江雲記―六角定頼に転生した舐めプ男の生涯―

藤瀬 慶久

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第二次六角包囲網(4)均衡を崩す者

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 ・天文七年(1538年) 八月  河内国茨田郡 枚方城  甲賀の仁助


 今夜は何やら枚方城が騒がしいな。こんな夜更けにこれほどのかがり火が焚かれているのも不自然だ。もしかすると夜襲を仕掛けるつもりなのかもしれん。

「お頭、用意できました」
「わかった。そのまま用心して物陰に潜み続けろ。火縄の火は用心して隠しておけ」
「ハッ!」

 小頭が伊賀衆にも伝達に向かう。あまり人目に付くと不味いが、夜襲を仕掛けるのならば我らの焙烙玉は良い反撃になるかもしれん。
 暫く様子を窺うか。

 結局兵糧蔵は見つけることが出来なかったな。伊賀者と共に鉤縄を使って忍び込んだりもしたが、城内の警備は厳重で配置を確かめることはついぞ出来なかった。
 御屋形様はとりあえず枚方城に被害を出せればそれでいいと仰せだったそうだが、我らにも意地がある。何としても尼子の兵糧蔵を破壊して戦局を有利に導きたい。

 ……む!

 馬のいななきが一層大きくなる。それに、城内から何やら大声で話す声が聞こえる。
 もどかしいな。声は聞こえるが何を話しているかまでは聞き取れん。だが、何らかの動きをすることは確実のようだ。

「左近二郎、居るか?」
「ハッ!ここに」

 隣に潜む左近二郎に小声で話しかける。姿は見えないが、確かに応答がある。かがり火の光を避けるのも難儀なものだ。

「男山城に夜襲を仕掛けるかもしれん。左近二郎は今から蒲生様の元へ走り、警戒するようにお伝えしてくれ」
「承知!」

 草むらの気配が僅かに動く。左近二郎は甲賀衆の中でも一番足が速い。今から報せても何とか間に合うだろう。


 もうしばらく様子を見ていると、城内から太鼓の音が響いて鬨の声がする。どうやら本当に夜襲を仕掛けるようだな。とすれば、これは好機かもしれん。夜襲部隊が出陣するのならば、城内の意識はそちらに向くはずだ。

 ……よし!



 ・天文七年(1538年) 八月  山城国紀伊郡 淀城  六角定頼


「夜襲だと!」
「ハッ!」

 居室の外から進藤の声が響く。慌てて夜具を跳ね除け、鎧下地のまま襖を開けて隣の部屋に向かった。
 城内で眠る時は具足を脱いで鎧下地で眠るようにしている。寝間着に比べて眠りにくいが、夜襲を受ける可能性もあるしすぐに戦闘態勢に入れなければ致命傷にもなりかねない。

 寝室の隣では宿直の者が具足を用意して待機している。両手を広げてされるがままに具足の着付けを任せながら、進藤から事の次第の報告を受けた。

「男山城の野戦陣に夜襲を受けました。藤十郎も夜回りを強化しておりましたが、放たれた火矢によって馬防柵の一部が焼かれ、防御陣に穴が開いているとの由」
「すぐさま埋められるか?」
「敵の後詰がなければ……」

 進藤が苦虫を噛み潰した顔をする。

「この機に尼子が大掛かりに仕掛けて来ると?」
「伴庄衛門よりここの所兵糧を運搬する船が火災などの事故に遭っていると報告があったかと思います」

 そういえば、山科川や桂川に係留してある荷船がいくつか焼けたと庄衛門が知らせて来ていたな。だが、今回の夜襲と何の関係があるんだ?

「それも尼子の策だということか?」
「確証はありません。ですが、此度の夜襲では敵方は火矢を射って来たとの報告があります。たかが火矢を数十本射られたくらいで焼けるような甘い普請はしておらぬはず」

 そういえばそうだ。男山野戦陣は今回の戦のキモだから、特に火災に関しては気を付けて普請した。燃えやすい縄の結び目には土を塗り込め、さらに漆喰を上塗りして燃えないように工夫してある。
 言われてみれば、確かに火矢ごときで焼けるような作りにはなっていない。つまり……

「陣の内側から手引きした者が居る……か」
「はい。既に尼子の手の者がこちら側に潜伏していたとすれば、船が焼けたことも馬防柵が焼けたことも説明が付きます。夜襲に合わせて柵に油を塗っておいたとすれば、火矢で十分に焼くことが出来るかと……」

