江雲記―六角定頼に転生した舐めプ男の生涯―

藤瀬 慶久

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寄る年波

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 ・貞吉二年(1544年) 閏十一月  摂津国東成郡 石山本願寺  六角定頼


 辺りでは普請の槌音があちこちで響き、威勢のいい声がそこら中から聞こえてくる。
 やっぱり普請場は活気があっていいな。

「お招きいただき、有難く存じます」

 目の前では近衛前久が悠然と座っている。
 まだ十歳にもなっていない少年のはずだが、態度だけは堂々たるものだ。大人の中で過ごすうちに身に付いた物だろうが、歳に似合わぬ大人びた所作がこましゃくれたガキという印象を与えてしまう。子供は子供らしくというのは大人の傲慢かもしれんが、もう少し可愛らしい物腰をした方が何かと得することも多いだろうにな。

「いや、権大納言殿(近衛前久)にはわざわざこのような所までお運び頂き、恐縮しております」

 先の除目で近衛前久は権大納言に昇進した。元々決まっていたこととは言え、今回大納言になったことで期せずして次の内大臣就任へ弾みをつけた格好になった。

「ほほほ。前内府様(六角定頼)のお招きとあらば喜んで参りましょうぞ」

 そういう所が可愛げが無いんだがなぁ……。
 まあいいか。

「そう言えば、大納言殿は早速敦賀の唐船を見物に行かれたとか」
「ええ。京極殿(京極高吉)にも大層世話になりました。それに、唐船をこの目で見たのは初めてでおじゃりました。何とも勇壮な物でおじゃりますな」

 お?
 明船の話になると目をキラキラさせて話に乗って来た。子供らしいところもあるじゃないか。そういうのは大事だぞ。

「それはようござった。京極にはご苦労であったと伝えておきましょう」
「……時に、今日麿をお招きいただいたのはどういったご用件でおじゃりますかな?」
「左様……妹御を某にお預け頂きたいと思いましてな」

 途端に前久が豆鉄砲を食らった顔になる。
 長じてからは乱世の魑魅魍魎を相手取って正面から渡り合った近衛前久も、今はまだその辺の機微は分からんか。こういう所は可愛げがあるな。

 堺楽市会合衆の働きかけで本願寺の主たる坊官たちも大坂築城に同意した。もっとも、本願寺の伽藍はそのまま残してもらいたいという条件付きだ。
 こちらとしても本願寺門徒を取り込む狙いがあるから条件そのものは問題ない。だが、話を進めていくうちにそれだけで終わらせるのは勿体ないという気になった。これを機に本願寺そのものを六角家に取り込めれば尚良しだ。

 そこで何か切り口は無いかと調べさせたら、昨年に本願寺法主の証如に子が産まれていた。茶々丸という名だが、恐らく本願寺顕如のことだろう。
 確か史実では三条の娘を娶って武田信玄と相婿になっていたはずだが、こっちの世界では俺の肝煎りで近衛の姫を賢頼の養女とした上で娶らせることにしたい。実際の輿入れはまだまだ先になるだろうが、今のうちから婚約の儀を整えておきたい。
 加えて、顕如には証如に倣って九条家の猶子となってもらう。

 公家を二つに分けた九条流三条家と近衛家の対立はまだ完全に火種が消えたわけじゃない。だが、九条の猶子が近衛の息女を娶れば、両派の和睦をはっきりと天下に明示することになるだろう。その上で帝に奏上して門跡の資格を与えれば、宗教界における権威も充分だ。

 難点は近衛の娘の方が五歳も年上なことだが、まあ姉さん女房の方が家庭はうまく回るって言うしな……。

 ふふっ。史実の信長が聞けばどんな顔をするかな。
 門徒を動員して信長と十年間戦い続けた生臭坊主が、こっちの世界では五摂家和平の生きた証になるんだ。まさに阿弥陀如来の再来、本願寺が比叡山や興福寺にも劣らない格式の寺として認識されていくきっかけにもなるだろう。

