江雲記―六角定頼に転生した舐めプ男の生涯―

藤瀬 慶久

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謀略と軍略

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 ・天文七年(1538年) 一月  近江国蒲生郡 観音寺城  六角定頼


 年明け早々には昨年と同じく佐々貴神社に猿楽奉納を行った。
 そして、今日は年に一度の『左義長どんど祭り』の日だ。観音寺城下にもいつも以上に活気があふれている。

 近江の各地では新年の松が取れた頃に松明を掲げて練り歩く『左義長祭り』が行われる。元々は宮中行事だったらしいが、郷村や各地の神社に伝わるにつれて元の形は失われ、正月の注連縄飾りや古いお札などを燃やして清める火祭りへと変化した。夕暮れ頃から家を出て、竹と藁で作った人の背丈の倍ほどもある巨大な松明を担いで神社へと向かう。火の灯った松明の列が夕闇に浮かぶさまは、まるで死した者の魂が冥府へと向かう葬送の列のようにも見える。

 観音寺城下の左義長は商人達が顧客サービスの一環としてイベント化したため、周辺の郷村よりも抜きん出て盛大な祭りとなっている。今では近郷の者だけでなく、京や北近江からも見物に来る者が居るほどの盛大な祭りだ。

 最大の特徴は喧嘩祭りを取り入れたことだ。
 元々はそれぞれの町が意匠を凝らした山車だしを担いで練り歩く祭りだったが、その山車をぶつけあって戦う興行を取り入れた。山車といっても竹と藁をベースに作ってあるから、それほど重い物じゃない。四人いれば担げるくらいのものだ。

 普段は楽市内での喧嘩はご法度だが、この時だけは存分に暴れても咎められることはない。まあ、喧嘩と言っても殴り合うわけではなく、山車を担いで押し合いへし合いをする戦いだ。山車の上には大将が乗り、堪えきれずに大将が山車から落とされたら負けになる。
 血の気の多い若衆のガス抜きの意味合いが多分にあるから、多少荒っぽくなることは容認している。

 参加人数は一組二十人までとして組み合わせを作っているから、人波に踏みしだかれて死人が出るということも無い。

 喧嘩祭りの会場は縄で区切り、その縄の外では銘々が酒を飲んだりしながら若衆が己の体と山車をぶつけ合う様を楽しむ。現代で言えばプロレスなんかを見て歓声を上げるような感覚だな。今も一般参加の商人や農民の若衆がぶつかり合う取り組みが目の前で行われている。
 幕間には直営茶店の女の子たちが見物人に酌をして回る。新作衣装のお披露目も兼ねているから、どの子も綺麗に着飾った姿でだ。
 普段は銭を払って酌をしてもらうのが、この日だけは無料で振舞ってくれるという所も祭りが受けている要因だろうな。

 俺も特等席を用意してもらって、酒を飲みながら見物している。取り組みの中には六角正規軍によるエキシビジョンマッチもあるから、日頃の鍛錬の成果を見るという目的もある。
 もちろん、ただの口実だ。血沸き肉躍る戦いを見たいだけだ。

 一度俺も参加してみたが、やっぱ俺が山車の大将やると忖度ばかりで負けないんだよ。接待試合ばっかされても面白くない。それ以来、俺はもっぱら観客だ。
 本当はこういう脳筋派の祭りに参加するのも嫌いじゃないんだけどな。

 ひと際大きな喚声が起こり、両端から北軍と南軍の山車が入場して来る。南軍の大将は蒲生定秀、北軍の大将は海北綱親。まさに南北軍の意地をかけたぶつかり合いだ。

「御屋形様。どうぞ」
「おう、済まんな」

 隣に座った志野が杯に酒を注いでくれた。今日はお寅とお花は欠席で、久しぶりの夫婦水入らずというやつだ。
 二人とも年末に懐妊の兆しがあったから大事を取って屋敷で大人しくさせている。まあ、やることやってりゃ出来るのは当然なんだけど、ほぼ同時期に出来なくてもいいだろうに……。
 あの二人、仲が良いのか悪いのかわからんな。