 尼子の忍びか……確か鉢屋衆とか言ったかな。進藤の言う通りだとすると厄介だな。馬防柵にまで近寄れるということは、敵はかなり深くまで入り込んでいるということになる。もしかすると男山城の兵に紛れ込んでいる可能性すらある。臨時雇いの足軽兵だけでなく、物資搬入の人足も含めれば身元調査は絶望的だ。どうするか……。

「ともかく、今は男山城に後詰の兵を出すことが肝心だ。皆は集まっているか?」
「既に主だった者は広間に集まっております」
「よし」


 具足を身に着けると、その足で広間に向かった。
 進藤の言う通り、既に広間には海北綱親や滝川資清、後藤定兼らが詰めている。伴庄衛門と三雲定持の姿もある。

「ご苦労だな。既に皆も状況は聞いていると思う。但馬守(後藤定兼)は軍勢を率いて蒲生の後詰を頼む」
「ハッ!」
「善右衛門(海北綱親)の北軍はすぐに動ける態勢のまま待機だ。夜明けと共に改めて状況を確認する。最悪の場合、男山城を放棄せざる得なくなるかもしれん。その場合は南軍と伊勢軍の退却を援護してもらうことになる」
「承知しました!」
「滝川勢は軍勢を馬借姿に変えてくれ」
「馬借姿に……ですか?」
「そうだ。どうやら尼子はこちらの兵糧運搬を妨害しに来ている可能性がある。先日兵糧運搬に使っていた船が焼けた。事故に過ぎんのかもしれんが、今回の夜襲といい、相手に都合よく事故が起きていることは確かだ」

 皆がざわつき始める。それはそうだ。ここにいるのはいずれもが一軍を指揮して敵と戦った経験を持つ者達だ。兵糧の補給を邪魔されることがどれだけ軍勢にとって致命傷になるかを良く知っている。
 可能性に過ぎないとはいえ、放っておける事態じゃない。

「静まれ。あくまでも可能性に過ぎない。だが、看過して置ける事態でもない。万に一つ、運搬中の兵糧を焼かれでもすれば軍勢の士気に関わる。
 そこで、滝川勢には馬借に身をやつして兵糧の警護を頼みたい」
「ハッ!」

「庄衛門は京や山科で噂を流してくれ」
「船が焼けたので、六角様が馬借を大々的に募集しているという噂を流せば良いのですな」
「察しがいいな。募集枠は滝川勢で埋まることになるが、その募集に応募してきた者の身元を確かめさせてくれ。尾行などの荒事は甲賀衆に手伝ってもらえ」

 庄衛門が三雲定持に視線を向けると、定持も庄衛門に頷き返す。尼子の鉢屋衆が京に潜伏しているならば、この噂によってある程度あぶり出せるだろう。
 滝川勢が戦線を離脱するのは正直痛いが、今は兵站の安全確保こそが急務だ。

「この夜襲を契機にして尼子が本格的に城攻めに掛かるかもしれん。皆改めて気を引き締めてくれ」
「ハッ!」



 ・天文七年(1538年) 八月  河内国茨田郡 枚方城  尼子経久


「何!兵糧蔵が焼かれた?」
「ハッ! 紀伊守様(尼子国久)の率いる新宮党が出陣してから程なくして城内から火の手が上がりました。今は城内に残った者で消火に当たっていますが、後続の夜襲部隊を出すのは困難です」
「敵の仕掛けか?」
「わかりません。警備に当たっていた者からは、何も火の手が無い場所から突然巨大な炎が吹き上がったと報告が入っております」

 ……面妖な。何をどうすれば突然炎を噴き上げさせることができるのだ。まさか妖怪の仕業などでもあるまいに。

「失火の言い逃れに警備の者が嘘を吐いていると言うことは無いか? かがり火を倒してしまったということならばまだ分かるのだが……」
「考えにくうございます。五人一組の警備役二十組を警戒に当たらせておりましたが、そのうち五組の者が同様の話をしております」

 とすれば、どうやったのかは分からぬが十中八九六角の仕業だろうな。突然事故が起きるのも都合が良すぎるし、それで我らの兵糧が焼かれるというのもあまりに出来過ぎた話だ。

 しかし解せぬ……。
 近江宰相は商人を使っての諜報や調略、物資の買い占めなどには長けているが、このような破壊工作を仕掛けたと言う話はとんと聞かぬ。何もない所に突然火を起こした奇術と言い、何やら不気味な話だ。

「今頃は紀伊守は野戦陣に攻めかかっておる頃合いか……」
「左様です。如何致しましょう。津田城の弾三郎様(山中貞幸)より応援の兵を出してもらいますか?」

 ふむ……いかに不意を突いたとしても新宮党だけで男山は落とせぬ。無益に死なせてもこちらが不利になるばかりだ。

「いや、早馬を出して紀伊守を呼び戻せ」
「……よろしいので?」
「仕方あるまい。事前の取り決めも無しに夜襲の後詰などは出来ん。弾三郎も紀伊守も混乱して無益に死者を出すのが関の山だ」
「承知しました」