 そして、それらのお膳立ては六角賢頼の名で行われる。次世代の地盤固めも兼ねての施策という訳だ。
 今でも本福寺派は六角の支配に服しているが、それに加えて本願寺派まで取り込めば一向宗対策としては充分だろう。
 加賀に攻め入った斯波が門徒を相手に苦戦しているという話だが、本願寺の名で斯波への降伏を勧めれば多少は斯波も楽になるはずだ。

「なるほど……とても良き御思案におじゃりますな」
「ご賛同いただけますかな?」
「……念のため、一度京に戻って父上に相談してもよろしゅうおじゃりますか?」
「構いません。太閤殿下も必ずやご賛同下されましょう」



 ・貞吉二年(1544年) 閏十一月  摂津国東成郡 石山本願寺  六角定頼


 近衛前久は来た時と同じように馬に跨って帰って行った。
 若いってのはうらやましいね。俺の方はもうトシで体が硬くなってしまい、長時間の乗馬は少々キツい。和式鞍で馬に乗るには股関節を思いっきり開かないといけないが、それが年と共にだんだんとツラくなって来た。
 大坂の陣で家康が輿を使った気持ちも分かるな。馬で気軽に駆け回れるのは若者の特権だわ。

「大納言殿は随分とお喜びでしたな」
「鷹狩に興味を持っていたそうだからな」

 土産に鷹を差し上げようと言ったら心底嬉しそうに笑っていた。
 ああいうのを見ると、やはりまだ子供だと思えるな。

「ですが、こちらはそうも言っておれぬようですぞ」

 そう言って進藤が書状を取り出す。
 また阿波からの文が来たのか。

「一宮達はそんなに三好が気に入らんか」
「どうも筑前守殿というよりは篠原大和守(篠原長房)と上手く行っておらぬようで……。足利亀王丸殿(足利義栄)を伴って本願寺に参り、親しくお目にかかりたいとの催促にござる」

 思わずげんなりしてしまう。
 阿波のことは三好頼長に任せてあるし、さらに言えば四国攻めは西国攻めからの派生だ。そして、西国攻めの総大将は息子の賢頼だ。
 俺はあくまでも堺や大坂でゴソゴソ動き回っているに過ぎん。
 いくら俺の所に陳情に来たとしても、会ってやることすら難しい。息子達の顔を潰すことになるからな。

「不満があるならまずは三好に言えと言っておけ」
「それが、波多野の始末を見て不安に思ったようで、使いの者は何としても大本所様(六角定頼)直々にお目にかかりたいと……」

 波多野か……。
 降伏した波多野は、女子供も含めて一族全て処刑された。対応を決めた松永久秀には随分と苛烈な処置だと批判の声も上がったが、俺はそうは思わん。あれは波多野の自業自得だろう。
 朝廷の勧めで進藤と合意した和議を土壇場になってブッチしたりすれば、その後の仕置きは苛烈にならざるを得ない。まして進藤から和睦交渉を引き継いだ松永久秀にしてみれば、完膚なきまでに面子を潰されたんだからな。

「某も松永の取った処置はやむを得ない物と思います。ですが、阿波衆はあれを見て『三好筑前守は苛烈な処置をする』と思い込んだようです」
「馬鹿々々しい。摂津での対応を見れば三好が無闇に国人衆を殺して回る男でないことは分かるだろう」
「そこは見えなくなっているのでしょうな。あるいは、見ようとしていないか」

 ええい、面倒な……。

「……どう思う?」
「左様ですな……。このまま放置しておれば、いずれは阿波で国人一揆ということもあり得るかと」

 それは困るな。いつまでも阿波が治まらねば、三好頼長の統治能力の是非を問う声が上がって来るかもしれん。六角家の縁戚として三好家には四国鎮守府の長を任せたいと思っているんだが……。
 どうすべきか。

「この際、一度阿波に赴かれてはいかがですか?」
「俺が行ったとして、それで話が済むとは思えんぞ。そもそもは一宮や小倉と篠原の間が上手く行かんのが問題なんだ。例え俺が仲良くしろと言っても、両者が腹を割って話が出来ねば何の意味も無い」
「そこで、某に一つ腹案がござる」
「ほう……?」