 酒を一口飲み、炙ったスルメをかじる。我らながらオッサン臭いとは思うが、美味いんだから仕方ない。

 行司の合図と共に目の前で大きな声を上げて押し合いが始まる。格闘技というよりはラグビーのスクラム合戦のような感じだ。

「あ、藤十郎殿が競り勝ちましたね」
「今年は南軍の勝ちか。ここ二年は北軍の圧勝だったが、南軍も足腰を鍛えてきたな」

 隣で志野も歓声を上げる。意外なことに見物人には女性の姿も多い。
 美形の若衆がふんどし姿で山車に乗ると、黄色い歓声もけっこう上がるんだよな。うらやましい限りだ。


 ……ん? 偶然を装って北軍の者から海北綱親がボコボコにされてるな……。
 何かと言えばマラソンさせるから鬱憤が溜まっているのかもしれん。まあ、頑丈な男だから死にやしないだろう。無礼講だ無礼講。

 全部の取り組みが終わり、一般参加の優勝者が会場の中央に呼ばれる。
 どれ、俺も会場に下りるか。

 昨年から優勝した組には米十俵と朱染めのふんどしを俺から渡すことにしている。せっかくなら優勝賞品も用意した方が盛り上がるだろうと思ってのことだ。ふんどしは洒落だったんだが、赤ふんどしは意外と羨望の的になっているらしく受け取った者達は大喜びで頭上に掲げている。
 なんだかなぁ……。皆ノリがいい。


 今年の左義長も後は参加した山車を燃やす奉火を残すのみだ。左義長に参加した山車は最後に佐々貴神社の境内に持って行って燃やす決まりだ。その為に竹と藁で作ってある。
 気分はキャンプファイヤーだな。盛大な焚き火を肴に若衆同士で酒を飲むのが祭りの締めになる。この時ばかりは普段のいさかいも忘れ、お互いの健闘を称え合って杯を酌み交わす習わしだ。

 平和になれば、戦いは命のやり取りではなく興行になる。左義長祭りが盛り上がるのは、それだけ近江が平和に慣れて来た証拠だと思おう。



 ・天文七年(1538年) 二月  摂津国川辺郡 一庫城  三好政勝


「こうなればやむを得ません。一庫城の包囲を解いて一旦越水城に戻りましょう」

 諸将を集めた軍議の場で孫四郎(三好長逸)が弱気を見せる。先ほど伊丹城に木沢左京亮が入ったとの報せが参った。一庫城の塩川への援軍として、だ。

 右京大夫様の下知を受けて意気揚々と一庫城攻めに出たは良いが、木沢が動いたと聞いただけで怖気づいて逃げ出すとは情けない。木沢が動くことも予想できていなかったとはな……。
 やはり孫四郎も彦次郎(三好虎長)もまだまだ頼りにはならぬか。今回の事で阿波衆にも頼るべきが誰なのかはっきりわかっただろう。

「孫四郎。そちの言うこともわかるが、一戦もせずに退いては我らが侮りを受けることにならぬか?」
「彦次郎様。そのような場合ではありません。こちらは援軍の阿波衆を加えても五千。対して木沢は三万の軍勢を動員しておるとのこと。このまま一庫城と挟撃されれば、我ら三好は跡形もなく粉砕されましょう」
「むぅ……」

 若造が。孫四郎の言う通りだ。そのくらいの計算も出来ぬとは先が思いやられる。

「孫四郎殿の申されることはもっともに存ずる。一庫城を取り囲んだ状態で木沢の軍勢を受ければ、我らは逃げることもままならずに挟撃されることになり申す。ここは一旦越水城に退き、右京大夫様に援軍を請われるのが上策かと」
「ふむ……お主ら二人がそう言うのならばそれが最善なのだろうな。よし、軍勢を引き上げる。すぐさま撤退の準備をしろ」
「ハッ!」

