江雲記―六角定頼に転生した舐めプ男の生涯―

藤瀬 慶久

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浮気の代償

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 ・天文九年(1540年) 三月  出雲国意宇郡 月山富田城  尼子経久


 明るい陽射しの中、廊下に具足のガシャガシャという音が響く。どうやら戻って来たか。

「お祖父様。お加減はいかがですか?」
「うむ。だいぶいい」

 寝たきりの状態で加減が良いも何も無いが、それでも今日は気分がいい。

「毛利攻めはどうだ?」
「……芳しくはありません。今一息という所ですが、右馬頭(毛利元就)も小荷駄に奇襲を仕掛けるなど小賢しい真似をして時間稼ぎをしております」
「こちらも阿波から受け取った兵糧だけでは十分とは言えぬか」
「はい。大内はともかく毛利は幾分か兵糧を備蓄している様子。未だ城方の動揺は見えませぬ」

 悔しそうにしておるな。儂の話を聞けば三郎四郎(尼子詮久)は一層悔しがるかもしれんが……。

「時に、至急戻れとは一体いかなるご用件でしょう?」
「うむ。この文を見よ」

 儂の合図と共に側に控える弥之三郎がしわくちゃの文を三郎四郎に手渡す。内容をじっくりと読み下すまでしばし室内に静寂が訪れたが、やがて三郎四郎が顔を上げると困惑した顔をしておる。

「近江宰相は銀と鉄を欲しがっている……と」
「うむ。近々近江から使者が参ることになっておるのだろう」
「ええ。密かに陣を抜け出る直前に先触れがありました。近江宰相が毛利との間を仲介する使者を送ると。あと数日のうちには吉田郡山城攻めの陣に到着する見込みと聞いております」
「和睦を受け入れれば、我らは無理に戦をせずとも飢饉を克服できる。悪い話ではないと思うてな」

 予想通り三郎四郎の顔がゆがむ。明確な勝利も無しに軍を退くことにためらいがあるのであろう。
 だが、大内もようやく援軍を毛利の元に向かわせる算段を付けたようだし、但馬の山名も安芸遠征の隙を突いて伯耆に侵入する気配を見せている。
 ここでもたついていれば、今回の遠征もまた何の成果も無く撤退することとなろう。

「しかし、この機に毛利を踏みつぶせれば、後々の禍根を絶つこともできましょう」
「だが、それだけだ」
「……いかにも。こちらとて余裕があるわけではございません。確かに魅力的な話ではあります」

 近江との交易を開けば、今後は近江と出雲は足りぬ所を補い合うことが出来るだろう。近江宰相があくまでも大内支援にこだわるのであればこちらとしても戦をせぬわけにはいかぬが、先の上洛戦で役に立たなかった大内には愛想が尽きたとも記してある。
 まあ、さすがにそこまで家臣に明かすのは不味いと思い直したようだがな

「そういえば、この文はどうやって手に入れたのですか?これは本当に近江宰相の本心なのでしょうか?」

 初めて文の来歴に思い至ったように三郎四郎が不思議そうな顔をした。こやつを見ているといつも飽きぬな。面白いように表情が変わる。
 だが、良いところに気が付いた。こちらが手に入れた情報が常に正しいとは限らぬからな。あるいは罠かもしれぬと疑ってかかる癖は付けておいた方が良い。

「我が手の者が観音寺城に潜入し、近江宰相の居室から盗み出したとのこと」
「鉢屋衆が……鉢屋衆はそこまで忍びの技に長けておったのか」
「いえ、観音寺城下に潜ませていた歩き巫女が幸いにも近江宰相の目に留まり、側室として側に仕えることになったとの由」

 ふふふ。中々出来過ぎた話だ。あまりにこちらに都合がいい。
 余人ならば素直に我が幸運に驚く所だが、相手があの男なればもしやとつい勘ぐってしまうな。だが、それこそまさかとも思う。そのような手段で我らに意を伝えようとするなど、普通ならば考えられぬことだが。

 ……ま、さすがに考えすぎであろうな。

「どうやら近江宰相は西国の情勢に深く関わるつもりは無いようだ。使者との交渉次第ではあるが、大内との戦では中立を保つことを条件にすることも不可能では無かろう。どうだ?」
「……」

 三郎四郎が目を閉じて考え込む。
 儂も弥之三郎から聞かされてから色々と考えたが、鉄と銀を安定して米や綿布と交換できるというのは魅力的だ。結論は聞くまでも無かろう。

 暫くすると三郎四郎の閉じていた目が開く。
 どうやら腹は固まったようだな。今回の助言が儂の最期の仕事となろう。弥之三郎も今後は直接三郎四郎に話をさせるようにしてゆこうか。



 ・天文九年(1540年) 四月  周防国吉敷郡 大内氏館  陶隆房


 上座に座る御屋形様は不機嫌を隠そうともしない。

「やはり六角は信用が出来ぬ。我らに協力せよと申しておきながら、片方の手で尼子とも繋ぎを付けるとはけしからん。それほどに我らが信用できぬのか。
 右馬頭も右馬頭だ。今一時耐えれば我らの軍勢が尼子を粉砕したというのに、なぜ今一時の辛抱が出来なかったのだ」

 どうやら近江宰相が尼子に肩入れしているのが面白くないようだが、我らが大友との戦で足を取られて毛利への援軍に手間取ったのも和睦が成立した原因だ。毛利も周囲の国人が次々に尼子に降る中、我らの援軍を待ってギリギリまで耐え忍んでくれたのだ。
 毛利や近江宰相を責めるのは筋違いというものだろう。