 ・貞吉二年(1544年) 閏十一月  上野国利根郡水上郷  宇佐美定満


 風が出て来たな。越後よりはマシとはいえ、夕風が随分と冷たくなってきた。
 春日山を出てはや十日。今日には三国峠も超えた。あと三日ほどで河越城に到着できるだろう。

 それにしても、公方様(足利義輝)は此度の関東出兵がよほど気に食わぬと見えるな。出る間際まで関東出兵を中止して即座に越中に攻め入れとうるさく申していた。
 そもそも背中をがら空きにして上洛など出来る訳がないというのに、何度申し上げても聞き入れては下さらぬ。御実城様(長尾景虎)がまずは関東を鎮めると申されたのも当然だ。

「ここからならば関東平野が見渡せますかな?」
「おお、越州殿(中条藤資)。お手前も物見でござるか?」
「ははは。このような夕暮れに物見でもありますまい。ちと風に当たりたくなりましてな」

 ふふ。何故か小高い丘に登って風に当たりたくなる時がある。
 男とは不思議なものよな。

「ときに、駿州殿(宇佐美定満)。先の上田衆との戦いはお手前が戦の指南を為されたのか?」

 うん?
 上田衆との戦と言えば坂戸城を落とした戦のことか。

「いいや。あの戦は御実城様が全て手筈を考えられた。儂はただ下知に従っていただけにござる」
「なんと……。儂はてっきりお手前が裏から指図した物とばかり思っておりました」
「いやいや。戦の勘所については、御実城様は儂など比べ物にならぬ才をお持ちだ。儂が指図することなどありませなんだ」

 まこと、末恐ろしいお方よ。
 どこで知見を得られたのか分からぬが、こと戦の進退に関しては御実城様は鬼神の如き才をお持ちだ。
 ふふ。若造ならば担ぎやすいと思ったのは儂の不明であったな。あのお方は儂如きの神輿で収まる器ではない。越後はまこと良き御主君を得たものだ。

「ほう……かの宇佐美駿河守にそこまで言わせるとは、長尾景虎様は大したお方のようですな」
「越州殿も此度の戦を見ればわかり申す。普段は泰然としておられるが、いざ戦となればまるで鬼神が乗り移ったかのように神算鬼謀が湧いて来る。
 こと用兵においては、あの六角定頼をも凌ぐご器量と儂は見ておりますぞ」

 必ずや、御実城様は六角をも超えることが出来よう。
 何しろ、御実城様はまだお若い。これからいくらでも力を振るう機会はある。それに引き換え、六角定頼はもはや先が知れている。
 難を言えば、やはり越後公方(足利義輝)の我がままか。此度の出兵も御実城様は公方をなだめるのに苦労されていた。いかに足利のご嫡男とはいえ、戦のことは我らに任せてもらいたい物よ。

「それは楽しみな事だ。駿州殿がそこまで申される御実城様の戦ぶり、しかと見させて頂きましょう」
「おお、とくとご覧になるが良い」

 ……ん?
 何やら後ろが騒がしいな。何かあったか?
 兵が慌てて駆けてくる。

「申し上げます!」
「何事か!」
「ハッ! 河越の陣より急使が参りました! 昨日北条方が河越城を打って出、後詰の本軍と共に決戦に及んだとのこと」
「なに! して、勝敗は!」
「……お味方、敗北。側面から回り込んだ武田の兵に本陣を突かれて上杉は大混乱に陥り、総崩れになったそうにございます」

 なんと……
 北条め、我らの後詰を嫌って決戦を急いだか。

「御実城様は!?」
「伝令を受けて急ぎ軍議を開くと仰せです。宇佐美、中条両名は至急本陣に参られたし。以上です!」
「分かった。直ぐに参る」

 越州殿と目線を交わし、馬の腹を蹴った。
 こうなるといささか不味いな。ここでモタつけば三国峠に雪が降る。我らは関東で孤立する。
 ここは一旦越後に退き、翌春に改めて軍を起こすしかないか。

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