 やれやれ、撤退の判断一つ満足に出来ぬとは……。
 見よ。波多野備前守殿(波多野秀忠)も呆れている。備前守殿も丹波で内藤との戦を抱えているのだ。備前守殿は彦次郎に娘を嫁がせているが、いくら女婿のためとはいえ自分の領国を放っぽりだして木沢と事を構えたくはあるまい。
 彦次郎は何に付けても判断が甘く、配慮に欠けていると言わざるを得ぬな。

 いや、むしろその方が好都合ではあるか。担ぐは神輿は軽ければ軽いほどいい。下手に物を知られていては逆に面倒が増える。この二人は儂が強く言えば言い返すことも出来ぬだろうしな。

 そうとも。これで良い。



 ・天文七年(1538年)  三月  摂津国武庫郡 越水城  木沢長政


「火急の報せだと?」
「ハッ!」

 柳生新次郎(柳生家厳)が慌てた様子で文を差し出してくる。人払いの上でとは尋常ではない。
 差出人は……右京大夫様か。

 どれ……

 ……

 ……

 なんだと!

「右京大夫様は儂の働きを謀叛と仰せか!」
「殿!お声が大きゅうございます」

 新次郎にたしなめられて思わず周囲を窺う。本陣内には余人を近寄らせてはおらんが、確かに他の者に聞かれれば厄介なことになるな。

「公方様に諮って討伐軍を起こすとあるが、これは真のことか?」
「……どうやら真のようにございます。京からは未だ何も言っては来ておりませんが、真木島殿からは内談衆に木沢討伐の動きがあるようだと伝えて参りました」

 馬鹿な。いくら何でも動きが早すぎる。儂が兵を起こしてからまだ一月しか経っておらんのだぞ。

 ……まさか、越後守(三好政長)は最初からこれを狙っていたのか? 全ては儂の蜂起を見越して手配りをしていた……?
 いや、まさか……。しかし、それならばこの素早い対応にも合点がゆく。それに茨木を何とかしろと言った時の煮え切らない態度にも。

 とすれば……真の狙いは儂の失脚か!

 くそっ! 小癪な狸め!
 しかし、どうする? このままではあの狸の思う壺だ。何か逆転の秘策は無いか……。

 そうか! 公方様だ!
 公方様を抑えれば逆賊は越後守となる。それに京を抑えれば朝廷も儂を認めざるを得なくなるだろう。

 とすると、問題は六角か……。

 いや、六角はまだ近江に戻ったままだ。京に居残るのはほんの一千ほど。我が軍が総出で掛かれば問題になるまい。それに六角は一度儂に負けている。儂と対峙するのは慎重になるはずだ。

 行ける! 時を置かずに行動すれば戦局は儂に有利となる!
 そうと決まればすぐに行動に移さねばなるまい。

「新次郎。すぐに諸将を集めてくれ。これより時を置かずに京へ進軍する」
「ハッ! しかし、越水城はいかがいたすおつもりで?」
「放っておく。所詮は越後守に良いように使われている小僧っ子だ。それよりもこの機会に君側の奸を取り除く」
「では、越後守殿を……?」
「そうよ。ろくに戦も出来ぬくせに裏でコソコソと動き回る謀略狸めが。儂を嵌めようとしたことを後悔させてやるわ。すぐさま京に上り、公方様を抑える。公方様さえ抑えてしまえば、逆賊は儂ではなく越後守だ」
「ハハッ!」

 越後守よ。思えば貴様は最初から謀略だけでのし上がって来た男だったな。筑前守(三好元長)を葬った手腕は見事だったが、それは軍略ではなく謀略だ。
 せいぜい戦の出来ぬ我が身を嘆くが良い。最後には軍勢を効果的に動かせる者が勝つのが乱世の習い。

 この戦、儂が勝つ。

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