「我らとしても毛利への援軍が遅れた負い目がございます。右馬頭からは近江宰相の差配に感謝する旨書状が参っておりますし、ここはこれにて落着と為されるのがよろしいのでは?」

 儂の言葉に御屋形様が深く息を吐きだす。

「一時は覇を争ったとはいえ、やはり同じ佐々木の一族。六角と尼子は手を携えるつもりということなのかもしれん」

 ふむ……そうか。御屋形様の言葉にも一理あるな。

「……試してみますか?」
「何?」

 此度の近江宰相の動向は確かに気になる点もある。今にも我らが反撃に出るというその時に和睦仲介が入るというのも出来過ぎている気がするし、つい昨年まで敵対していた尼子がこうもあっさりと六角の和睦仲介を聞き入れたことも妙だ。まるで六角は尼子を救ったように見えるではないか。
 あるいは裏で六角と尼子が手を組んでいるということも考えられる。

 それならば……

「佐東銀山城の武田兵部(武田信重)は此度の戦においても尼子に同調して毛利を攻めました。そして、此度の和議はあくまでも尼子と毛利の和議。我ら大内が尼子に同調して我らの配下である毛利を攻めた武田を成敗するのというのであれば、軍を起こす名分にもなりましょう」
「……しかし、武田を攻めれば尼子も再び出て来るぞ」
「無論、そうなりましょう。ですが、我ら大内は尼子と和睦した覚えなどは御座いません」

「御屋形様、なりませぬぞ」

 儂の対面に座る遠江守(相良武任)が慌てて口を挟んでくる。祐筆の分際で御屋形様の覚えが目出度いことを良いことに、近頃では戦のことにまで口出しして来る。
 戦のことは大人しく我らに任せておればよいものを。

「我らとて近江からの援助によってようやく飢饉を脱する目途が付いた所です。ここで戦を起こして兵糧を失うことにでもなれば、それこそ近江宰相様の心遣いが無駄になりましょう」
「その近江宰相様の心底を図るために戦をするのです。我らと尼子が戦をすれば、近江宰相様は果たしてどちらの味方に付くのか。真に六角は信の置ける相手なのか。それを試しては如何かと申しております」
「なりませぬ、なりませぬ。今は戦よりも領内の復興に力を尽くすべきかと存じます」

 五月蝿い男だな。それほどに尼子を恐れるか。

「某は今後の大内が進むべき方向を探るべしと申しております。領内の整備は大いに結構。ですが、手を携える相手を見誤っては大内家の破滅を招く恐れがある。
 果たして近江は敵か味方か、それを見極めるには絶好の機会と申し上げております」

 仮に近江宰相が尼子支援に回るのであれば、六角は我らと手を切って尼子と組む腹積もりであると言えるだろう。我らを支援してくれるのならば、今後も六角家とは結び付きを強く持っておくべきだ。
 いずれにせよ、近江宰相の心底を図るには良い機会と言える。

「ふむ……尼子に勝てるか?」
「お任せ下さいませ」

 未だ遠江守の”なりませぬ”という声が響くが、どうやら御屋形様も儂の言葉に乗り気になっておられるようだ。近江宰相の心底を知ることは、少なからぬ益がある。
 ふふ。まるで近江宰相を取り合って大内と尼子が争うような形勢だな。だが、相手が浮気をするのならばこちらとしても相応の覚悟があるということは示さねばならん。



 ・天文九年(1540年) 四月  近江国蒲生郡 観音寺城 六角花


 庭先で万寿丸様と吉法師が遊んでいる。二人とも泥だらけになっていて元気の良いこと。
 二人の側では私の産んだ市姫とお寅さんの産んだ犬姫が侍女と共に手遊びに夢中になっている。とても微笑ましい光景なのだけれど……。

 でも、こちらは微笑ましいとは言って居られないわ。

「……ということで、こちらのお鈴の方を新たに御屋形様の側室としてお迎えすることになりました。お二人とも仲良くしてくださいね」

「……」
「……」

 妙に胸のデカい女が御裏方様の隣に座っている。私とお寅さんが同時に産後のお休みを頂いている間に、こんなデカ乳女が御屋形様のお目に留まっていたなんて許せない。

「お二人とも、お返事は?」

「寅と申します。よろしくお願いします」
「花です。よろしくお願いします」

「鈴と申します。不束者ですが、よろしくお願いいたします」

 いくら城内に住むことになったからと言っても、わざわざ顔合わせなどと御裏方様も律儀なこと。でも顔を見たことで余計に嫌悪感が増したわ。
 こんな胸の大きい…… 胸だけの女に…… やっぱり胸かなぁ……。


「お鈴さんは御屋形様の直々のお声がけで側室になられたと聞きましたが、御屋形様とはどちらでお知り合いになられたのですか?」
「さて……町で見初めて頂いたようですけれど……」

 気に食わないわね。まるで自分が美しいから見初められたと言っているように聞こえるわ。
 御裏方様も私たちの視線に気づいているでしょうに、相変わらずニコニコとされている。御裏方様は平気なのかしら。
 それは確かに、御屋形様の御子を授かる機会は多いに越したことはないのは確かなのだけれど……。 何だろう。この釈然としない気持ちは……。

「お鈴さんは神楽舞もたしなまれるそうですから、一度拝見してみたいですわ」
「神楽舞を?」

 御裏方様のお言葉にお寅さんが目を輝かせている。こんな女の舞なんて見たくも……神楽舞?

「あの……神楽舞ということは、お鈴さんは以前巫女をされていたのですか?」
「ええ。歩き巫女ですのでそれほど本格的な舞を修練したわけではないのですけれど」

 ……巫女!!
 やはり巫女が御屋形様の琴線だったのね!

 こうなったら……。


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