要になる。
義父を失ったことで北の一向一揆も勢いを盛り返し、こちらに攻める構えを見せている。まして、此度の敗戦は敦賀衆にも大きな損害を受けた。
軍勢を再編成するにも一年以上は掛かるだろう。その間敦賀を守り通さねばならん。
「まずは敦賀の軍勢と民政の回復に努めよ。幸いにして北への備えは宗滴が残しておいてくれた。
加賀のことはひとまず前波藤右衛門(前波景定)に任せ、お主は敦賀郡司として金ヶ崎城に戻るが良い」
「ご温情に感謝申し上げます。かくなる上は、亡き義父に代わって敦賀郡を守り通しまする」
兄の言う通り、まずは敦賀衆を再編成して軍勢を建て直す。
六角も軍への被害は大きい。今すぐにこちらへ攻め寄せる余力はないはずだ。
一年か二年か……その間に軍勢を建て直し、次こそは義父の無念を晴らしてくれる。
六角弾正……そして蒲生藤十郎……
この恨みは終生忘れぬ。首を洗って待っていろ。
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