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北と西の国から
しおりを挟む・天文六年(1537年) 四月 越前国坂井郡三国湊 西川伝七
風が気持ちいいな。こんなにゆったりと船旅が出来るのはいつぶりだろうか。
あれから敦賀と蝦夷を二回往復したが、海流に飲まれて沈んでしまう船もあった。蝦夷航路は危険が付き物だが、その危険を冒してでも船を出す値打ちがある。
東尋坊の崖が見えて来たから、もうすぐ三国湊が見えて来るはずだ。三国湊を出れば次はいよいよ敦賀だ。
不意に横に立つ人影を感じて顔を向けると、馬五郎さんが立っていた。
「湊が見えて来たか」
「いいえ、まだ東尋坊の影が見え始めた所です」
「越前はどうなっているかな。以前は一向一揆が暴れていて結局上陸せずに日和を見たが、今回はせめて一日でも陸の上で休みたいもんだ」
……そうだな。
陸で戦をやっていると、武士の検分が略奪まがいのものになる湊もある。船道前(入港税)だけでも馬鹿にならぬのに、その上で荷の半分を置いて行けなどと言われたこともあった。
しかし、今の日ノ本はどこも戦が酷い。
越後では長尾家と上条家が戦をしていたし、酒田では大宝寺家と砂越家が身内同士で争っていた。戦をするのならせめて湊の無い所でやってもらいたいもんだ。
「しかし、蝦夷は産物が豊富だな。アワビや昆布だけでなく干鮭に熊やトドなんかの獣の毛皮もあった。あれらは近江や京でも良い値で売れるだろう。それに蠣崎様も六角様へ沢山の贈り物を持たせて下さった」
「手前は干鮭よりも塩鮭の方が美味かったですな。荷として扱うなら干鮭は便利ですが、やはり売り物としては塩鮭を持ち帰りたいですね」
「ふむ。それで西アイヌ族のハシタインに『次に来るまでに塩鮭を作っておいてくれ』と言っていたのか」
「ええ、あれはきっと良い値で売れます」
蝦夷からは砂金やラッコの毛皮なども手に入った。さすがに蝦夷まで行くと珍しい産物が色々と手に入る。それに、木綿の小袖はアイヌ族だけでなく蝦夷守護の蠣崎様や御家来衆にもことのほか喜ばれた。
蝦夷では米が獲れないそうだから我らの運んでいく米は貴重だと言っていたが、米ならば途中の湊でも手に入る。だが、綿織物はやはり近江から持って行かねば値が高くなる。次の航海ではいっそのこと木綿だけを積み荷にして、途中の湊で米と綿織物を交換しながら蝦夷まで行ってもいいかもしれんな。その方が積み荷が軽くなってより多くの荷を運べる。
「西に向かった衆もそろそろ帰って来ているでしょうか」
「そうだといいが、西は西で何かと面倒がありそうだ。だが、蝦夷から博多まで敦賀からの航路が繋がればすごいことになるぞ。敦賀には蝦夷から明、南蛮の産物までありとあらゆる物があふれる豊かな市場になるだろう。我らも何とかして蝦夷往復の航路を確立せんとな」
「ええ。それに、蝦夷の人たちは我らが運ぶ荷を心待ちにしてくれます。彼らの為にも儂らが挫けるわけにはいきません」
「おっ。いっぱしの口を利くようになったじゃないか」
「ははは。儂も商いの何たるかが少しだけ分かって参りました。最初は蝦夷に行けば儲かるとそればかり考えていましたが、商人の役目はそれだけじゃない。我らが荷を運ぶことで人々が豊かになる。それこそが商人の本分なのだと思うようになりました」
彼らの素朴な笑顔が忘れられない。蝦夷は近江よりもはるかに厳しい土地だ。蝦夷の冬は行商などとてもできる状況じゃない。それだけに、我らの荷が途切れて冬支度が遅れれば、蝦夷に住まう人々の暮らしを直撃する。
何としても蝦夷航路を確かな物にしたい。
座人に昇格させてもらったら、儂はいつか自分の船を持とう。自分の船で蝦夷と敦賀を何度でも往復する。そうすれば、蝦夷も敦賀も益々豊かになるだろう。商人としてやり甲斐のある仕事だ。
「三国湊が見えてきたな」
「ええ。どうやら今回は戦は起こっていないようです」
湊からも出迎えの海賊衆の船が出て来た。どうやら今日は陸の上で休めそうだ。
・天文六年(1537年) 五月 近江国蒲生郡観音寺城 六角定頼
「面を上げよ」
大内義隆の使者として陶隆房がやって来た。書状だけでなくわざわざ返礼の使者を寄越すとは、随分と気を使ってもらったようだな。
「近江宰相様には昨年の太宰大弐への任官に御口添えを頂き、誠にありがとうございます。我が主からも丁重に御礼申し上げるようにと仰せつかっております」
「いや、大したことはしておらぬ。これほどに丁重に返礼を頂くと却って気を使ってしまうな」
陶隆房が満面の笑みを浮かべる。
俺は幕府内にも朝廷内にも一定の影響力を持っているからな。上機嫌に対応してもらえて使者としては一安心という所か。
俺が織田家や朝倉家と尾張・越前で戦っている頃、大内義隆は北九州で少弐家・大友家と戦っていた。
俺が尾張を攻める為に尾張守の官位を望んだように、大内義隆は北九州を攻める大義名分として太宰大弐の官位を望んだ。だが、三条家と縁の深い大内家に官位を与えることに近衛が難色を示した。そこで、戦の為の大義名分なのだから望み通り任官したらいいと俺から口添えしておいたというわけだ。
まあ、別に恩に着てもらう必要は無いけどな。こっちだって博多までの航路開発の為に大内とは良好な関係を保っておきたいという下心があったわけだし。