 此度も互角。
 ……いや、兵糧を焼かれた分儂の負けか。決して甘く見ていたつもりはないが、近江宰相め、さすがにやる。とりあえず米は間もなく近隣で収穫の季節になる。失った兵糧は付近の村から徴発するか。
 しかし、突然火を噴く奇術の正体を探らねば迂闊に手が出せんな。首尾よく野戦に引きずり出せたとしても、戦場で突然あちこちから火を出されれば我らは大きく混乱させられるだろう。つくづく厄介な男だ。

「誰ぞある! 鉢屋弥之三郎を呼べ!」



 ・天文七年(1538年) 九月  三河国額田郡 岡崎城  松平清康


 岡崎城の広間に諸将が居並ぶ。どの面も気合に満ちておるな。良い面構えだ。
 儂の傍らに座る酒井将監(酒井忠尚)に視線を送ると、将監も強い目をして頷き返してくる。

「始めろ」
「ハッ! 安芸守殿(石川清兼)の尽力により、石山本願寺から畿内の動きをつぶさに報せて参りました。それによると、六角と尼子は河内と山城の国境で睨み合ったまま動かず、夜襲などの動きはあれども決戦には至っていないとのこと」
「一向宗は六角に頭が上がらんと言う話だが、よく協力してくれたな。安芸守」
「証如殿は六角に頭を抑えつけられたことを随分と恨んでおいでとのこと。むしろ三河に下られた蓮淳殿の方が渋っておりましたが、『ただ文のやり取りを某に見られただけ』という体で納得頂き申した」

 安芸守に視線を移すと、ゆったりとほほ笑みながら言葉を返してくる。
 蓮淳か。何やら以前はもっとキナ臭い坊主だったという噂だが、三河に来てから毒気が抜けたと門徒の間でも評判だと言う。だが、法主殿の指図には逆らえなんだと見えるな。

「続けまする」
「おう、済まぬな。要らぬ口を挟んだ」

 将監が咳ばらいを一つして話を続ける。将監は頭は切れるが、融通の利かぬところは困ったものだな。

「報せによれば六角は尼子と対峙して畿内から主力を動かせぬとのこと。また、美濃の斎藤山城守(斎藤利政)も勝竜寺城に籠って身動きを封じられております。斎藤が離脱すれば天王山に籠る三好孫次郎(頼長)が孤立することになるとのことにござれば、斎藤としても軽々に美濃に帰ることは難しいでしょう。
 ……つまり、尾張には援軍が少ない」

 ”おお、今こそ好機だ!”
 ”煮え湯を飲まされ続けた六角に思い知らせてやりましょうぞ!”

 そういった声が広間に飛ぶ。皆も良く分かっているではないか。
 我らが遠江に軍勢を向ければ、すかさず三河に進軍して来る六角は鬱陶しいことこの上ない。今こそ尾張の小倅(六角義賢)を牽制し、我らの東進の邪魔を出来なくする好機だ。

「聞いた通りだ。六角の主力は動けぬ。今尾張を守るのは北河又五郎(北河盛隆)の率いる五千のみ。尾張から兵を徴発したとしても一万には届くまい。今こそ後顧の憂いを絶つ好機だ」

 広間の士気が上がる。どいつもこいつも戦好きな男たちばかりだな。頼もしいぞ。

「我らは一万五千の軍勢を起こして大高城と鳴海城を奪取する。知多半島の根本を抑えれば六角が岡崎に兵を向かわせても後ろを突くことが出来る。今こそ三河衆の本気の戦を見せてやるぞ!」
「おう!」

 よし、士気も最高潮だ。これならばいかに六角が防ごうとも踏みつぶして行けるだろう。
 大高城と鳴海城を奪って知多半島を抑えれば、六角ご自慢の水軍も動きが制限される。知多半島の根本を抑えれば知多郡の国人達も揺れるだろうしな。
 それに、いつものように我らが遠江に進軍した隙を突いて六角が岡崎を狙うにしても、大高城と鳴海城を抑えれば六角は常に背を突かれる危険を覚悟せねばならん。北河又五郎は大きな博打を好まん男だ。大高城・鳴海城・沓掛城を攻略してからの岡崎攻めとなろう。その間に我らは悠々と引き返すことが出来る。

 今こそ鬱陶しい六角を追い払う好機よ。

「出陣は明日! 兵を沓掛城に進め、まずは大高城の攻略にかかる。良いな」
「ハッ!」


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