「おかげ様をもちまして我が主は少弐を討ち滅ぼしましてございます。こちらはささやかながら礼物として持参いたしました。ご笑納下さいませ」
「何やら気を使わせたようで申し訳なかったな。有難く頂戴しよう」
そう言って頭を下げた隆房の後ろには大内家からの贈り物が並べられている。
太刀一振り、式台に乗せられた銀が一貫、銭百貫、そして『鉄砲』だ。鉄砲と言ってもいわゆる火縄銃じゃなくて、槍の柄の先に金属製の筒が付いた『火槍』だ。
火縄銃と違って火種を手で金属の筒に押し付けて着火する原始的な銃で、まあ使い勝手が悪いことこの上ない。火縄銃以上に連射性が悪く、その上射程も短くて命中率も悪いと来た。これなら弓の方がよっぽど飛び道具として優れている。
応仁の頃にはある程度明から輸入していたようだが、今じゃほとんど国内に出回っていない。大内義隆も武器というよりは珍品として贈って来たんだろう。
だが、俺は後の火縄銃を知っている。それがどれだけ戦局を有利に導くかもな。火縄銃の絵図面を書いて国友の鍛冶に渡し、この火槍の筒を参考に銃身を試作させていこう。
火薬の改良も合わせて行えば、上手くすれば日本で最も早く鉄砲隊を実戦投入できるかもしれん。
「ところで、大友修理大夫(大友義鑑)との和睦の件だが、大内殿はどう考えておられる?」
「正直、我が主もそう簡単には退けぬかと思います。ですが、こちらも痛手を被ったのは事実ですし……」
「そうか……」
三年前には大内と大友が豊後の勢場ヶ原で戦った。勝敗としては大内義隆の負けだったが、大友義鑑も軍勢に手痛いダメージを負っている。事実上の引き分けと言える戦いだ。
そこで、足利義晴から和睦を仲介する使者を出した。俺の副状も付けてな。
大内義隆としちゃ内心複雑だろう。何せ親父の大内義興の頃には大内家こそが将軍御内書に副状を出す役目だった。対して当時の六角は未だ南近江で内乱を抱える中小守護の一人でしかなかった。それが二十年で立場が逆転してしまったんだからな。
とはいえ、大内も出雲に尼子という新興勢力を抱えて余裕が無い。大友との和睦仲介も本心では渡りに船という気持ちがあるはずだ。
「まあ大内殿も含むところはあろうが、今は出雲の対応こそが緊急だろう。大友とは一旦和睦し、毛利を先兵として尼子を抑え込まれると良い」
「ハッ。戻りましたら主に申し伝えます」
「明後日に返書を持たせて俺の使者を周防まで同行させる。それまではゆるりと過ごされるが良い。城下の楽市なども案内させよう。周防とも京ともまた違った趣があると思う故、楽しんでゆかれよ」
「ありがたき幸せ。お言葉に甘えさせて頂きます」
一礼すると陶隆房が下がっていった。
返礼品として三条西実隆からもらった源氏物語の『花散里』の写本と蝦夷から持ち帰った海産物、それに太刀と馬を持たせようか。大内義隆は公家文化に憧れを持っているらしいから、茶器よりも気に入ってくれるだろう。
それにしても、尼子経久か……
日本海航路を開拓するにあたって各地の大名にいろいろとお手紙作戦を実行したが、長尾や大内は割と好意的に受け取ってくれたんだけど尼子は敵対心むき出しだったんだよな。
まあ、京極から下剋上で出雲を奪ったんだから、佐々木惣領から『関所通らせてね』と言われて過剰反応してるんだろう。当面はちゃんと関銭も払うって言ったのにいきなり警戒心マックスな返書を寄越して来たからなぁ。出来れば大内には大友よりも尼子を抑えつけてもらって、美保関の自由通行権とかプレゼントしてくれるとうれしいな。
丹後の一色は若狭武田とケンカ中だから、武田を何とかしてくれと言って来た。若狭武田とは朽木稙綱が縁戚を結んでるから、この案件は朽木にぶん投げておこう。
但馬の山名はわりかし好意的だったな。山名は細川晴元に接近しているが、今のところ俺と細川晴元は表立って敵対してはいない。木沢が俺と事を構えた時も細川は木沢に同調しないと密かに文を送って来た。
山名としては敢えて俺に敵対する必要もないのだろう。
俺が尼子と敵対姿勢を明確にすれば、あるいは山名は俺に協力的になってくるかもしれん。山名にとっては今のところ京の争いよりも身内同士や尼子との争いの方が深刻だしな。
こう考えると、尼子を何とかすれば日本海航路は何とかなりそうだ。
毛利にも『頑張れ』ってお手紙送っておくか。
蝦夷の蠣崎の方は好意的にも程があった。あっちでは米も綿織物も超貴重品だから、それを持ってきてくれるなら大歓迎すると熱烈な書状が届いた。
越後や奥羽はまだ混沌としているから油断はできないが、混沌としているだけに中央とのパイプを欲しがる者は近江商人を好意的に扱うだろう。何せ六角定頼の肝煎りで『安全に通らせてやってね』と言っておいたんだからな。
しっかし、大内義隆の文の文末は……何だこれ?
『使者に出した陶隆房はお気に入りだから手を付けないでね』って末尾に書いてあるが、心配しなくても使者に来た他家の家臣をいきなりスカウトするような真似はしないよ。
というか俺は誰彼構わず登用しているように見えているのか?
まあ、お気に入りだって言うくらいだから大内の信任厚い男なんだろう。『仰せの通り見事な武士に候』とでも書いてご機嫌取っておくか。
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